『北朝鮮をロックした日』メイン

My heart wants to beat...

控え目なピアノ演奏をバックに、男性ボーカリストは丁寧に旋律を追い、リリカルに唄いあげる。

...like the wings of the birds...

歌詞、そしてメロディは確かに聴き馴染みのあるものなのに、思い出せない。

that rise from the lake to the trees.

それまで音の波形を表示していた画面が、突如として暗転。

The hills are alive...

スクリーンに映し出される巨大なキノコ雲は、大国の核実験を思い起こさせる。

...with the sound of music.

ここに到り、流れている曲が『Sound of music』であることに、ようやく気付く。
だが、気付いたとて、脳裏にオーストリア・アルプスは浮かんで来ない。

生きることの歓びを全身で表したようなジュリー・アンドリュースの歌唱とは、この演奏はそもそもにしてコンセプトが違う。
そう、レゾンデートル(raison d'être)……存在理由が、違うのだ。

そんな一風変わった『Sound of music』を聴かせてくれるのは、スロベニア(旧ユーゴスラビア)の実験音楽バンド「ライバッハ(Laibach)」である。
そして、作品のオープニングにこんなアナーキーなサウンドを聴かせてくれる映画が、間もなく公開される。
『Sound of music』はフルに近いバージョンで流れるのだが、決してタイトルロールと侮るべからず、凄まじく貴重なフッテージがふんだんにカットイン使われているのでお見逃しなきよう。

『北朝鮮をロックした日』サブ1

スクリーンに大写しされるタイトルは、『LIBERATION DAY』。
邦題を、『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』(監督:ウギス・オルテ/2016年/100分)という。

北朝鮮、即ち、朝鮮民主主義人民共和国、ご存知「地上の楽園」である。
来る6月12日は、史上初の米朝首脳会談が行われるという。
「トランプマン」vs「ロケットマン」という、前代未聞の珍カード……本当に開催されるのかも含め、生温かい目で見守りたい。

と、斜に構えて揶揄してみたが、ちょっと待ってほしいのだ。
情報、特に報道というものは、古今東西を問わず、多かれ少なかれプロパガンダを帯びている。
私たちが報道機関から拝受するあらゆる情報は、多少の差こそあれ何らかの政治的意図に身を潜らせているものだ。

『北朝鮮をロックした日』サブ3

近年、北朝鮮を扱ったドキュメンタリー映画で、『太陽の下で 真実の北朝鮮』(監督:ヴィタリー・マンスキー/2015年/110分)という作品が公開され、大変な話題となった。
市民生活をドキュメントするために北朝鮮入りしたロシアの撮影隊が、意志に反して国家ぐるみの「やらせイメージ映画」を撮らされることになってしまい、ありのままの真実を伝えるため隠し撮りを敢行するという、幾重にも入れ子構造が敷かれた世にも奇妙なドキュメンタリー作品である。
撮影済みメディアを如何にして北朝鮮から持ち出したか、未だにマンスキー監督は堅く口を閉ざし続けていると言う。

おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな
松尾芭蕉の有名な俳諧だが、単なる“祭りの後の寂しさ”を歌うだけに留まらないところに、「俳聖」の凄味がある。
「かなしい」のは、腹に入らない鮎を虚しく獲り続ける、鵜なのか。
それを生業としている、鵜匠なのか。
鵜舟を愉しんだ、詠者なのか。

『太陽の下で 真実の北朝鮮』は、実はそんな映画だ。
「かなしい」のは、幸せな日常を演じることを強要される少女なのか。
やらせのシナリオを書いた、当局なのか。
真実を暴かんとする、撮影者なのか――。

『北朝鮮をロックした日』サブ5

さて、そんな北朝鮮の大切な祝日「祖国解放記念日」(8月15日)に、初めて海外からロック・バンドが招こととなった。
白羽の矢を立てられたのが……そう、誰あろう「ライバッハ」である。
ライバッハは、ナチス・ドイツなど全体主義を髣髴とさせるようなモチーフを前面に打ち出し、世界各地で物議を醸される曰くつきの音楽ユニット。
そもそも「ライバッハ」とは、スロベニアの首都リュブリャナの、かつて旧ユーゴスラビアを占領下に置いた忌むべきドイツ語名だ。

『北朝鮮をロックした日』サブ2

北朝鮮でライバッハ一行を待ち受けていたのは、まさに『太陽の下で』を想起させる厳しい監視体制だった。
着いて早々、コンサートで使う演奏トラック、映像データは没収、検閲され、会場の設営では全く話が噛み合わない。
変更を余儀なくされるセットリスト、演奏できない楽器、流すことを禁じられる動画……そして、リーダーが禁止された街の散策に行ったことで、一触即発の当局との関係。
まるで、“異口同音”の『太陽の下で』を観ているかのようだ。

『北朝鮮をロックした日』サブ4

だが、『北朝鮮をロックした日』は、『太陽の下で』とは違った展開を見せるのだ。
当局の担当者と粘り強く交渉し、禁忌を犯して市民生活を覗き見て、ライバッハは北朝鮮の楽団とセッションするという無謀な賭けを打つ。
果たして「解放記念日」、コンサートは無事開催されるのだろうか、観客はどんな反応を見せるのだろうか。
ここに、もう一つの「真実の北朝鮮」がある。

『北朝鮮をロックした日』サブ6

『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』は、7月14日(土)よりシアター・イメージフォーラム、名演小劇場(名古屋市東区東桜)など全国でロードショー公開となる。
また、名演小劇場では『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』公開に先駆けて、『太陽の下で 真実の北朝鮮』が6月16日(土)より緊急アンコール上映される。
前売券による割引も実施されるので、二つの“真実”をその眼で確かめ、近くて遠い北朝鮮に迫ってほしい。

どんなにくそったれな現実でも、「ファック!」と唱えて嗤い飛ばす、或いは怒り狂う……それが、ロックだ。
「地上最後の楽園」にはロックが無い……何故そう思う?本当にそうか?
本当に“かなしい”のは……見えないプロパガンダに塗れた、私たちではないのか――Shit!!!

All art is subject to political manipulation except that which speaks the language of the same manipulation.
Laibach

この世のすべての芸術は、政治的に操作されている――ただし、操作する側と同じ言葉を発すれば、この限りではない。
ライバッハ

映画『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ­』

7/14(土)〜@名演小劇場
【配給】エスパース・サロウ
©VFS FILMS / TRAAVIK­.INFO 2016