榊英雄といえば、初主演作『この窓は君のもの』(監督:古厩智之/1995年/95分)が実に印象的だった。
そして、北村龍平監督の『VERSUS』(2001年/120分)、『ALIVE』(2002年/119分)両主演作の凄まじいインパクトで、私たち映画ファンは彼を唯一無二の存在として認識させられた。
その後、『あずみ』(2003年/142分)、『ゴジラ FINAL WARS』(2004年/125分)といった北村龍平監督作品だけでなく、『地獄甲子園 BATTLE FIELD STADIUM』(監督:山口雄大/2002年/87分)、『棚の隅』(監督:門井肇/2006年/81分)、『探偵はBARにいる』(監督:橋本一/2011年/125分)、『赤×ピンク』(監督:坂本浩一/2014年/118分/R15+)等、バイプレイヤーとして活躍を続けている。
『北の零年』(監督:行定勲/2004年/145分)、『嫌われ松子の一生』(監督:中島哲也/2006年/130分)、『2つ目の窓』(監督:河瀬直美/2014年/120分/R15+)等、短い出番でも強烈な輝きを放つ出演作も数多い。
近作では、『破裏拳ポリマー』(監督:坂本浩一/2017年/108分)の加藤刑事役が素晴らしかった。
だが、映画人・榊英雄を語る上で、彼の監督作品に触れない訳にはいかない。
『GROW 愚郎』(2007年/108分)で商業映画を初監督して以来、『ぼくのおばあちゃん』(2008年/123分)、『誘拐ラプソディー』(2009年/111分)と良作を立て続けに発表。
『捨てがたき人々』(2012年/123分/R18+)、『木屋町DARUMA』(2014年/116分/R15+)等の衝撃作が話題に上るものの、「お蔵出し映画祭2015」でグランプリと観客賞を獲得した『トマトのしずく』(2012年/91分)のようなハートフルな作品もこなす懐の深さも併せもつ。
また、「OP PICTURE+ フェス」での『裸のアゲハ』(2016年/70分/R15+)、『裸の劇団 いきり立つ欲望』(2016年/70分/R15+)、『コクウ』(2017年/85分/R15+)も傑作だった。
近作では、『アリーキャット』(2017年/129分/R15+)が本当に素晴らしかった。
だからこそ、榊英雄監督の新作は、期待いっぱいでワクワクしながら観ざるを得なかったのだ。
榊監督の最新作『生きる街』(2018年/124分)は、いよいよ3月3日(土)より公開となる。
『生きる街』ストーリー
石巻市鮎川の高台に、一軒のペンションがある。元々は別荘だった家屋だが、佐藤千恵子(夏木マリ)が借り受け、民泊の施設としている。引退した漁師・幸三(升毅)の協力を得ながら、ボランティアや海外からの観光客を受け入れている千恵子だが、最近では鮎川が東日本大震災で被災したことを知らない宿泊客もいる。千恵子の夫は、震災で行方不明になっているのだ。
千恵子の娘、佳苗(佐津川愛美)は、ダンプの運転手である夫・隆(吉沢悠)と一緒に、名古屋で暮している。職場である病院では優秀な看護師として認められているが、震災の時にくぐった修羅場は今も佳苗を苦しめ続けている。子供を欲しがる隆の気持ちに応えられないのも、震災が心に影を落としているからだ。
千恵子の息子、哲也(堀井新太)は、バイトで細々と糊口を凌ぐ生活をしている。恋人のキャバクラ嬢・みゆき(岡野真也)は、哲也の煮え切らない態度に突っかかることも多い。オリンピックを目指すほどのスイマーだった哲也が、その道を断念した怪我をしたのもまた、東日本大震災の時であった。
お互いを気にしつつも離れ離れの家族の元へ、一人の男が訪ねてくる。韓国から来たカン・ドヒョン(イ・ジョンヒョン/CNBLUE)の手には、一通の手紙が握られていた――。
離ればなれの、家族
佳苗は優秀な看護師だが、どこか人間関係に距離を置く傾向がある。
それは、死に瀕した患者の前でとりわけ顕著になり、どこか他人事のような空気を湛える様子は時に同僚の目にも奇異に映る。
考えてみれば、佳苗が働く病院とは、そういう場所だ。
死を積極的に遠ざけるための前向きな施設であるはずなのに、誰もが死を蔑ろにする。
患者も、その家族も、医療従事者でさえ、死と向き合うことを好としない自己矛盾に満ちた空間である。
佳苗を演じるのは、『電人ザボーガー』(監督:井口昇/2011年/114分)、『クジラのいた夏』(監督:吉田康弘/2014年/89分)の佐津川愛美。
『ヒメアノ~ル』(監督:吉田恵輔/2016年/99分/R15+)のユカ役で、映画ファンを虜にしたことは記憶に新しい。
今回、トラウマを抱え故郷に背を向ける演技で実力を十二分に見せ、クライマックスで泣き笑う……佐津川の真骨頂が観られると言っても過言ではない。
夫・隆を演じる吉沢悠との息もピッタリだ。
哲也は水泳選手として将来を嘱望されていた。
オリンピックに出場した先輩スイマーが「お前にだけは勝てなかった」と言うほどの実力だった。
だからこそ、挫折の大きさは並大抵ではない。しかも、怪我の原因は東日本大震災なのだ。
しかし、だからと言って、いつまでも自分の殻に閉じこもっていて良い訳も無い。
まして、気になって仕方のない家族から目を背けて良い筈も。
哲也を演じるのは、若手男性俳優集団「D-BOYS」、及びD-BOYS選抜の音楽ユニット「D☆DATE」メンバーの、堀井新太。
未来を見ることが出来ず、さりとて過去に縋ることも出来ず、今を生きることが出来ずにいる……そんなナイーブな若者を、見事に演じきった。
また、『飛べないコトリとメリーゴーランド』(監督:市川悠輔/2015年/73分)の岡野真也が、哲也の恋人(?)みゆき役を好演している。
みゆきは内陸に暮していたため津波には遭っていないが、やはり被災者なのだ。
そんな姉弟の母・千恵子は、今も震災の爪痕が残り続ける港町で、一人暮している。
明るく、前向きな千恵子は、ボランティアや観光客を精一杯もてなし、経営する民泊「ちえこの家」はリピーターも絶えない。
時には、海外からの客ともコミュニケーションをこなす。
だが、それはどこか浮世離れしているとも言え、未だに夫の帰りを待っている様子からも窺い知れる。
千恵子を演じるのは、夏木マリ。
説明は必要ないほどの嵌まり役で、夏木が出てくるだけでスクリーンがキュッと引き締まる。
千恵子を支える友人・幸三役の升毅もまた、流石の好演を見せる。
そして、物語のキーマンのカン・ドヒョンを演じる、イ・ジョンヒョン(CNBLUE)が素晴らしい。
榊監督の『アリーキャット』で堂々の初主演を果たした降谷建志を観た時もそう思ったが、音楽家は独特の呼吸を会得しているようだ。
ミュージシャンを奥様(榊いずみ)に持つ監督のことなので、そんな肌感覚めいたものを引きだす術を知っているのかもしれない。
立ち上がる人、生きる街
佳苗は、故郷から目を背ける。
「知らないから分かんないよ……私たちが、どれだけの目に遭ったか」
哲也は、将来から目を背ける。
「ただ生きるのに頑張るのって、おかしくね?」
千恵子は、現実から目を背ける。
「私の旦那……まだ帰ってこないんだよ」
一度離れてしまった心は、なかなか元には戻らない。
精神的な距離は反目の連鎖を産み、物理的な距離は会えない時間ばかりを殖やす。
まるで相乗効果のように、様々な「距離」が尚も心を遠ざける。
何故か。
それは、蹲っている方が、伏せている方が……不貞腐れている方が、楽だからだ。
そして、また口を付くのだ、「あなたには、分からない」という決め台詞が。
そんな頑なで弄れた心を救うのは、周囲の人々だ。
逆境を自ら跳ね除け、立ち上がった人たちの魂の言葉だ。
立ち上がった人々がいるからこそ、生活があるのだ。
それぞれが前を向いて歩くからこそ、社会があるのだ。
それこそが、『生きる街』なのだ。
映画『生きる街』は、一つの家族の再生の物語だ。
だが、そんな小さな一歩こそが、大きな復興に直結するのだ。
静かな、静かな、ファーストシーンを観逃さないでほしい。
そして、静かな、静かな、ラストシーンを観逃さないでほしい。
「人間」を描き続ける榊英雄監督作品の真骨頂が、そこにある。
映画『生きる街』
2018年3月3日(土)より
新宿武蔵野館、イオンシネマ石巻、名演小劇場ほか
全国順次ロードショー
配給:アークエンタテインメント/太秦
©2018「生きる街」製作委員会
コメント