犬猿_メイン

吉田恵輔監督『犬猿』が、2月10日(土)より全国ロードショーとなる。
『銀の匙 Silver Spoon』(2014年/111分)、『ヒメアノ~ル』(2016年/99分)……人気コミックが原作という否が応でもハードルの上がる作品を立て続けにヒットさせ、しかも高い評価を受けた吉田監督、最新作は『麦子さんと』(2013年/95分)以来4年ぶりとなるオリジナル脚本だ。

『銀の匙』では青春映画に見せかけて、農業・食育の大切さを描き、『ヒメアノ~ル』では笑いと恐怖、日常と狂気、希望と絶望の境界を描き、映画ファンは言わずもがな、原作ファンからも好評を得た。
吉田監督は、物語の本質を切り取り、画にして観せることに非凡な才能を発揮するのだ。

この才能は、オリジナル作品となるとより顕著に表れる。
『さんかく』(2010年/99分)では高岡蒼甫(当時)、小野恵令奈の新たな一面を引き出し、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年/119分)では安田章大を役者として大成させた。
吉田組の現場には、役者の演技にプラスされる何らかのサムシング・エルスが在るのだろう。

※吉田恵輔監督の「吉」は、「土」に「口」を書く所謂「つちよし」が本来の漢字だが、環境依存文字のため此記事は「吉」で統一する※

『犬猿』ストーリー


金山和成(窪田正孝)は、真面目で堅実な印刷会社の営業マン。親が背負わされた借金の返済の肩代わりをする優しさを持つ反面、気の弱さが玉に瑕。
和成には、性格が正反対の暴力的な兄・卓司(新井浩文)がいる。チャンスと見るや危ない橋でも渡る大胆さが災いし、服役中である。
ある日、運転中着信した和成のスマホ画面に表示されたのは、「兄」の文字。あの恐ろしい兄・卓司が、出所してきたのだ。

幾野由利亜(江上敬子「ニッチェ」)は、頭脳明晰な上に家庭的な女性。認知症で寝たきりの父に代わり、社長として印刷工場を切り盛りしている。
由利亜には、自由奔放な妹・真子(筧美和子)がいる。片手間でモデルの真似ごとをしている真子には、もっと会社の仕事に身を入れてほしいと願っている。
ある日、ひょんなことから由利亜と真子、そして和成は、夕飯を食べに行くことになる。和気藹藹と流れる時間だったが、そこに卓司が現れて――。

演技バトルさながらの会話劇


「お前さあ、かっこ悪いよ」
分かってるさ……でも、お前にだけは言われたくない!

「半年以上やって、それ?全然効果ないじゃん」
確かに、正論……でも、あんた何様なの!?

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“他人のはじまり”とはよく言ったもので、きょうだいは近いようで、遠い。そして、遠いようで、近い。
実際、どんなに疎ましく思い、悪態を吐いていたとしても、他人からきょうだいの悪口を言われれば、何故か腹が立つ。
劇中にもそんなシーンがあり、そこから物語は急展開を見せるので、是非とも観逃さないでほしい。
ちょうど作品の中頃に、その場面はある。

キャスト陣の魅力を引き出す、吉田マジック!


和成を演じるのは、窪田正孝。
『東京喰種 トーキョーグール』(監督:萩原健太郎/2017年/119分)で「アクションもこなせる若手実力派」から一つ頭抜けた感のある窪田だが、『ヒーローマニア 生活』(監督:豊島圭介/2016年/109分)の土志田のようなクセの強い役を演じると彼の個性は一層際立つ。
だが、今回の和成という役どころは、「気弱な弟」だ。アクションは皆無に等しく、主に声色や表情で感情を表す(もしくは、感情を殺す)会話劇だ。
ものの見事に演じ切った窪田正孝を、私たちは改めて認識した、「性格俳優」と。

そんな和成の「天敵」、兄の卓司を演じるのは、新井浩文。
『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(監督:大根仁/2017年/100分)、『銀魂』(監督:福田雄一/2017年/130分)、『さようなら』(監督:深田晃司/2015年/112分)、『百円の恋』(監督:武正晴/2014年/113分)……出演作を挙げるだけで「日本映画の近代史」になりそうな、言わずと知れた「ザ・映画俳優」である。
楽な道と見るや法を犯すことも厭わず飛びつき、すぐ手が出る上に、承認欲求が強すぎる「厄介な兄」を、これでもかとばかりにスクリーンに炸裂させる。
それでいて、最も印象に残る台詞を残し、涙までも掻っさらう。

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実力派二人が手堅く「兄弟」を熱演するのに対し、「姉妹」の方はトリッキーなキャスティングが目を惹く。
有能な仕事ぶりを見せるが容姿に難のあるしっかり者の由利亜役には、お笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子。
ドラマへの出演歴はあるものの今作が銀幕デビューとなる江上だが、本格的な演技が初めてとは思えないほどの存在感を放つ。
彼女が発する言葉は、残酷なほどの正しさを纏い、出演者に、観客に反論の余地を与えない。
特に、声が素晴らしい。

そして、一番のサプライズは彼女かもしれない……幾野家の妹・真子役の筧美和子である。
『サマーソング』(監督:中前勇児/2016年/88分)、『闇金ウシジマくん Part3』(監督:山口雅俊/2016年/131分)など映画作品への出演はあるものの、筧の演技が大きく評価されたことはなかった。
しかし、今作の彼女は全くの別人だった。女優・筧美和子が、開眼したのだ。
「グラビアで大人しくしてくれてれば良かったのに……」そんな声が聞こえてきそうな、筧にとって記念碑的作品になったのは間違いない。

その他、出演シーンの少ないキャスト陣の輝きも必見だ。
木村知貴、松井理子、桜まゆみ等が、ワンカットで作品に爪痕を残していく。
また、竹内愛紗、『14の夜』(監督:足立紳/2016年/113分)で凄まじい印象を残した健太郎が、意外な役で登場している。
「SHE'S」の使用楽曲と共に、どんなシーンなのか注目してほしい。

狂気の裏で微笑むもの


吉田恵輔監督が形づくる作品世界は、いつも何かしらの狂気を孕んでいる。
私たちは、ちょっとしたことで喜怒哀楽に針が触れる、繊細で脆弱な感情に支配されている。
憤怒にせよ、哀惜にせよ、謂わば心の恐慌状態だ。日常のすぐ隣には、否、日常そのものには狂気が潜んでいるのだ。
吉田作品に狂気を感じるのは、それが私たちが生きている世界と極めて似通っているからだ。

前作『ヒメアノ~ル』では特に顕著だったが、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』にしても『さんかく』にしても、笑いに満ちていたはずの世界で、突然背中から冷水を浴びせられたような恐怖を感じさせられる瞬間がある。
考えてみれば、他者に対する威嚇行動が形を変えた行為が、笑いだという。
喜びも楽しみも、感情が揺れ動くという意味では、やはり狂気なのだ。

『犬猿』は、基本的にコメディとして物語が進む。
だが、笑いという行為そのものを鑑みる時、私たちは笑うたびに少しずつ狂気に近付いていくとも言える。
後半、急を告げる展開となるが、むしろなるべくしてなった物語とも言えるのだ。
『犬猿』で感じる、笑いながらも慄くような居心地の悪さは、私たちが日常生活を送る際に感じる心の揺れと同じ性質のものだ。

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しかし、最後に残る感情は、絶望なのかといえば、さに非ず。
作品を色濃く包みこんでいるのは、愛なのだ。
それは、人間という極めて愚かしい生き物への哀切さなのかもしれない。
そんな、哀れむべき存在しか愛せない自分への諦観なのかもしれない。
だが、積極的に肯定しようと、皮相的に嘲笑しようと、最後に残る感情は、愛なのだ。

兄弟は、他人のはじまり。近くて遠く、遠くて近い存在。
ラストシーン、あなたは一体なにを観るだろう?
笑えるだろうか、心の底から……?
「ACIDMAN」がこの映画の為に書き下ろした『空白の鳥』ではないが、「絡み合った二重らせん」……それこそがきょうだい、それこそがニンゲンなのかもしれない――。

映画『犬猿』

2018年2月10日(土) テアトル新宿ほか全国ロードショー

監督・脚本 吉田恵輔
出演:窪田正孝 新井浩文 江上敬子(ニッチェ) 筧美和子

2017年/日本/カラー/ビスタ/DCP5.1ch/103分
製作:『犬猿』製作委員会
(東映ビデオ、博報堂DYミュージック&ピクチャーズ、東京テアトル、TBSラジオ、スタジオブルー)
製作プロダクション:スタジオブルー
配給:東京テアトル

公式HP  kenen-movie.jp
公式Twitter @kenen_movie

©2018『犬猿』製作委員会