「俺はみんなに呼びかける政治犯
アメリカという国の囚人だ
この呼びかけをアメリカは煙たがるだろう
アフリカ系アメリカ人はいつだって犯罪者扱い
自由の闘士たちが
法の名のもとに監獄へ送られてきた
人を守るはずの法が
昨日までは人を殺してきたんだ
アメリカには黒人の政治犯たちがいる
俺らはこの闘いをあきらめない」
灼熱のライトがミュージシャンのシルエットを闇に浮かび上がらせ、オーディエンスの叫喚めいた歓声が、魂のライム(rhyme)に呼応する。
「トゥパック!トゥパック……」
真っ白なステージライトと、漆黒の影法師……まさしくそれは、『ALL EYEZ ON ME』だ――。
「ガキのころはスラム暮らし
周りのやつはたくさん死んだ
居場所を見つけたのは
“チンピラ人生(Thug Life)”と胸に彫った日」
一台のボンネットバスが、厳重な門扉をくぐり抜ける。
“シベリア”と揶揄されるニューヨーク州クリントン刑務所、1995年の出来事だ。
一人の男が、インタビューのカメラの前に座る。
彼は言う。
「俺が殺されたら、真実を伝えてほしい」
2017年オーラスを飾る12/29(土)公開となるベニー・ブーム監督『オール・アイズ・オン・ミー(ALL EYEZ ON ME)』は、こうして物語の幕を開ける。
『オール・アイズ・オン・ミー』ストーリー
トゥパック・シャクール(ディミートリアス・シップ・ジュニア)は、ニューヨークのスラムで生まれ育った。母・アフェニ(ダナイ・グリラ)は“パンサー21”と呼ばれるブラックパンサー党のメンバーで、当局からの厳しいマークもあり、住まいを転々とする。
メリーランド州ボルチモアで演劇に情熱を傾け、17歳の頃に芸術学校で出会ったジェイダ・ピンケット(カット・グレアム)とはソウルメイトとなる。だが、再び母により、カリフォルニアへの移住が余儀なくされる。
しかし、オークランドに移り住んだことは彼の転機となった。アルバイト感覚で参加したワークショップでラップと出会うと、ヒップホップ・ユニット「デジタル・アンダーグラウンド」に認められ、1990年にはラッパーとしてツアーに加入する。ブレイクした彼は「2PAC」の名でソロデビュー。1992年には映画『ジュース』で俳優も務める。
順調にキャリアを重ねるトゥパックだが、レイプ訴訟に巻き込まれ、仕事もキャンセルが続く。そして、1994年11月30日、彼の運命を変える事件が起きる。レコーディング中のトゥパックはスタジオで強盗に襲われ、手足や頭部に5発もの銃弾を受けた。一命を取り留めるたものの、その場に居合わせたノトーリアスB.I.G(ジャマール・ウーラード)らを首謀者だと疑心暗鬼になる。それは、ヒップホップ界史上最悪の東西抗争の切っ掛けとなってしまう――。
観る人を選ぶ映画?否!
『オール・アイズ・オン・ミー』は、音楽、しかもヒップホップ・ミュージックをテーマとした映画なので、観客に向き、不向きがあることは否めない。
139分という上映時間は短いとは言えないが、それほどの尺を以て、キャスト陣が強烈なパンチラインを完全再現したとしても(あるいは、リアルな音源を以てしても)、ヒップホップを嗜好しないオーディエンスを虜にすることは難しい。
観る者を選ぶジャンルと言えば、スポーツをテーマにした映画もそうだ。
例えば野球を扱った作品だと、『フィールド・オブ・ドリームス』(監督:フィル・アイデン・ロビンソン/1990年/107分)なら野球の「や」の字も知らない映画ファンが観てもそこそこなら楽しめるかもしれないが、『メジャーリーグ』シリーズ(監督:デイヴィッド・ウォード 他/1989年〜)や『マネーボール』(監督:ベネット・ミラー/2011年/133分)辺りではルールすら知らない野球初心者が観ても全く楽しめないだろう。
ましてや、ヒップホップは、サブカルチャー(もしくは、カウンターカルチャー)という文化としての側面も大きく内包した謂わばムーブメントである。
そこを理解せずにHip Hopを語ることは、無理のある行為と言わざるを得ない。
傑作と謳われた『ストレイト・アウタ・コンプトン』(監督:F・ゲイリー・グレー/2015年/147分)の時にも同様の議論がなされたが、『オール・アイズ・オン・ミー』もまた少々の「予習」を観客に強いる作品なのだ。
ビギー・スモールズ、ドレー、スヌープ……少なくとも、これらの愛称が誰のことを指すのか、理解できるようになって鑑賞に臨みたい。
だが、「事前学習をするに相応しい作品」、そんな言い方も出来るのが『オール・アイズ・オン・ミー』であることも、また揺るぎない真実である。
前述したように、2PAC役のディミートリアス・シップ・ジュニアを筆頭としたMC(ラッパー)を演じるキャスト達は、まるで本人かと二度見ならぬ二度聴きしたくなるほどのRAPを披露する。
予習の要らないHiphopperは言わずもがなだが、リサーチするほんのちょっとの時間を割いてもらえるなら、ヒップホップ初心者でも必ずや満足するアクトが見聴きできる。
作品鑑賞に要した予習時間は、実は効率的にHip Hopを学ぶための準備だったのだと納得してもらえるはずだ。
エンターテインメントで、社会派!
しかも『オール・アイズ・オン・ミー』、サイコーのエンタメ作品にも拘らず、実に硬派な映画でもある。
レイシズムや貧困、女性蔑視や訴訟主義といった、極めて深刻な社会情勢に鋭く切り込んだ社会派作品という一面も持つ映画なのだ。
ヒップホップとは、生まれながらのプロテスト・ミュージックであることが、スクリーンから、スピーカーから、ダイレクトに伝わってくる。
“Anger is an Energy.”の本当の意味を……魂の真髄を、しかと耳目に焼き付けてほしい。
“Thug Life”の真の意味を知ることで、エンドロールで掛かるナンバーがそれまでとは違って聴こえるはずだ。
RAPに酔い、2PACの生き様に痺れているうち、私たちは現代アメリカの暗部を知ることになる……ひょっとしたら『オール・アイズ・オン・ミー』、次世代の教育映画なのかもしれない。
そしてそれは、リリックとビートで世界を変えようとしたトゥパック・シャクールの、「遺志」そのものなのかもしれない――。
映画『オール・アイズ・オン・ミー』
12月29日(金) 全国ロードショー
公式サイト
2017年/アメリカ/139分/英語/シネスコ/ALL EYEZ ON ME
提供:パルコ/ユニバーサルミュージック/REGENTS/ビーズインターナショナル 配給:パルコ/REGENTS 宣伝:ビーズインターナショナル 協力:ユニバーサルミュージック
PG12
© 2017 Morgan Creek Productions, Inc.
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