昨今、「LGBT」という呼称が世間で認知されつつある。
「LGBT」とは、それぞれ
L=Lesbian…女性同性愛者
G=Gay…男性同性愛者
B=Bisexual…両性愛者
T=Transgender…性別越境者
の頭文字で、通常は、非性愛者(Nonsexual)、無性愛者(Asexual)も含めた性的少数者(セクシュアル・マイノリティ)を表す。
小野さやか監督最新作、ドキュメンタリー映画『恋とボルバキア』の出演者の多くは、LGBTである。
ちなみに、ボルバキア(Wolbachia pipientis)とは、節足動物などの体内(主に卵巣)に生息し、生殖システムに影響を与える共生細菌の一種だそう。ボルバキアに感染すると、オスのみが死んだり、オスがメス化することが確認されているという。
社会学的に、もしくは医学的にLGBTを暗喩する単語のようにも思えるが、『恋とボルバキア』は社会派なドキュメンタリーと言うよりはガールズ・ムービーであり、学術的な作品とは一線を画すエンターテイメント映画である。
『恋とボルバキア』を観て感じること、それは独特の浮遊感である。
ドキュメンタリー作品特有のジャーナリスティックな雰囲気が希薄で、観る者はまるで劇映画を観ているかのような錯覚に捉われる。
スクリーンに登場するセクシュアル・マイノリティたちの行動も、極めてドラマティックに映る。
これは、取りも直さず小野さやか監督のスペシャリティである。
衝撃のセルフ・ドキュメンタリー『アヒルの子』(2010年/92分)から7年、小野監督は被写体の心根の深い場所にまで寄り添う眼を身に就けた。
出演者は、カメラに向かって本音を語り、レンズに向かって悩みを打ち明け、カメラの背後の小野さやか監督に向かって涙を見せる。それは、銀幕の此側にいる私たちにも、ダイレクトに届くのである。
小野監督のカメラは、ドキュメント特有の「第三者の眼」ではなく、観る者をも当事者に変えてしまう「友人の眼」だ。
『恋とボルバキア』は、極めて良質なプライベート・フィルムとも言える。
「当事者の視点」で彼女らの心根に触れたなら、観客は一人残らず出演者に感情移入してしまう。
鑑賞者は、スクリーンに映る「新たな友達」と一緒に、笑い、泣き、怒り、「対話する」のだ。
「違うからと言って、一緒に居れないことはないな」
「存在する価値があるのは、この時間だから」
出演者の多くはカメラに正対して話し、自分の想いを真っ直ぐにぶつけてくる。
真っ直ぐにぶつけてくるのは、人を好きになる気持ち……そう、「友人たち」は恋をしているのだ。
まるで「プライベート・フィルム」のような赤裸々な告白だからこそ、観る者もフワフワした「ときめき」に支配されてしまうのである。
この浮遊感は、あの名曲を思い起こさせる。1970年に大ヒットした、The KINKSの『Lola』だ。
歌の中で、ローラ(Lola)は言う。
「Dear boy, I'm gonna make you a man.(愛しい坊や、私があなたを男にしてあげる)」
そして、主人公は言う。
「I'm glad I'm a man, and so is Lola.(僕は男で良かった、ローラもそうだって)」
しかし、やがて鑑賞者は気付きはじめる。
そんなフワフワした感じが、恋愛感情によるものだけではないということに。
「寝る前が、一番いい」
「言うことは決まってるんだけど、どう表現して良いかが分からない」
ちょっとした発言の中の短いセンテンスの中に、心の叫びめいた言葉が雑じる。
それは、常に自分の居場所を求め続けるマイノリティの、魂から漏れ出た慟哭だ。
「風変りな友達から、ちょっと変わったコイバナを聞いていた」つもりの観客は、物事の本質を衝きつけられていることに気付くのだ。
小野さやか監督の撮るドキュメンタリーは、極めて良質なルポルタージュである。
プライベート・フィルムとルポルタージュの狭間を、揺蕩うような阿部芙蓉美の語りが、豊かに空気を埋める。
また、音楽を担当するMILKBARの楽曲が、見事に作品世界に嵌まる。
『路面と綿帽子』の「どのバス停で降りる?」の歌詞は、作品のために描き下ろしたのかと錯覚しそうなほどだ。
そしてそれは、『恋とボルバキア』というタイトルへのアンサーソングのような、メインテーマ『Bacteria』も同様である。
『恋とボルバキア』は、2017年12月9日(土)よりポレポレ東中野でロードショー。
東海地区では、2018年1月20日(土)より名古屋シネマテーク(名古屋市千種区)で上映開始となる。初日は小野さやか監督ほか大勢のゲストが登壇する予定なので、公式サイトを是非ともチェックしてほしい。
セクシュアル・マイノリティの方は、迷わず観てほしい。
出演者と一緒に一喜一憂し、時には反発を覚えながら、元気になれる作品だから。
そして、マジョリティの、ストレートの方にこそ、是非とも観ていただきたい。
「隣人」を理解し、寄り添うことのできる……あなたを、「アライ(ally=理解者、支援者)」にする映画だから――。
映画『恋とボルバキア』公式サイト
©2017「恋とボルバキア」製作委員会
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