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かつて映画界には、「スクリューボール・コメディ」というジャンルがあった。
1930年代から40年代にかけて流行した恋愛コメディで、多くは第一印象の芳しくない男女が衝突を繰り返しつつ恋を成就させる、軽妙洒脱なラブストーリーである。
この時代、厳しい倫理規制によって表現は著しく制限された。性描写を表現できなくなった恋愛劇は、恋が成就するまでの過程を丁寧に描くのが主流となったのだ。
二度の世界大戦で血を流し続ける国々の、心をすり減らした人々は、面白おかしく喧嘩しながら付かず離れずするカップルの物語で、暫し魂の洗濯をしていたという訳だ。

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そんな時代を舞台にした、ちょっとロマンチックで、素敵にコミカルで、たまらなくシネマティックなラブストーリーが、間もなく公開となる。
イギリス映画、『人生はシネマティック!』だ。
監督は、世界が注目する女性監督ロネ・シェルフィグ。『幸せになるためのイタリア語講座』(2000年)がベルリン国際映画祭で銀熊審査員賞を受賞し一躍スターダムの座を射とめたシェルフィグ監督は、その後もキャリー・マリガン主演の『17歳の肖像』(2009年)がサンダンス映画祭で観客賞を受賞、アン・ハサウェイ主演の『ワン・デイ 23年のラブストーリー』(2011年)は日本でも大変な話題となった。

『人生はシネマティック!』ストーリー


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1940年、ドイツ軍に制空権を奪われたイギリスは、日々激しい空襲に曝されていた。首都ロンドンも、働き盛りの男たちは戦地に送られ、日増しに女性や老人、子どもばかりになりつつある。映画は残された人々の数少ない娯楽だったが、劇場で掛かる作品も戦意高揚映画、すなわちプロパガンダ作品ばかりであった。
ある日、イギリス情報省映画局が新作映画の脚本家として白羽の矢を立てたのは、麗若き女性・カトリン(ジェマ・アータートン)だった。徴兵中のコピーライターに代わって書いた広告コピーを脚本アドバイザー・バックリー(サム・クラフリン)が目を着けたのであるが、実はカトリン、ただの秘書なのだ。画家の夢を捨て切れない元傷痍兵の夫・エリス(ジャック・ヒューストン)との生活が破綻寸前の彼女にとって、これは千載一遇の大チャンスである。
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彼女が描くのは、「ダンケルクの戦い」でドイツ軍に囲まれたイギリス兵を救った姉妹の物語。国威高揚にもってこいの題材とあって、情報省からの期待も大きい。カトリンはバックリーを共同執筆者に、取材を敢行する。だが、姉妹の話は想像していたものとは掛け離れた内容であった。
何とかプロットを捻りだしても、ことごとくバックリーからの厳しいダメ出しに遭う。何とかシナリオを書いても、次々と無理難題が押し寄せる。容赦のない検閲、切りのない英国政府から要望。問題に突き当たる度、衝突するカトリンとバックリー。だが、お互い絆を深める毎日でもあった。
スタッフが決まり、配役が調い、いよいよ映画は撮影が始まる。しかし、ロケ地であるデヴォンでも、トラブルは矢継ぎ早に降りかかる。
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出演者のアンブローズ(ビル・ナイ)はプライドが高く、常に台詞の変更を訴えてくる。マネージャーのソフィー(ヘレン・マックロリー)は敏腕だが、空爆で命を落とした弟・サミー(エディ・マーサン)の代理ということもあり、かつての名優であるアンブローズをコントロールし切れない。更に、アメリカの参戦を促す為のテコ入れである追加キャスト・カール(ジェイク・レイシー)は、なんと演技経験ゼロの現役パイロット。頼みの綱のはずの監督は、ノンフィクション映画の経験しかない。
カトリンは、バックリーは、難局を乗り越えることが出来るのか。
そして映画は完成し、疲弊した人々の胸に灯りを点すことが出来るのか――。

銀幕を彩る名優たち


主人公カトリン役には、ジェマ・アータートン。『007 慰めの報酬』(2008年)でボンドガールを務め脚光を浴び、『タイタンの戦い』(2010年)『プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂』(2010年)でアクション映画のヒロインを演じたと思えば、『アンコール!!』(2012年)『ボヴァリー夫人とパン屋』(2014年)では繊細な演技も見せる、イギリスきっての名女優だ。

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経験のないカトリンを支える脚本家・バックリー役には、『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』(2011年)への大抜擢以来、『あと1センチの恋』(2014年)『世界一キライなあなたに』(2016)と大役が続く、サム・クラフリン。

カトリンの夫・エリス役は、ジャック・ヒューストン。『高慢と偏見とゾンビ』(2016年)での一癖も二癖もある難役同様、屈折した芸術家を見事に演じ切った。

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カトリンと対立するベテラン俳優・アンブローズには、『ラブ・アクチュアリー』(2003年)、『パイレーツ・ロック』(2009年)、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(2013年)、『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』(2016年)のビル・ナイ。

また、『運命の逆転』(1990年)のジェレミー・アイアンズ、『おみおくりの作法』(2013年)のエディ・マーサン、『キャロル』(2015年)のジェイク・レイシー、『LOGAN/ローガン』(2017年)のリチャード・E・グラントなど、脇を固めるのはイギリスが誇る超一流のキャスト陣だ。

映画のような人生、人生のような映画


さて、前述の「スクリューボール・コメディ」とは、野球用語「スクリューボール」を語源としている。
スクリューボールとは変化球の一種で、投手の利き腕方向に曲がりながら落ちる球種である。ボールの縫い目に指を掛けることによって打者の手元近くで微妙に変化する、シュートボール系に分類されることが多い。
シンカー(シンキング・ファストボール=sinking fastball)と並んで“落ちるシュート”と表現されることがあり、日本では左ピッチャーが投げるシンカーがスクリューボール(単にスクリューとも)との見解があるが、元・中日ドラゴンズのレジェンド山本昌投手のようにシンカーとスクリューを投げ分けるピッチャーもいることに留意したい。

ともかく、スクリューボールとはクセ球、ヒネリ球であり、それが転じて「奇人」「変人」の意味を持つ言葉なのだ。

映画『人生はシネマティック!』は、豪華な英国俳優陣が、ユニークな映画人たち、まさに「奇人」「変人」に扮し、高らかに謳いあげる人間賛歌である。
いつになく不自由だった時代に、一癖も二癖もある奇人・変人たちが、何よりのエンターテインメントを、掛けがえのないロマンスを、ある時は自由闊達に、ある時は泥水を啜りながら、大いに歌いあげる人生賛歌である。

さて、賢明なる読者諸婦兄は、とうにお気付きであろう。
スクリューボール・コメディなる言葉は野球用語を語源に持つのだから、ベースボール発祥の地・アメリカ以外では使われない……当然、『人生はシネマティック!』の舞台であるイギリスでは使われない単語である。
実際、『人生はシネマティック!』は「スクリューボール・コメディ」の定義とは外れた展開を見せるし、そもそも「スクリューボール・コメディ」はハリウッドでも使われなくなって久しい古語、死語の類いに近い言葉である。

だが、闇の中に、一時間の魔法が、一秒の煌めきが、一瞬の真実が、浮かんでは消える映画館には、そんな刹那の輝きを放つ言葉が相応しい。
私たちは昔も今も、夢を、恋を、嘘を……人生を、映画に求め、重ねあわせ、明日も生きるのだ。

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『人生はシネマティック!』は、地べたを這いつくばるクセ者たちが、不敵に笑い飛ばし、無様に泣き喚き、力強く立ち上がる、まるで人生のような映画である。
そして映画館は、暗い昨日を吹き飛ばし、明るい今日を呼び覚まし、まだ見ぬ明日を夢に見る、まるで映画のような人生を送る、あなたの為にある場所なのだ――。

『人生はシネマティック!』【PG12】
11/11(土)~ 新宿武蔵野館 ヒューマントラストシネマ有楽町 伏見ミリオン座 ほか全国順次ロードショー

【配給】キノフィルムズ/木下グループ

©BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 20­16

映画『人生はシネマティック!』公式サイト