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「今ご覧いただいた映画は、主演女優の片野清美園長から一通のお手紙を頂いたところからスタートしました」

2017年10月29日(日)、名古屋シネマテーク(名古屋市千種区)の舞台挨拶は、そんな言葉で始まった。
9月30日(土)にポレポレ東中野(東京都中野区)で公開が始まるなり大評判となっているドキュメンタリー映画『夜間もやってる保育園』が、いよいよ10月28日(土)から名古屋でも封切となり、公開2日目のこの日、大宮浩一監督が登壇したのだ。

嬉しさ半分、戸惑い半分


大宮浩一監督 実は私が「映画はもういいかな」と思った時期、去年の1月でした。全く面識のない片野清美(エイビイシイ保育園)園長からお手紙を頂きました。要約しますと、「夜間保育園を映画に撮ってほしい」、と。何故かというと「偏見を持たれている。ありのままを映画に撮って広く観てもらうことで、誤解のもとで起きている偏見を、薄らがせることは出来ないだろうか」というようなオファーでした。作り手としては凄く光栄なことで、嬉しいことではあったんですが、特別に保育とか子どもの環境に関心が行ってた自分ではなかったもので、嬉しさ半分と、出来るのかという戸惑い半分……半年ほど考えて、昨年の夏から撮影を始めました。その大きな切っ掛けは、園長先生のお手紙にもあったんですが、以前撮ったお年寄りの介護の映画(『ただいま、それぞれの居場所』2010年/96分・『季節、めぐり それぞれの居場所』2012年/82分)をご覧いただいて、私にお声を掛けていただいたんだとか。なるほどな、と。私の中でも生活の一部として、生活の延長としての介護、ケア……そういうスタンスで映画を撮ったもので。今回も不勉強ではあったんですけど、暮らしとか生活の中で、まだまだ弱い子どもへのケア……そんな視点だったら、自分でも出来るかなと思ったんです。園長先生はじめ夜間保育の方々からは、偏見を少しでも減らしてほしいという想いを大変強く感じたんですけど、私としては、偏見とは知ってる人が持つもので、実は夜間保育園ってそんなに知られていませんよ、と。世の中の人は、夜間保育園がまず在ることをあまりよく分かっていない人も多いんじゃないかと。そういうことで、偏見という以前に、まずは夜間保育園を知ってもらいましょう、と。そういう一歩手前のところで、知識的には全くゼロの私が、自分が撮影しながら映画の制作をしながら、勉強させてもらった過程を正直に紡いだ映画でございます。

親は、親なんです


平野勇治(名古屋シネマテーク支配人) 監督が最初に驚いたのは、どんな点でしたか?

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大宮監督 何を撮ったら良いのか、何も分からなかったので……若いカメラマンと組んだんですが、カメラマンが露払いというか先陣を切ってくれました。色んな子ども、色んな表情、それをまず撮って、編集マンと一緒に観ながら「この子は興味が湧くな」とか「このお母さん綺麗だね」とか、そんなところから少しずつ絞りこみながら、作っていきました。驚きとしては、とにかく喧(やかま)しいんですね(笑)。本当に、もう……私とカメラマンのコミュニケーションも難しいくらい、凄く“生きているエネルギー”を感じる賑やかさでした。それと、私の大きな誤解、多分これも偏見だと思いますが……私は、夕方くらいに登園して、深夜お迎えに来る、それまでは(子ども達は)活動してると思ってたんですね。保育というイメージで、絵本を読んだりお遊戯したり、皆起きてるんだと思ってました、何故か。ところが、登園時間は大体皆さん午前中に来られます。映画の中でもあったようになるべく規則正しい生活をということで、夕ご飯を17~18時に食べて、お風呂に入って、20時半には寝る……もう本当に生活の場なんだな、というのが新鮮な驚きでした。暮している“もう一つの家”というか……保育士さんは、もう一人の親。これだと(本当の)親がいなくても良いなと思って、園長先生に「親って、何だろうね?」って雑談をしたことがあったんですが、片野園長先生は「親は、親なんです。悔しいけど、親なんです。どんなに接する時間が短くても、子ども達はお父さんお母さんが一番大好きなんです」、と。それは、長く保育に携わっている園長ならではの声だったと思います。

何としても伝えたかった


平野支配人 エイビイシイ保育園の園長からの依頼なのに、全国を取材なさってましたね?

大宮監督 人の企画で映画を作るのは初めてなんですが、エイビイシイの企画でエイビイシイ保育園ひとつだと“PR映画”になりがちなので、もう少し他の保育園も入れることで少し客観性も欲しいと思って。全国夜間保育連盟という団体があるんですが、そこと相談しながら3つの園を選んでます。これは認可の夜間保育園の団体で、映画で「80ヶ所」と出たのが認可(夜間)保育園です。一方、ベビーホテル……認可外の方が、1,500~1,600ヶ所くらいあるんです。行政が把握してる数字なんでミニマムですが、認可、無認可合わせて33,000人くらいの子どもが毎晩遅くまでいるという事実は、何としても伝えたかったんです。「待機児童25,000人」という数字がマスコミでよく出てきますが、一方で夜間保育園に33,000人……その事実が、まず知られていないんですね。私自身も吃驚したんですけど、夜の街で、深夜のタクシーも乗る、もし何かあっても医療機関が整備されてる……そういう24時間のサービスを充分享受してました。そこで働いてる人まではイメージできてるはずなんですが、その人たちに子どもがいるってことを、本当に私自身も遮断していました。

社会的弱者の暮らしは、社会そのもの


平野支配人 監督は、子ども達だけでなく親にもカメラを向けていますよね?

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大宮監督 子どもの保育園を舞台に借りた映画なんですけど、それを作っているのは、私たち大人なんですね。障害がある方、子ども、お年寄り、そういった社会的にちょっと弱いと言われている方々の暮らしぶりは、まさに社会そのものです。データを誤魔化すとか、無資格で検査をするとか、今般いろいろありますけど、これは昨日今日始まったんじゃなくて、偶々バレちゃっただけでずっと続いてた訳です。そういう社会なんですね。バレないように、バレないようにとしている社会が、どういう風に子どもや、お年寄りや、弱い人達と接しているのか……それは、確認するまでもないことだとは思います。これは、決して行政批判では無いんです。私達は、行政に「縦割りじゃないか!」という言葉をよく使います。でも、もしかしたら私達も考え方が縦割りで、「保育の問題」「お年寄りの問題」「年金の問題」色んな柱をいっぱい立ててるのかもしれません。でも、もうそういう縦の思考では多分どうしようもなくなってると思うんですね……もうちょっと横断するような思考じゃないと。行政は横断することがシステム上無理なんで、ですから、チャンスだと思うんです。私達が、日々の暮らしで横断していけば良いんです。子どもの問題、親の問題、お爺さんの問題、そことどう向き合っていくか……そんなイメージが、編集しながら段々自分の中で出てきました。

音楽について


平野支配人 音楽も印象的でしたが、どこかの段階で使おうと思っていたんですか?

大宮監督 園長先生の旦那さん(片野)理事長と話してる時に、この曲が具体的に出てきたんです。若い人から「何であんな暗い歌を使ったんですか?」ってこの前言われたんですよ。僕の中では充分明るいんですけど、それはお客様一人ひとりの感想を大事にしたいと思います。

思い出してください


平野支配人 今後のご予定を聞かせていただけますか?

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大宮監督 今回の映画で子どもの周りを少し探らせてもらったので、もう少し深く……全然まだ具体的ではないんですが、療育に関わる周辺というのは凄く気になってるので、ちょっと調べ始めてみようかと考えています。話があちこちに行ってしまいましたが、せっかく台風の中来ていただいたんで一つだけ想像していただきたいことがございます。私達も、赤ちゃんだったんですよね。私も、撮影中に初孫が生まれたんですよ。で、1歳を前に歩き出しました。普通の成長みたいです……歩くまで、1年掛かるんですよ。馬は、30分ですって。敵が来ても1年間は逃げようがないんです、人という動物は。そこから、自分で餌を求めて、取って食べられるようになるまでは、まだまだ時間が掛かります。私達は今まで、誰かに支えられて、サポートを受けて、大きくなったんです。私も今回の映画までは一人で大きくなったような気持ちでいたんですが、改めて自分の願望だったんだなと思い出しました。皆さんもどうぞ思い出してください。

程なくして大宮監督のサイン会が行われ、ほとんどの観客が列に加わったため、また、質問や感想が尽きなかったため、名古屋シネマテークのロビーから人が引くことはなかった。
実際に保育の現場に身を置く方たちが多く訪れていたのが、印象的だった。
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小さな劇場の暗闇は、大きな社会の影を映す。
映画館というのは、そういうものだ。

細かなテーマの作品が、広く人間の本質を突く。
映画というのは、そういうものだ。

映画『夜間もやってる保育園』公式サイト