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たった2人の映画ファンの情熱が、巨匠をトークゲストに招請せしめ、借りきったミニシアターに人を溢れさせる――そんな奇跡を自らの目で確かめられるのだから、名古屋の映画ファンは幸福である。
【モーレツ!原恵一映画祭】と名付けられたその上映会は、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町)で、2015年2月に開催された。

そんな映画祭も、今回で4回目。【第4回 モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】が、2017年10月21日(土)開催された。
会場は、もちろんシネマスコーレ。ゲストは、もちろん巨匠・原恵一監督である。

柴田英史(原恵一映画祭発起人) 本日は、お足元の悪い中【第4回 モーレツ!原恵一映画祭】にお越しいただき……

高橋義文(同映画祭発起人) ……否、【原恵一“国際”映画祭】では?

柴田 そうですね、【原恵一国際映画祭】でした。

【第30回東京国際映画祭】で『映画監督 原恵一の世界』が特集上映されることに因み、映画祭の呼称も様変わりしたようだ。
【東京国際映画祭】は10月25日に開幕し、特集『映画監督 原恵一の世界』では『エスパー魔美 星空のダンシングドール』(1988年/41分)『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年/90分)『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(2002年95分)『河童のクゥと夏休み』(2007年/138分)『カラフル』(2010年/126分)『はじまりのみち』(2013年/96分)『百日紅~Miss HOKUSAI~』(2015/90分)などが上映される。

【第4回 モーレツ!原恵一国際映画祭 in 名古屋】では、『映画クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』(1997年/99分)、『狐夜話(きつねよばなし)』(東京デザイナー学院卒業制作作品/5分)が上映された。
『映画クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』は、モーレツ!原恵一映画祭おなじみの35mmフィルム上映である。
『狐夜話』は、原恵一監督が自宅で保管していた16mmのラッシュフィルムをデジタル変換した素材だそう。

上映が終わると観客席からは大きな拍手が湧き起こり、時を分かたず怒涛のトークショーが始まった。

労作『狐夜話』


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柴田 『狐夜話』について聞きたいんですが?

原恵一監督 編集したラッシュフィルムは、僕が保管していたんです。京都の立命館大学の映像学部の先生に時々呼ばれるんですが、「学生時代に作った作品があれば、学生に見せたい」と言われたんです。その際に、デジタル化してくれたんです。今回掛けたのは、それです。

柴田 学生さんの勉強のために?

原監督 特別授業ってことで、その先生が僕の作品を使ってくださったんですね。映像を志す学生に向けて、僕が学生時代に作った作品を見せたかったんだと思います。これを撮るの、本当に大変だったんだよね(笑)。

高橋 ちなみに、何歳の時の作品なんですか?

原監督 20歳かなぁ……専門学校の2年生の卒業制作ですね。同じ立場の学生で、資金も皆で出し合って作るやり方でした。全部学生だけでやることをさせるための卒業制作だったので。どういうグループで作るのかから始めて、完成に向けて紙とかセル(セルロイド製透明シート)とかも全部自分たちで調達して。撮影と録音は、学校のスタジオを使ったんだけど、あとは学校の授業が終わった後に空いた教室とかを借りて、皆で作業しました。

柴田 監督は、演出をされたんですよね?

原監督 結果的にそうなったって感じですか。とにかくもう、揉め事がしょっちゅう起こる訳ですよ(笑)。3~40人くらい集まったんだけど、女子が多かったんです。

柴田 エンドロールを見たら、男性が少ないですもんね。

原監督 そうです。男は3人で、他全部女子だったんです。そう聞くとハーレムみたいだけど……地獄だったよ(場内爆笑)!こんなに言いたいこと言うのか?って(笑)。だから、「監督した」って感じじゃないよ(場内笑)。

引き継いだのは、『クレしん』黄金期


高橋 『暗黒タマタマ』は、原監督にとって劇場版クレヨンしんちゃんの監督1作目ですよね?

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原監督 本郷(みつる)さんが『クレヨンしんちゃん』の劇場版を4作撮って、テレビを入れると5年くらい(監督を)やってて、本郷さんも「やりたいことは、もうやった」という感じがあったみたいで。本郷さんの時代が『しんちゃん』の一番の黄金期で、最高視聴率は29%くらい行ったのかな。だから、その頃「『しんちゃん』の裏番組は何をやっても勝てない」って皆に言われてたくらい、凄かったんです。そういう時代を経て、テレビは1年に2~3回スペシャルをやって、そんな枠の中で本郷さんもやりたいことを趣味を出してやっていた……やり尽くした、と。その後だんだん視聴率も落ちてきて、映画の興行も順調に下がっていったんですね。そうすると、やっぱり“てこ入れ”って話が出てくる訳です。「もう一回『しんちゃん』をV字回復させるには、どうしよう」って話になった時、本郷さんは「その話は、もういいです」と……辞める、と。それで、俺が繰り上がったんですね。

柴田 しんちゃんの妹のひまわりが出てくるタイミングで、その話になったんですか?

原監督 そう。まあ、てこ入れが正に「妹を出す」ってことだったんです。テレビで新しい家族が増えたんで、劇場版(『暗黒タマタマ大追跡』)も、ひまわりに光を当てるつもりでいたんですよね。

高橋 その中で、しんちゃんの成長も垣間見られますね。

原監督 いやいや、俺は全然興味なかった(場内爆笑)。だって、子供いないしさ(笑)。分かんないもん、そんなの。

柴田 でも、ちゃんと描けてます。

原監督 それが、監督の仕事ですよ(笑)!正直、鬱陶しかったですよ……だって、0歳児だから、どう扱って良いのか。映画になったら何かしらの大きい話で、アクションもある。そんなところに0歳児をどうしたら良いんだろうって思ったんです。ところが、それが当たったんだよね、ひまわりという存在が。大きな原因は、やっぱり声を演ったこおろぎさとみさん。こおろぎさんが非常に上手かったんですよね、本当に0歳児なりの感情表現をしてくれて。しんちゃんも矢島(晶子)さんの声の力が大きかったんだけど、ひまわりの声も凄かったです。舞台挨拶でこおろぎさんが声を出しながら舞台に出てくると、観客が「うわぁ!」って、「この人が、ひまわりの声やってるの!?」ってなるんです。

『暗黒タマタマ大追跡』エピソード


柴田 この作品、原作の臼井(儀人)先生が出てらっしゃいますね。

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原監督 臼井さんとは、時々打ち合わせとか忘年会とかで会っていて、臼井さんの声と喋り方が凄く面白いなと思ってたんですね。で、「出てみませんか?」と。「どんな役が演りたいですか?」って聞いたら、臼井さんが「健康ランドで『兄弟船』を歌う役で出たい」と(場内笑)。で、「こうして欲しい」って自分でビジュアルを描いてきて……全然似てないんですけどね(笑)。臼井さんって顔出しをしてない人だったんで、俺としては「原作者って、こんな声なんだ」ってお客さんが面白がってくれれば良いな、と。

高橋 ひろしに殴り飛ばされるのも、臼井先生のアイデアで?

原監督 あれは、俺の(場内爆笑)。

高橋 臼井先生は、声以外でも『暗黒タマタマ』に係わっていたんですか?

原監督 まず、タイトルを考えたのは臼井さんです。最初、臼井さんに「どんな作品を期待しますか?」みたいんことを尋ねたら、臼井さんはアクション映画が好きな人で、「『ポリス・ストーリー』みたいな映画が観たい」と言われた気がする……記憶があんまり定かじゃないんだけど。『ポリス・ストーリー』だったら結構俺も好きだったから、それを日本のローカルな舞台で作ったらどうかと思ったんです。それまで本郷さんがやってたのは、外国に行ったりとか、異世界に行ったりとか、ファンタジー色が強い作品だったんで……それを継承しても良かったんだけど、俺は自分がやるんだったらちょっと違う方向にしてみようかなと思って。意識的に泥臭い……ドメスティックな(笑)アクションを描きたい、と。でも、あの時は自分としては物凄く自信もなかったし、出来上がったものを観ても「俺、本当に全然ダメだな」と思ったんですよね。本郷さんの作り方を継承すれば悩まなかったと思うんですけど、そうじゃないものを作ろうと思った時に、中々自分の納得できるアイデアが出てこなかったんです。結局、納得行かないままコンテ描いて、力任せに作ったものの、何か上手く行かなかったというのが最初の第一印象でした。だけど、作画スタッフは、恐らく俺の中では一番豪華なんだよね。今は監督になってる湯浅(政明)さんは、設定、デザイン、原画も相当数描いてくれて。こちらも今は監督になった安藤真裕さんも、100箇所以上原画を描いて。青森から一気にお台場に行くイカレたシーンは、末吉(裕一郎)さんっていうその後大事なスタッフになる人が、“ブチギレ作画”みたいな感じで(場内爆笑)。ここまで贅沢なスタッフは、無かったです。だから、俺は全然自信が無かったんだけど、出来上がりを観た湯浅さんはやけに「やりましたね、原さん!」みたいなことを言ってくれたのね。「湯浅さん面白かったんだ。じゃあ、良いか」って(場内笑)。

高橋 最近、観返されることはあるんですか?

原監督 そういう苦い想い出が強かったんで、しばらくは無かったんですが……しばらく経ったら、やけに観たくなって。観たら、「ああ、面白いじゃん、これ」って(笑)。

柴田 実在する場所も出てきますが、ロケハンには?

原監督 行った行った。健康ランドは、臼井さんから出た場所だったんです。健康ランドって行ったことなかったんです、それまで。臼井さんは結構好きで時々行くって言ってて、行きつけの船堀健康ランド(現 東京健康ランドまねきの湯)に行ってみようってことになって。皆おそろいの格好でお風呂に入ったり寛いだりしてるのを、初めて見たんです。

柴田 その後に出てくる、スーパーマーケットも?

原監督 いや、スーパーに関しては、設定は作ってないかな。僕も群馬の田舎者なので、郊外型のでっかいスーパーってその頃あったんで、そのイメージで。

質疑応答も、アツい!


Q. 『狐夜話』に音が入っていないのは、何故なんですか?

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原監督 僕も本当に残念なんですけど、学校に納品したのは、ちゃんと音が入ってる作品だったんです。16mmのフィルムで撮影したので、音の入れ方がコマの端っこに磁気のコーティングをして録音する方式だったんですよ。で、学校に納めた作品なので、時々学生たちに観せたりしてたらしいんです。ある日上映した時に、映写機には録音機能があるんですが、たまたまその時の先生が録音ボタンを押して掛けちゃいまして(場内爆笑)。終わったら、音が全部消えちゃったという。学校から突然電話が掛かってきて、「音の素材は残ってないですか?」と。「無いです」と言うと、「いや、実は……」って謝られたんですけど。実は、台詞は無い作品なんですよ。ありものの音楽を使って、効果音を入れて……何を使ったか全部は憶えてないんだけど、エンディングで使ったのは『ディア・ハンター』の曲でした。

Q. 最近、小説とか何を見てもときめきが失くなってしまったと言うか……感情移入が出来なくなりました。小さい頃は本を読んでも続きが気になって、どんどん読んだんですが、そういうのも失くなってしまいました。凄く人生が詰まらなくなった感じになってるんですけど、原監督にはこういう経験はありますか?

原監督 僕は映画とか小説も新しい物も観たり読んだりはしてるんだけど、自分にとって一番刺激的なのは旧い作品なんですよ。やっぱり僕も何となく惰性で話題作を観たり読んだりしても、何かときめかないと思ったこともあった。そんな時に、自分の本棚にある昔読んで感動した旧い本とか読み直したら、そっちの方がずっと面白かったのね。

Q. 実は、それをやったんですけど、ダメで。小津安二郎作品とか、色々観てもみたんですけど、それでも感情移入できなくて。

原監督 今は、そういう時期だと思えば良いんじゃない?長くは続かないよ、それ。今はそういうものが満ち足りてるのかもしれないから、一回断ったらどう?断映画、断小説。そうしたら、またムラムラと何か観たくなったり読みたくなったりするから、その時の観たい物や読みたい物は多分違うと思います。

Q. 『クレヨンしんちゃん』の映画を観ていると、ベテラン声優さんや吹き替えでしか活躍していないような方が出るのが嬉しかった人間なんですけど、『暗黒タマタマ』には筈見純さんが出られてます。このキャスティングは、大熊(昭)音響監督なんですか、原監督なんですか?

原監督 『暗黒タマタマ』のキャスティングに関しては、基本大熊さんのアイデアです。筈見さんはベテランの方だったんで、アフレコは全然問題なく順調でした。永い年月に色々な役を演ってきた方の円熟味は、新人のビジュアルで出てきた声優さんとは一味も二味も違う良さがあって。僕も声優さんはそんなに詳しくないんだけど、子供の頃に観てた作品で活躍してた声優さんが自分の作品の声を当ててくれたりすると、凄く嬉しかったよね。監督作じゃないけど、『ヘンダーランド』(『映画クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』1996年/96分)で八奈見乗児さんが出てくださった時、本当に「凄いな」と思いました。僕なんかも今は割りと役者さんを使ったりすることも多いんだけど、やっぱりその人でないと出せない雰囲気を出せる声優さんというのは間違いなくいて、そういう人たちは物凄く尊敬しています。

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圧倒的な熱量のトークに負けず劣らず、貴重なサイン入り希少ポスター、豪華イラスト入りサイン色紙などを争奪する大じゃんけん大会に、観客席には熱気を帯びた拳が飛び交った。

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12月に【原恵一映画祭 番外編】!?


柴田 【原恵一映画祭】の番外編なんですけども、『オン・ザ・ロード』(1982年/107分)という原監督お薦めの熱い映画が、12月16日にシネマスコーレで上映されます。

原監督 僕が20代の頃に観た映画で、今も『相棒』などで活躍してる和泉聖治監督の一般映画デビュー作です。僕はアメリカのロード・ムービーが凄く好きだったんですけど、それを日本でやった映画なんですね。しかも、物凄くピュアな恋愛映画なんです。本当に、観たくて観たくてしょうがなかったんですけど、ソフト化されてないんですよ。横浜のミニシアター(シネマノヴェチェント)の人もこの映画が大好きで、「この映画を自分の所で掛けたい」とニュープリントをわざわざ作ったんです。俺が好きなのを知ってたから、現像所でやる初号(試写)に呼んでくれたんです。物凄く久しぶりだったから「今観たらどうなのかな」と心配だったんだけど、もう本当に、胸が熱くなって、帰りは物凄く元気になったんです。やっぱ、凄い!この映画は本当に素敵な映画だと思いました。本当に観る機会がない映画なので、皆に観てほしいんです。配給会社のジョイパックフィルム(現 ヒューマックスシネマ)にも、「ソフト化の予定は無いです」ってはっきり言われてます(場内笑)。内容は、もう俺が100%保証しますから!

柴田 その時ニュープリントした35mmフィルムで上映されますので、是非お越しください。

原監督 本当に、今の若い人に是非観てもらいたい……あ。君(先程の質問者に向かって)、観たら良いよ(場内爆笑)!

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告知あれこれ


高橋 来週から開催される【第30回東京国際映画祭】で、監督の特集(『映画監督 原恵一の世界』)が組まれていますね?

原監督 コンペ部門の審査委員長がトミー・リー・ジョーンズですので、トミーに会えるのを楽しみにしています(場内笑)。

柴田 そして、新作を今作られてるとか?

原監督 今、絵コンテを描いてて、作画ももう進めてます。まだ公開時期とか未定なのではっきりしたことは言えないし、情報公開されてないので何も言えないんですけど……手応えは充分な感じですので、期待してもらって大丈夫です!多分、今まで僕が作ってきたジャンルではない作品です。でも、結構楽しくやってますよ。出来上がった暁には、皆さん宜しくお願いします(場内拍手)。

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その後開催されたサイン会は、希望者全員が書いてもらえるということもあり一筆に限定されたが、会場限定の『原恵一ブロマイド』に限っては全枚サインを貰えるというルールが設けられていた。
飛ぶように売れていたブロマイドの収益は全て原監督に寄贈されるそうなので、【第5回 モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】では監督の泊まる宿のグレードが上がるかもしれない。

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希望者による先着限定で行われた親睦会は、名古屋市内某所の居酒屋で執り行われ、原恵一監督と映画談義を直接戦わせることが出来るまたとない機会を、参加者は存分に楽しんでいた。
暇を乞う筆者に、映画祭運営委員の1人が告げた「もう帰られるんですか?本当の【原恵一映画祭】は、二次会からがスタートですよ!」との台詞が印象的だった。
筆者の取材は、まだ映画祭の表面を舐めるに留まっているのやもしれない――。

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