現代ダンス界の教祖的存在オハッド・ナハリンに8年もの長期間カメラが密着した映画『ミスター・ガガ 心と身体を解き放つダンス』が、シアター・イメージフォーラム(東京都渋谷区)で好評公開中です。
「コンテンポラリー・ダンスって、取っつき難そう……」「ダンス論って、敷居が高そう……」聴こえてきそうなそんな声を全て弾き飛ばす、珠玉のドキュメンタリー作品です。
10月、名古屋で『ミスター・ガガ 心と身体を解き放つダンス』が上映される名演小劇場(名古屋市東区東桜)で試写会が開催されました。
上映が終わり、バットシェバ舞踊団に、オハッド・ナハリンに、心を奪われた観衆の前に登壇したのは、「ヤサぐれ舞踊評論家」を自称するコンテンポラリー・ダンス評論の第一人者、作家の乗越たかおさんでした。
乗越たかお 愛知というのは、オハッド・ナハリンにとって非常に特別な場所で、「GAGA」という彼のトレーニングメソッドをオハッド自身がやった都市なんです。プロデューサーの唐津絵理さんの頑張りで、愛知芸術文化センターで開催されました。オハッドは「100人GAGAが出来る」と豪語していて、それを実際にやってくれたんです。実はその時トラブルがありまして……オハッドがイスラエルから日本へ来た時、スーツケースが届かなかったんです。荷物は何もないけれど、ワークショップは行わなきゃいけない、GAGAをやらなきゃいけないということで、愛知県芸術劇場のスタッフが急遽ユニクロへ走って、ジャージの上下だけ買ってきて、オハッドに着せたということがありました。
軽快で興味深いトークに、観客の耳は一瞬にして奪われました。
乗越さんのトークは映画『ミスター・ガガ』の優れた解説であるだけでなく、コンテンポラリー・ダンスについての非常に優れた道標でもあったのです。
天才ダンサーにして名伯楽、オハッド・ナハリン
乗越 天才ダンサーと言われる人の多くは成功すると学校を始めますが、たいていうまく行きません。人に教えるためには、自分のスタイルを体系化、言語化する必要があるからです。世に言う天才ダンサーは、大抵そこでつまづきます。映画にも出てきたモダンダンスのマーサ・グレアムを含め、成功した人は一握りです。その中でGAGAは、現代で非常に稀有な成功のパターンだと思います。「GAGA」という名前ですが、オハッドが言うところでは、人間が赤ん坊の時に一番初めに口にする言葉が「GAGA」なんだそうです。人を煙に巻くことが好きな人なので、どこまで本当かというのは分かりませんが。
オハッドを支えた、日本人女性
乗越 この映画の中では、3人の日本人女性が大きな役割を果たしています。1人は、初めの奥さんであったマリ・カジワラ(梶原まり)さん。もう1人は、現在の奥さんのエリ・ナカムラ(中村恵理)さん。ですが、実はもう1人、カズコ・ヒラバヤシ(平林和子)さんという方がいらっしゃるんです。彼女はオハッドのアメリカの師匠といっても良いくらいの人で、彼の才能を逸早く見抜いて、花咲かせた人なんですね。1933年、名古屋生まれなんですよ! この人は日本では不公平なくらい名前が知られていませんが、アメリカだけでなく世界のダンス界で非常に有名な人です。ジュリアード音楽院でダンスを教えたり、彼女自身も自分のカンパニーを持っていて、そこにオハッドを呼んでクリエイションをさせたのです。
イスラエル建国と、バットシェバ舞踊団
乗越 バットシェバ舞踊団が日本に初めて来たのは、1997年。オハッドが芸術監督になった1990年以前のイスラエル・ダンスはさほど注目はされていませんでした。皆さんも、直ぐ思い浮かぶイスラエルのダンスって、中々ないじゃないですか。「『マイム・マイム』が、そうらしいぞ」くらいのもので。それも無理のないことで、要はイスラエルっていう国自体が60年前、戦争が終った後急に作った国ですよね。昨日までポーランド人、昨日までフランス人、昨日までスペイン人……だった人が、今日からイスラエル人になりましょう、と。共通の言葉も無い、伝統舞踊とか伝統文化自体も殆んど無い訳です。ユダヤ教という唯一の存在があるだけです。これは国としてどうしようか、とイスラエルの人は考えた訳です。そこで、国が変わり、言葉が通じなくても共有できる文化……つまり、音楽とダンスを国がバックアップしたんですね。それは、新しい国としてのアイデンティティを作るためです。その時にワッと盛り上がって出来たのが、バットシェバ舞踊団なんです。
“今”を、“未来”を、観る
乗越 実は今年、新聞でも大騒ぎになりましたけど、オハッド・ナハリンが芸術監督を今シーズンで引退するという報告がありました。ハウスコレオグラファーとしてクリエイションは続けるので、作品は作っていくことは確実なんですけど……今度愛知に来る『LAST WORK—ラスト・ワーク』というバットシェバの公演は、オハッド・ナハリンが芸術監督として来る最後の作品になるので、ぜひ観逃さないでください。
僕らはイスラエルに行けばイスラエルの素晴らしい独自のダンスを観られるのが当たり前だと思っていましたけれど、そうじゃないかもしれない。10年後には、もう全然そういう状況じゃないかもしれません。だから、「次に観れば良いや」と思っていたんじゃ、駄目ですよ。『LAST WORK』、愛知には11月3日に来ます……2年前に作られた作品ですが、オハッドはタイトル通り最後の作品だと思ってたんじゃないかと思うくらい、ちょっと今までとは違う要素が色々と入ってます。あまり明確なメッセージを今まで入れなかったのが、本当に胸に来るようなシーンが色々ありますので、ぜひ観てみてください。本当は、まだ2時間くらい喋れるネタがあるんですけど(場内笑)、ちょっと時間の都合もありまして……また何かありましたら(場内拍手)。
会場には乗越さんのトークで言及された、プロデューサーにしてキュレーター唐津絵理さんの姿も見られました。
映画『ミスター・ガガ』に、トークショーに、大満足の観衆が笑顔で名演小劇場を後にすると、天上高く朧雲をものともしない十五夜の幾望の月が、栄の夜を金色の光で照らしていました――。
『ミスター・ガガ 心と身体を解き放つダンス』
監督:トメル・ハイマン 製作:バラク・ハイマン
音楽:イシャイ・アダル、撮影:イタイ・ラジー
出演:オハッド・ナハリン、ナタリー・ポートマン、
マーサ・グラハム、モーリス・ベジャール、マリ・カジワラほか
2015年/イスラエル/100分/カラー/5.1ch/DCP/原題:MR.GAGA
映画公式サイト:
劇場情報:
東京【シアター・イメージフォーラム】
10月14日(土)〜終了未定
名古屋【名演小劇場】
10月28日(土)〜終了未定
福岡【KBCシネマ】
10月28日(土)〜11月3日(金)
京都【京都シネマ】
順次公開
バットシェバ舞踊団/オハッド・ナハリン
『LAST WORK−ラスト・ワーク』
埼玉公演
日程:2017年10月28日〜29日
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
北九州公演
日程:2017年10月31日
会場:北九州芸術劇場 中劇場
愛知公演
日程:2017年11月3日
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
びわ湖公演
日程:2017年11月5日
会場:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
©Gadi Dagon
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