
2026年5月29日(金)より東京・Stranger、6月30日(火)には名古屋・北文化小劇場にて、
ドキュメンタリー映画
『谷口善太郎 たたかう小説』
が上映される。
本作は、戦後「谷善(たにぜん)」の愛称で親しまれ、衆議院議員として活躍した谷口善太郎の、知られざるプロレタリア小説家時代の苦闘と、その不屈の魂の軌跡を追った長編記録映画である。
陶器職人から「伝説の作家」へ
谷口善太郎は、石川県小作農の次男として生まれ、京都で清水焼の職人として働きながら、学問への志を抱き続けた人物である。第1次世界大戦後の不況で銀行の倒産によって大学進学資金を失い、「世界じゅう焼けてしまえ」という激しい怒りの中で労働運動と出会い、共産党へと身を投じた。
彼の最大の魅力は、過酷な弾圧と文筆家としての高い資質が同居している点にある。
結核の身にも拘わらず1928年の三・一五事件で検挙され、凄惨な拷問により瀕死の状態で仮釈放された。
外出も執筆も禁じられた軟禁状態の中で、彼はペンネーム「須井一(すい はじめ)」を使い、命がけで小説を書き続けた。
処女作『三・一五事件挿話』や初長編『綿』は、宮本顕治や蔵原惟人らから「断然光を放っている」と絶賛され、プロレタリア文学の新星として文壇に衝撃を与えたのである。
なぜ、今「谷善」なのか?
没後50年、そして治安維持法制定から100年を迎えようとする今、本作が製作された意義は極めて重い。『ロボジー』や『舞妓はレディ』などのプロデューサーを務めてきた土本貴生監督は、コロナ禍の「緊急事態宣言」による閉塞感の中で、戦前・戦中の異様な空気感との不穏な類似を感じ取ったという。
本作が提示するのは、戦前と現代が断絶された過去ではなく、「地続きの歴史」であるという視点だ。
権力によって表現の自由や人権が奪われていく過程、そしてその中でいかに人間としての尊厳を守り抜き、社会の矛盾を問い続けるか。
谷口善太郎の生き様は、人権の揺らぎや民主主義の危機が叫ばれる現代において、進むべき道を照らす鮮烈な灯火となっている。

多層的な表現が織りなす「文学と現実」のクロスオーバー
本作は単なる記録映像の羅列ではなく、多層的な構成によって観客を「たにぜん」の内的世界へと引き込む。『千と千尋の神隠し』の千尋役で知られる柊瑠美による透徹したナレーションと朗読が、静かな強さを持って時代背景を際立たせる。
事前に小説を精読し「谷口善太郎の声」挑んだという川合諒は、青春時代の独白から戦争中の苦悩までをみずみずしく体現している。
力派俳優・今里真による小説の朗読の語り口は、100年前の小説に躍動する息吹を与え、当時の労働者たちのリアルな感情を蘇らせる。
元秘書や親族、穀田恵二氏ら政治家、文芸評論家など多彩な証言者たちへのインタビューは、政治家・文学者・人間としての「谷善」を立体的に浮き彫りにする。
プロレタリア芸術としての『谷口善太郎 たたかう小説』
本作の何よりの嚆矢は、作中で『綿』『工場へ』など谷口善太郎の小説世界が生き生きと再現されていることである。私たちは、インタビューや社会情勢などの知見を得ながら「谷善文学」をダイレクトに味わうことが出来る。
そして、物語の主人公、すなわち「労働者・谷口善太郎」の分身の半生を追体験することになる。
脚本家でもあった谷口善太郎の筆による映画作品のダイジェストも、多層構成に一役買っている。
更に、激動の昭和史の中で「政治家・谷口善太郎」が誕生する。
リベラリストは言わずもがな保守派の人々さえ畏敬の念をもって遊説に集まったという「谷善」の生きざまに、胸を熱くせざるを得ない。
『谷口善太郎 たたかう小説』は、ドキュメンタリーという枠組みを超えて、
「プロレタリア映画」の世界へと鑑賞者を誘ってくれる。

100年前の熱量を劇場の暗闇で浴びる
「日本の夜明けを京都から」という合言葉と共に戦い抜いた、いぶし銀の魅力を持つ「たにぜん」。彼が治安維持法の弾圧下で書き上げた「たたかう小説」の数々は、現代を生きる私たちの思考をも激しく揺さぶるだろう。
この映画が映し出すのは、絶望を希望へと変えた一人の男の執念であり、それは間違いなく今の私たちへとつながっている――。
【上映スケジュール】
東京:Stranger(ストレンジャー)5月29日(金)~
※連日、豪華ゲストと監督によるトークイベントを開催予定
名古屋:北文化小劇場
6月30日(火) 10:30 / 14:00
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