2026年5月17(日)、センチュリーシネマ(名古屋市中区栄三丁目29-1名古屋パルコ東館8F)にて、
映画『猫を放つ』
公開記念舞台挨拶が開催された。
登壇したのは、本作で待望の長編デビューを飾った志萱大輔監督。
第30回釜山国際映画祭コンペティション部門への選出など、国際的な評価を背景に迎えた名古屋での凱旋は、映画ファンによる熱い熱気に包まれた。

2018年に中編として撮影された素材を「過去」とし、2024年に撮影された素材を「現在」として統合。
特殊メイクやVFXでは決して再現できない、俳優たちが実際に重ねた歳月による「経年変化」が、記憶の変容というテーマに圧倒的な説得力を与えている。
志萱監督は、2018年の撮影後に一度制作が止まった際、主演の村上由規乃や藤井草馬らと「遊び」のような交流を断続的に続けていた。
その「空白の6年」の対話こそが、制作再開時に過去の素材を「客観的な記憶」として扱うという独創的なアイデアを生んだ。

「スクリーンから風の通り道を感じる」と評されるほどの映像美と、サウンドデザインが織りなすアンビエントな空気感が絶賛されている。
特に、音楽家のモリ(藤井草馬)が劇中で実際に曲を制作する過程のリアリティや、日常の微細な違和感を掬い取った演出は、観客に自身の過去を反芻させる深い余韻を残す。
本作には、アンビエントな心地よさと「余白」の美学が溢れている。
一方で、伝統的な起承転結を拒む構成に対し、「何が言いたいのかわからない」「中身のない会話が長い」といった難解さへの不満も散見される。
また、タイトルから多数の猫が登場する動物映画を期待した観客からは、「猫が出てこない」という切実な戸惑いの声も上がっている。
しかし、監督が語る「記憶とは勝手気ままに擦り寄り、ふとした瞬間に離れていく猫のようなもの」という定義を知れば、劇中に猫の実体がないことこそが、本作の描く「主観による歪み」の真髄であることに気づかされるはずだ。
上記の動画には、当日名古屋の地で志萱監督が語った濃密なトークの全貌が記録されている。
動画を視聴することで、作品の背景にある執念を知り、もう一度スクリーンを確認したくなる衝動に駆られるだろう。
過去の執着という重い荷物を、猫を放つようにそっと手放し、身軽になって「今」を見つめ直すための、極めて個人的な救済の物語である。
センチュリーシネマの暗闇で、キャストたちの7年間の軌跡と共振してほしい。
それはきっと、あなた自身の内側に住む「猫」を見つける旅に出ることに繋がるはずだ――。


映画『猫を放つ』
公開記念舞台挨拶が開催された。
登壇したのは、本作で待望の長編デビューを飾った志萱大輔監督。
第30回釜山国際映画祭コンペティション部門への選出など、国際的な評価を背景に迎えた名古屋での凱旋は、映画ファンによる熱い熱気に包まれた。

7年の歳月がもたらした「本物」のリアリズム
本作の最大の特徴は、制作に費やされた「7年」という物理的な時間がそのまま映画の構造に組み込まれている点にある。2018年に中編として撮影された素材を「過去」とし、2024年に撮影された素材を「現在」として統合。
特殊メイクやVFXでは決して再現できない、俳優たちが実際に重ねた歳月による「経年変化」が、記憶の変容というテーマに圧倒的な説得力を与えている。
志萱監督は、2018年の撮影後に一度制作が止まった際、主演の村上由規乃や藤井草馬らと「遊び」のような交流を断続的に続けていた。
その「空白の6年」の対話こそが、制作再開時に過去の素材を「客観的な記憶」として扱うという独創的なアイデアを生んだ。

記憶の余白と「猫」を巡る賛否
本作は、その徹底した作家性と静謐なスタイルゆえに、観客の間でも評価が二分されている。「スクリーンから風の通り道を感じる」と評されるほどの映像美と、サウンドデザインが織りなすアンビエントな空気感が絶賛されている。
特に、音楽家のモリ(藤井草馬)が劇中で実際に曲を制作する過程のリアリティや、日常の微細な違和感を掬い取った演出は、観客に自身の過去を反芻させる深い余韻を残す。
本作には、アンビエントな心地よさと「余白」の美学が溢れている。
一方で、伝統的な起承転結を拒む構成に対し、「何が言いたいのかわからない」「中身のない会話が長い」といった難解さへの不満も散見される。
また、タイトルから多数の猫が登場する動物映画を期待した観客からは、「猫が出てこない」という切実な戸惑いの声も上がっている。
しかし、監督が語る「記憶とは勝手気ままに擦り寄り、ふとした瞬間に離れていく猫のようなもの」という定義を知れば、劇中に猫の実体がないことこそが、本作の描く「主観による歪み」の真髄であることに気づかされるはずだ。
【動画公開】監督が語る「7年間の空白」と制作秘話
上記の動画には、当日名古屋の地で志萱監督が語った濃密なトークの全貌が記録されている。
動画を視聴することで、作品の背景にある執念を知り、もう一度スクリーンを確認したくなる衝動に駆られるだろう。
一歩踏み出すための「荷下ろし」
『猫を放つ』は、単なる恋愛映画ではない。過去の執着という重い荷物を、猫を放つようにそっと手放し、身軽になって「今」を見つめ直すための、極めて個人的な救済の物語である。
センチュリーシネマの暗闇で、キャストたちの7年間の軌跡と共振してほしい。
それはきっと、あなた自身の内側に住む「猫」を見つける旅に出ることに繋がるはずだ――。


コメント