
2026年5月29日(金)、是枝裕和監督が放つ最新作
『箱の中の羊』
が全国公開される。
本作は、亡き息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れた夫婦の葛藤と再生を描くSFヒューマンドラマであり、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門への正式出品という最高のお披露目の場を得ている。
タイトル『箱の中の羊』が象徴する「想像力」のパラドックス
本作のタイトルは、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの児童文学「星の王子さま」の有名な一節から着想を得ている。飛行士が描いた羊の絵に納得しない王子さまに対し、「箱」の絵を描いて「君が欲しがっている羊はこの中にいる」と告げるエピソードがモチーフである。
劇中において、ヒューマノイドの翔(桒木里夢)は亡き息子を再現した「箱」そのものとして機能する。
妻の音々(綾瀬はるか)はその無機質な器の中に「魂」という名の羊を見出そうとし、夫の健介(大悟)はそれを「空箱」と見なして拒絶する。
この「不在の中に存在を見出す」想像力への問いこそが、物語の核心である。
『箱の中の羊』ストーリー
遠くない未来の鎌倉、建築家の甲本音々(綾瀬はるか)と工務店の二代目社長を務める健介(大悟)は、自ら設計・建築した一軒家で暮らしている。音々はある日、ドローンで届いた荷物に入っていた「RE birth Ltd.」からのダイレクトメッセージに気付く。
開封してみると、「事件や事故で家族を亡くした遺族に対し、最新型ヒューマノイドを無償でレンタル」というサービスの案内だった。
音々と健介は、一人息子の翔(かける)を2年前に7歳で亡くしていた。
精巧なヒューマノイドに心を動かされた音々は、最新のテクノロジーでカスタマイズされた「翔」を迎え入れることに決める。
到着したヒューマノイド・翔(桒木里夢)に、音々は「おかえり」と声をかける。
「人の不幸につけこんで」と否定的な健介は、ヒューマノイド・翔に「パパだよね?」と問われると、「おじさんでええよ」と答える――。
カンヌ国際映画祭での上映意義
サン=テグジュペリの故郷フランスで開催されるカンヌ国際映画祭で本作が披露されることは、一種の文化的「還流」としての重みを持つ。フランスにおいて哲学書としても愛される「星の王子さま」の解釈を、現代のAI倫理と家族の崩壊に接続した是枝の視座は、現地で大きな議論を呼ぶことが確実視されている。
2026年のカンヌは、是枝監督に加え、濱口竜介監督、深田晃司監督の3名が同時にコンペティション部門にノミネートされるという2001年以来四半世紀ぶりの快挙となった。
本作は是枝監督にとって8度目のコンペ出品であり、現地では「カンヌの家族」としての敬意を集めている。
過去のパルム・ドール受賞実績に加え、本作でSFというジャンルの拡張に挑んだことが高く評価されれば、再び最高賞を狙える位置にいる。
建築家と工務店――職業対比が浮き彫りにする「創造」と「現実」
夫婦の職業設定は、彼らのヒューマノイドに対する姿勢を鮮やかに象徴している。妻・音々は、建築家。
ゼロから図面を引き、新たな空間を「創造」する仕事である。
彼女にとってヒューマノイドを受け入れることは、失われた家族の幸せを「再構築」する創造的行為に他ならない。
夫・健介は、工務店社長。
現実の木材や鉄を用いて「構築」する実務家である。
彼にとっての息子は、共に成長し老いていく生身の実体でなければならず、データで再現された疑似生命は、彼の職人気質な現実感覚と激しく衝突する。
この「未来を向く女性」と「過去を向く男性」という対比が、家族という幻想の脆さと強固さを露わにしていく。
是枝裕和監督の作家性の変遷
是枝監督の作家性の根幹には、ドキュメンタリー出身者としての「観察者の目」がある。初期作『誰も知らない』や『幻の光』では死者の「不在」を記憶としてどう抱えるかを描いてきたが、本作では死者の「物理的・デジタル的な代替」が存在してしまうことで、受け入れそのものが機能不全に陥る様を描き出している。
テクノロジーが生活に溶け込んだ後の違和感や気怠さを生々しく切り取る手法は、監督が長年探求してきた「家族の解体と再構築」というテーマの、究極のアップデート版と言える。
キャスト陣の熱演と坂東祐大の音楽
メインキャストから脇を固める名優まで、その身体的表現は極めて高い評価を得ている。建築家・音々には、綾瀬はるか。
息子を失った心の穴を埋めようとする必死さと、その裏にある「透明な狂気」を、微細な表情の変化で表現している。
大工・健介には、大悟(千鳥)。
芸人としてのイメージを封印し、剥き出しの人間臭さを体現。
是枝監督が絶賛した「背中の説得力」が、作品に地に足の着いた生活感を与えている。
清野菜名(亜利寿 役)は、型にハマらない自由な演技で家族の間に流れる不穏な空気を新鮮にかき回す。
寛一郎(玄 役)は、是枝組初参加の喜びを噛み締めつつ、工務店の従業員として地に足のついた存在感を放つ。
余貴美子(信代 役)は、ヒューマノイドと暮らす娘を「みっともない」と非難し、世俗的な視点から「存在」への問いを突きつける。
田中泯(昭男 役)は、熟練工としての圧倒的な佇まいで、木材(アナログ)と機械(デジタル)の対比に深みをもたらしている。
この重層的な物語を支えるのが、坂東祐大による音楽である。
チェロ(木:自然)、声(ヒューマノイド:生命)、オーケストラ(魂:霊性)の3軸で構成された旋律は、イタリア・ローマでの録音を経て、本作にギリシャ悲劇のような格調高さを与えている。
劇場という二重構造
『箱の中の羊』は、少し先の未来という舞台装置を通して、今この瞬間にある「穴」を照らし出す……「心の穴」を映し出す物語である。
SF的な設定を活かしたグリーフ・ケアの物語と思いきや、映画は意外な展開を見せる。
『箱の中の羊』は、子離れ・親離れという誰しもが経験する普遍的な要素をも孕み、現代におけるAI技術の発展・共存という機智をも暗示する。
「かける」という名前に当てられた漢字を構成するのは……「羊」、そして「羽」。
映画館という名の暗い「箱」の中で、あなたが観る「羊」は、果たして温かな希望か、それとも冷徹な真実か。
その答えは5月29日(金)、劇場の暗闇という「箱」の中で、あなた自身が「羊」となって確かめるしかないのだ――。

『箱の中の羊』5/29(金)全国公開
綾瀬はるか 大悟(千鳥)
桒木里夢 清野菜名 寛一郎
柊木陽太 角田晃広 野呂佳代 星野真里 中島歩
余貴美子 田中泯
監督・脚本・編集: 是枝裕和
音楽:坂東祐大
製作:若松央樹 依田巽 市川南 田中優策
プロデューサー:松崎薫 伴瀬萌
共同プロデューサー:小竹里美
撮影:近藤龍人
照明:尾下栄治
録音:冨田和彦
美術:岡田拓也
装飾:浜崎はるみ
衣装デザイン:伊藤佐智子
ヘアメイク:酒井夢月
ヒューマノイドデザイン統括:田島光二
特殊メイク•造型:梅沢壮一
助監督:久保朝洋
VFX Supervisor:白石哲也
スクリプター:佐山優佳
制作担当:後藤一郎
ラインプロデューサー:松下博昭
アソシエイトプロデューサー:田口聖 玉井宏昌
製作: フジテレビジョン ギャガ 東宝 AOI Pro. 制作プロダクション:AOI Pro.
配給:東宝 ギャガ
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