
2026年5月2日(土)、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8-12 アートビル1F)にて、
ドキュメンタリー映画
『父と家族とわたしのこと』
初日舞台挨拶が開催された。
登壇したのは、『生きて、生きて、生きろ。』(2024年)以来となる島田陽磨監督。
アジア・太平洋戦争の終結から80年を迎えようとするなか、戦場のトラウマがいかにして「家族」という閉鎖空間で世代を超え継承されてきたか、その衝撃の実態と「呪い」を解くための対話が繰り広げられた。

「丸投げ」された心の傷と、連鎖する暴力の正体
本作は、帰還兵である父や祖父から虐待・暴力を受けて育った3人の当事者が、自らの「生きづらさ」の根源を探して親の足跡を辿る物語である。島田監督が取材を通じて描き出したのは、かつての日本軍や戦後の政府が、兵士の精神的負傷を「個人の弱さ」として切り捨て、適切なケアなしに家庭へと戻したという残酷な歴史だ。
その結果、戦地での人殺しの記憶や加害の罪悪感はアルコール依存や家庭内暴力(DV)という形で妻や子へと転嫁された実情が浮き彫りとなる。
映画に登場する藤岡美千代は、虐待し続けた父の死に「万歳」をした記憶と、後に自らも娘を虐待してしまった苦悩を告白する。
また、市原和彦は父が母に浴びせた罵声が数十年経っても耳を離れず、自身も妻に暴力を振るってしまった過去を悔恨と共に語る。
島田監督は、これらを単なる「個人の悲劇」に留めず、放置されたトラウマが引き起こす「構造的な暴力」としてスクリーンに刻みつけた。

「解けない呪いではない」映像を通じて提示される希望
舞台挨拶のなかで島田監督は、これまで何故「暴力の連鎖」が明るみにならなかったのかという問題を提起した。そして、映画のなかで歴史学者・中村江里氏らの知見と個人の生活記録を接続させることで、抽象的な「戦争反対」という言葉を超えた、肉体的な反戦のメッセージを観客に突きつけた。
さらに、被写体たちが自らの加害性を曝け出し、父の戦地での傷を知ろうとする姿を通じて、「被害者が加害者を研究することで自由になる」という回復のプロセスを提示した。
かつては父を一方的に憎んでいた当事者たちが、その背景にある「戦争」という仕組みを理解することで、ようやく一人の人間として父と向き合い、自らの救済へと繋げていく歩みが語られた。
【動画公開】沈黙を破り、現代と接続する「声」の記録
この動画には、上映直後の熱気が渦巻く中、島田監督と木全純治(シネマスコーレ代表)が交わした濃密な対話の全貌が収められている。
作品制作の経緯や、撮影後に降って湧いた思わぬ障害、そしてAI技術を用いてプライバシーを保護しつつも「語られざる真実」を映し出した演出意図など、動画でしか味わえない感情の奔流が記録されている。
なぜ80年経った今、私たちはこの「負の遺産」を直視しなければならないのか。
動画を視聴することで、戦争は銃声が止んだ瞬間に終わるのではなく、人々の心の中で、そして子供たちの涙の中で今も続いているという現実を、自分事として受け止めることになるはずだ。
次世代へ「平和」を繋ぐための勇気
「威勢のいいことを言う人にこそ、観てほしい」という作品に寄せる大島新監督のメッセージに象徴されるように、本作は新たな戦火が世界を覆う現代において、極めて重い警告を発している。シネマスコーレの小さなスクリーンから放たれたのは、絶望ではなく、仕組みを理解し連鎖を断ち切ろうとする「希望」の光であった。
沈黙を破り、語り始めた当事者たちの勇気と、監督が映像に込めた執念を、ぜひ劇場で目撃してほしい――。



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