2026年2月7日(土)、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8-12 アートビル1F)にて、

ドキュメンタリー映画
『映画の中の黒澤明
 Filming Akira Kurosawa』


が公開初日を迎えた。

上映後に行われた舞台挨拶には、本作の監督であり40年前に黒澤明監督の『乱』(1985年)の撮影現場を記録し続けた河村光彦監督が登壇した。

IMG_20260207_143259

メディアが植え付けたイメージを覆す「真実の黒澤明」
本作は、当時大学生だった河村監督が唯一取材を許されたビデオ撮影者として150時間を超える映像から構成したものである。
はままつ映画祭2023など各地でのトークを通じ河村監督は、日本のマスコミが植え付けてきた「黒澤天皇」や「独裁者」といった「怒りん坊で怖い監督」というイメージと、実際の黒澤明像が如何に異なっていたかを一貫して伝えてきた。

河村監督が1年間至近距離で目撃した黒澤明監督は、役者に対しても常に丁寧な言葉(です・ます調)で接し、決して乱暴な怒鳴り方をしない紳士であった。
NGを出す際も単に否定するのではなく、役者が自ら正解に辿り着けるようヒントを投げかけ、より良い演技を引き出そうとする情熱的な姿が記録されている。

そんな「真実の黒澤明」は、『映画の中の黒澤明 Filming Akira Kurosawa』で存分に確認できる。

生きる意味を懸けた「白い色のうさぎ」としての映画
『乱』の製作当時、黒澤監督は「これが最後の監督作」という覚悟で撮影に臨んでいた。

「映画を作らなくなったらどうするのか」と問うフランス国営放送の記者(『乱』は日仏合作映画)に、監督は「生きている意味がない」と即答したという。
その言葉を傍らで直接聞いた河村監督は、本作を単なるメイキングではなく、黒澤明の「生き様」を表現した作品にしたいと強く願った。

河村監督は、1952年の黒澤映画『生きる』に登場する白いウサギのおもちゃ(主人公が最期に燃やす情熱の象徴)を例に挙げ、
黒澤監督にとっての『乱』、そして自分自身にとってのこのドキュメンタリー映画こそが「白いウサギ」なのだと語る。

IMG_20260207_143352

破産、離婚、そして癌を乗り越えた40年目の執念
本作が日の目を見るまでには、想像を絶する困難があった。
撮影後、なんと権利問題から自身で編集することが叶わなくなってしまったというのだ。

しかも経年により再生機器(ビデオデッキ)が世の中から姿を消しており、素材は長らく手付かずのまま休眠を余儀なくされた。
河村監督はデジタル化の費用を捻出するために多額の借金を負い、結果として破産と離婚を経験したという。

さらに河村監督は、2020年に胃がんの宣告を受ける。
コロナ禍の自粛期間中に新しいパソコンを購入し独力で映画を完成させる原動力となったのは、自らの死を意識した時の「このビデオを完成させなければ死ねない」という使命感だったそうだ。



次世代へ繋ぐ「黒澤の精神」
シネマスコーレでの上映は2月13日(金)まで続く。
河村監督は
「かつて黒澤監督が予見した「誰もが自由に映画を作れる時代」が今やってきた」
と述べ、映画を志す若者たちへ、巨匠の精神を自らの明日への生き方に変えてほしいとエールを送る。

40年の歳月を経てようやく現れた、巨匠・黒澤明の真の姿。
その重厚な記録と監督の執念が、名古屋の映画ファンの心に深く刻まれた初日となった。

第二次世界大戦が終結し80年を経てもなお戦争が、諍いが絶えない現在だからこそ、黒澤明が『乱』に込めたメッセージを読み解き、
40年を経てもなお巨匠の魂を世に届けることを諦めない、永遠の映画青年・河村光彦監督の情熱を受け継いでいきたい――。

IMG_20260207_143056

『映画の中の黒澤明 Filming Akira Kurosawa』公式サイト
https://sun10ro.com/