「序破急」という言葉がある。
脚本家シド・フィールドが提唱した「三幕構成」に近い概念で、「序」は「Set-up(=設定)」、「破」は「Confrontation(=対立)」、「急」は「Resolution(=解決)」に相当する。
劇映画は三幕構成を踏襲する脚本が大多数で、一般的に国を問わず当てはまることが多い。

こんな話をするからには、さぞストーリーテリングに拘ったドラマ作品を取り扱うのかと思われるかもしれないが、悪しからず。
今回お薦めしたい作品は、

『コール・ミー・ダンサー』

インド発の、ドキュメンタリー映画である。

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せっかく(?)なので、「序破急」で作品紹介させていただこうと思う。

「序」:

舞台は、インド・ムンバイ。
スラム街で生まれ育ったマニーシュ・チャウハンは、ボリウッド映画に衝撃を受け、ダンスに魅了される。
ブレイクダンス(ブレイキン)を独学で学んだマニーシュはリアリティ番組「ダンス・インディア・ダンス」で注目されるものの、インドではダンスで身を立てる道は富裕層にのみ認められた夢の道程であった。

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「破」:

片道2時間のダンススクールに通い始めたマニーシュは、ダンス教師イェフダ・マオールと出会う。
クラシックバレエを担当するイェフダは、インドのダンススクールで勤務することを不本意に感じていたが、凄まじい光を放つ才能の原石を目の当たりにし、情熱を再燃させる。
イェフダに見出されたのは、二人。
マニーシュ、そして若くして才能に溢れたアーミル・シャー。

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「急」:

イェフダが目を掛けた二人の生徒の中で、アーミルはロイヤルバレエ学校にインド人として初の入学が決まる。
マニーシュはというと、ダンスを始めた年齢が遅すぎたこともあり、なかなか将来の道が決まらない。
早く身を立て両親を養いたいマニーシュは、焦りの色を濃くしていく。
そんな中、24才のマニーシュに映画出演という思いも掛けない話が持ちかけられるーー。

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インド発のダンス・ドキュメンタリーということで先ずは眼を惹かれる『コール・ミー・ダンサー』だが、考えてみればボリウッド作品を中心にインド映画といえばミュージカルシーン、群舞シーンが外せない。
ならばインドではダンス熱が高くても不思議は無いのか……と思い直し映画を観始めたが、ふたたび己の不明を恥じることになった。

インドでは、ダンスは富裕層の趣味であり、特にマニーシュのような庶民にはダンサーは職業として認められていないのだという。
インドには宗教的、古典的な「バラタナティヤム」、「カタカリ」、「カタック」、「マニプリ」などの伝統舞踊が存在するが、あくまで神々との交感の手段として発展しているそうだ。
ヒンドゥー教のシヴァ神が踊る姿「ナタラージャ」は、宇宙の創造と破壊のサイクルを象徴するという。
実際、ボリウッド映画のダンスも、「アビナヤ」(表情)「ムドラー」(手印)など、宗教から色濃く影響を受けている。
生活に根差しすぎているが故、インドでは踊ることを職業とするという感覚が薄いのかもしれない。

マニーシュも、ダンスを始めた切っ掛けは、ボリウッド映画だという。
独学でアクロバティックな動きを習得したマニーシュは、ストリートでブレイキンを磨く。
そしてリアリティ番組の出演で注目され、両親に内緒でダンススクールに通い始める。
そして、ダンス教師イェフダ・マオールとの運命の出会いを果たす。

テレビ番組への出演、一流のダンス教師との邂逅、映画出演のオファー、そしてパトロンからの援助……マニーシュは、様々な幸運に恵まれる。
(余談ではあるが、芸術を愛し、芸術家を支える「パトロン」が、現在のインドに存在しているのは非常に興味深い)
だが、これらの幸運は、あくまでもマニーシュ本人の努力と実績がもたらしたものだ。

これはインドに限ったことではないが、世界には貧困、差別、そして因習と、ありとあらゆる困難が夢の妨げとなっている。
多くの人は為す術なく、希望を棄て去り人生を送る。
そんな暗闇を照らす光とはなんだろう?
それは、困難に立ち向かい、夢を切り拓く者の存在だ。

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だからこそ、『コール・ミー・ダンサー』を遍く人々にお薦めしたい。
マニーシュ・チャウハンの物語は、劇映画ではなく、ドキュメンタリーが相応しい。
「曲芸師(acrobat)ではなく、ダンサーと呼んでほしい(call me dancer)」
と語っていたマニーシュは、より自由なダンスに触れ、彼にしか表現できない踊りを追求していく。

自らの意志で、努力で人生を切り拓くマニーシュの「物語」は、ドキュメンタリーとは思えないほどドラマティックだ。
彼は今や、曲芸師でも、ダンサーでもない。
彼はマニーシュ・チョウハン、他の何ものでもない。

まるでドラマのようなマニーシュの「人生劇場」だが、そんな印象は監督・プロデューサーを務めたレスリー・シャンパインの手腕によるところも大きい。
実はシャンパイン監督、彼女自身がイェフダ・マオールから教えを受けた元ダンサーなのだとか。
だからこそ、ドキュメンタリー映画である『コール・ミー・ダンサー』なのに、「序破急」のリズムが息衝いているのだろう。
「序破急」とは、そもそも舞楽から出た概念なのだからーー。

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映画『コール・ミー・ダンサー』

11月29日(金)~
新宿シネマカリテ
センチュリーシネマ
ほか全国ロードショー


【配給】東映ビデオ

©2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.

『コール・ミー・ダンサー』公式サイト

https://callmedancer-movie.com/