フィンセント・ファン・ゴッホ。
「ひまわり」「星月夜」など、代表作が誰の脳裏にもくっきりと浮かぶ、言わずと知れたポスト印象派の天才画家だ。
だが、ゴッホの絵画でいちばん有名な作品は、実は自画像なのではないかと思う。

絵画において肖像画の歴史は古いが、自画像となると意外なほどに新しい。
古代ギリシアでは、神像の装飾品の一部に自身を紛れ込ませたとして、不敬罪に問われた彫刻家もいたという。
芸術家はあくまでも国家や教会、せいぜい権力者に属する存在で、「自己」を表現することは社会的に許されていなかったのだ。

画家が作品の中に自分を描くという表現は、人文主義が花開いたルネサンス期(14〜16世紀)を待たねばならなかった。
作者のみを描く単独自画像を初めて描いたのは、現在のドイツで生まれたアルブレヒト・デューラー(1471〜1528)だと伝わる。
ちなみに、デューラーは著作権を初めて裁判所に申し立てた画家でもあるとか。
デューラーがベネツィアで学んだルネッサンスの技法、文化を伝えたドイツは、その後宗教改革の中心地となる。

映画界においては、「誰でも一本は傑作を書ける。自分の周囲の世界を書くことだ」という新藤兼人監督の名言があり、多くの映画人がそれを信じている。
そんな格言を映画の中で引用し、証明してみせた作品としては、『祭りの準備』(監督:黒木和雄/脚本・原作:中島丈博/1975年)が思い出される。

そして、今回さらに公開直前の新作を加えたい。
井上淳一監督・脚本『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』である。


青春ジャック_メイン東出&芋生2

『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』ストーリー

1980年代、ビデオが普及し始め、徐々に映画館は客足を落としていた。
映画監督の若松孝二(井浦新)は、東京に開館しつつあったミニシアターに目を付け、名古屋に自身の映画館を作る計画を立てる。
支配人として白羽の矢を立てたのは、結婚を機に東京の文芸坐を辞め、名古屋に戻りビデオカメラのセールスマンに転身していた、木全純治。
名古屋駅の西口に開館した「シネマスコーレ」は、支配人の木全やアルバイト・金本法子(芋生悠)らの尽力により何度も経営危機を乗り越えていった。
ピンク映画目当ての客が多い中、映画監督志望の受験生・井上淳一(杉田雷麟)は、若松孝二監督に一目会いたい一心で足繁くシネマスコーレに通っていた――。

青春ジャック_メイン井浦&杉田1

『止められるか、俺たちを』(監督:白石和彌/2018年)に引き続き、豪華キャストが集結した。

若松孝二を演じるのは、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年間)『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012年)など、若松孝二作品に欠かすことの出来ない看板俳優、井浦新
前作に引き続き若松監督の「完全再現」に息をのむが、10年後という時代設定は私たちにとってより馴染み深い「若松孝二像」となっている。

木全純治に扮するのは、『とべない風船』(2022年)『Winny』(2023年)と次々と演技の振り幅を広げ続ける、東出昌大
飄々とした人柄の中に強かさと温かみを漂わせ、とても不思議なのだが名古屋の映画人にはお馴染みの「支配人」にしか見えないのだ。

芋生悠が演じる金本法子は、社会へ周囲へ自己への苛立ちを隠すことができず、杉田雷麟が演じる井上淳一は、俯瞰的な視点が行動に悪影響を与えている。
彼らは『青春ジャック』における「もう一つの主軸」だ。

脇を固めるのは、コムアイ有森也実田中要次田口トモロヲ門脇麦田中麗奈竹中直人、そして吉岡睦雄田中俊介向里祐香ら。
綺羅星の如き輝きは、群像劇に更なる厚みを齎している。

青春ジャック_サブ東出&芋生劇場前

前作では脚本を担当した井上淳一が、今作では監督も務めた。
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』は、文字通り井上淳一の「自画像」という訳だ。

今作でも引用される新藤兼人監督の格言だが、よくよく考えると「傑作が書ける」と言うのみで、「必ず傑作になる」とは言っていない。
自分自身を表現することとは、主観に寄りすぎる危険性も孕むものだ。

だからこそ、客観に、俯瞰に富んだ視点が不可欠となる。
取りも直さず、観客の視点である。

映画界には、もう一つ誰もが知る金言が存在する。

「鑑賞する者がいて、初めて映画は完成する」

自分自身を描いた作品においては、特に当てはまる格言というより他ない。

だからこそ、あなたの眼で確かめてほしい。
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』、傑作か、それとも――。

青春ジャック_サブ井浦&東出2

『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』は、いよいよ先行公開を迎える。
劇場はもちろん、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8-12 アートビル1F)だ。

シネマスコーレでは、公開初日の12月9日(土)9:3012:00の上映回に舞台挨拶が開催される。
井浦新(若松孝二 役)と、杉田雷麟(井上淳一 役)、そして井上淳一監督が登壇する予定なので、この機をお観逃しなきよう。

青春ジャック_サブ井浦&東出1

『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』公式サイト

http://www.wakamatsukoji.org/seishunjack/index.html