10月13日(金)ロードショー開始以来、観客のみならず世間の心を掴み続ける話題作、石井裕也監督『月』。

伏見ミリオン座(名古屋市中区錦2丁目15−5)では、10月22日(日)石井裕也監督による舞台挨拶が開催された。

司会進行を務めたのは、フリーアナウンサー加藤千佳さん。

IMG_20231022_210246

Q.今日は綺麗な半月ですが、映画『月』は、ポスターのタイトルロゴもそうですが三日月のイメージだったと思います。

石井裕也監督 『月』というタイトルですから、どんな月なのか考えましたが、やっぱり三日月が一番(作品を)象徴してるんじゃないかと思いました。「月」という言葉には色んな意味が含まれていますが、狂気というものを一番感じるのは三日月かなと僕は思いました。

Q.今回、(障害者施設での殺傷事件という)重いテーマをお引き受けになった経緯をお聞かせください。

石井監督 
辺見庸さんの原作小説があります。辺見庸さんの作品が18歳の頃から大好きでずっとファンだったんですが、それを公言してたら小説版「月」の文庫版の解説を書かないかと言われました。人それぞれだと思いますが、僕は好きな人の人生に関与するのは嫌な方なんです……遠くから見ていたいと思う方で。でも、断れなくて、解説を書くことになりました。それを読んだ河村(光庸)プロデューサーが映画化のオファーをしてきたという経緯です。
 ただ、こういう題材の映画ですし、最初はちょっと怯えた……ひるんだというか、「ヤバい」と思ったんです。周囲にも止められました。「それだけは止めておけ」「お前のキャリアが台無しになる」、と。だけど、その理由を深く自分で考えた時、特に明確な答えは無かったんですよね。だからこそ、やる意味があると思いました。
 今日も(観客の)皆さん映画を観ていただいて、「これは他人に勧められない」と思ってる方もたくさんいらっしゃると思うんです。でも、どうして人に勧められないのか……そこにこそ、今の世の中のわりと大きな問題が潜んでいる気がするんですよね。「危ないから口を噤む」「見ないようにする」そんな態度こそが、色んな問題を生んでるような気がしています。そういう映画にするべきだと思いました。

IMG_20231022_210710

Q.映画の中では、3.11(東日本大震災)のことも織り込まれていましたね。

石井監督 昨今、隠蔽とかがすごく多くないですか?それって、僕の感覚的にはあのあたりから明確に始まってるんじゃないかと思うんですよね。震災、原発、コロナもそうですけど、結局なんとなく無かったことにされるというか。あんなに大変な問題だったのに、やんわりと、なしくずし的に終わらせられる、有耶無耶にされるという。

Q.宮沢りえさんや磯村勇斗さんのキャスティングは、監督ご自身が?

石井監督 河村(プロデューサー)さんと僕で考えながら、という感じでした。

IMG_20231022_210759

客席からも質問が飛んだ。

Q.磯村勇斗さん演じる「さとくん」についてお聞かせください。

石井監督 
実際の(事件の)犯人の植松聖という人物がいますが、はっきりさせておきたいのは僕は彼のことに興味はない、彼の人物像を掘り下げるつもりはないということです。それをやると、彼(の行為)に加担することになりかねないので、それだけは止めようと思ってました。
 ただ、彼の言った、考えていた「生産性の無い人間は生きる価値が無い」ということは、実は我々が生きている社会の原則そのものなんじゃないかとも思うんですよ。どんな会社でも効率重視で、要らない人間は切るし、要らないものは排除するし、「生産性を上げていけ」と常日頃言ってると思うんですよね。それが当たり前なんですよ。当たり前だからこそ、この事件は物凄く恐ろしかったと思うし、言ってしまえば彼が言っていることは、正論とは言わないけれど、普通のことを言ってると思ったんです。なので、今の世の中の浅はかさ、軽薄さみたいなものを生き写しにしたような人物というイメージで「さとくん」という人物を作り上げていったんです。彼の言っていることは、ごく身近な場所にあると思いますし、場合によっては自分の中にある……そこに向き合うことの重要性を感じて作りました。

Q.今回の作品は、事実を基にしたフィクションですが、まったくのフィクションとの狭間みたいなものをどんな風に考えますか?

石井監督 
そういう意味では(まったくの)フィクションです。ただ、やまゆり園の事件が基になっているのは、誰が観てもお分かりになると思いますが、辺見庸さんの物語をもう一回僕が再変換したという思いですね。
 実際の事件の要素をある程度取り入れてるんですけど、何を取り入れて何を外すかはすごく考えました。というのは、やまゆり園の事件そのものを正確に描く必要はないと思ったんです。ただ、「さとくん」の考えは誰にも当てはまるし、全人類の問題だと僕は思うんです。やまゆり園の事件に限定して描くと、あの事件の問題として処理される不安はすごくありました。きっとこのような事件、このような考えは、また繰り返されるような気がするんです。そのことこそが問題だと思って、僕は作りました。

IMG_20231022_211059


『月』オフィシャルサイト
https://www.tsuki-cinema.com/