
それまで思いもしなかった愛情あふれる行為に気付き、カミナリに打たれたような衝撃を覚える。
そんなことは、人生で一度あるかないかの経験だろう。
だが、それと気付かないだけで、愛は確かに存在する。
私たちは、不幸なことに(様々な意味において)災害などの理不尽な現実に直面した際、それまで認識していなかった尊いものに気付くことがある。
新型コロナウイルスによる未曽有のパンデミックを経験した私たちは、今まさにそんな状況を生きている。
とは言え、
「WW2って起こってよかったよね!だって、『天井棧敷の人々』という名作を生んだんだもの!」
なんてことを(少なくとも表立って)言う人はいないであろう。
だからと言って、そんな「時代の徒花」を真っ向から否定する批評家もまたいないだろう。
だからこそ、あらゆる表現には「時代性」という極めて曖昧な(しかし、とても重要な)指標(?)が付き纏うのだ。
石井裕也監督『愛にイナズマ』は、コロナ禍なるモノがなかったら生まれ得なかった映画なのかもしれない。
だがしかし、だからこそ価値を見出したい。
面白くなれければ、人々の俎上にも上がらないのだから。
エンターテインメントとは、抑そういうモノではなかったか?

『愛にイナズマ』ストーリー
ある日、人が飛び降りしようとする現場に居合わせた折村花子(松岡茉優)は、決行を煽るような野次を飛ばす見物人に衝撃を受ける。映画監督を志す彼女は、常にカメラを持ち歩き、心が動いた瞬間を記録することを習慣にしている。
故郷を飛び出して以来、家賃を滞納するほどの貧乏を味わいながら夢を諦めなかった花子は、今ようやくチャンスを掴もうとしていた。
短編の自主映画を目に留めたプロデューサー(MEGUMI)が花子のオリジナル脚本を気に入り、念願の監督デビュー作が動き出したのだ。
だが、プロデューサーが呼んだ助監督(三浦貴大)は、旧態依然とした業界の慣習を盾にするばかりで、撮影は花子の思うように進まない。
ストレスを抱える花子は、ある夜、自粛下でも営業している場末のバーで、舘正夫(窪田正孝)と出会う。
真直ぐだが空気が読めない性格の正夫は、それが原因で外で殴られたばかりだったが、花子は一目で恋に落ちる。
そんな幸せも束の間、プロデューサーの策略に嵌った花子は、監督の座も、脚本も、ギャラまでも奪われる。
失意のどん底の花子に、正夫は聞く。
「諦めるんですか?」
花子は逆襲を心に誓い、轟くイナズマの中雄叫びを上げる。
花子は正夫と共に、故郷に向かう。
そこには、母に捨てられた父(佐藤浩市)、口だけは達者な長男・誠一(池松壮亮)、真面目だが気の弱い次男・雄二(若葉竜也)……10年も音信不通だった家族がいた――。

主人公・花子を務めたのは、実力派俳優を標榜しながら、更なる進化をし続ける「底なしの才能」松岡茉優。
今作でも「タテマエ」と「ホンネ」両面の表情を見事に演じ分け、更にはその間で揺れ動く心情までも表現している。
俳優・松岡茉優の引き出しは、量質ともに底が知れない。
「もう一人の主人公」とも言える正夫を演じたのは、こちらも演技派で名を成す窪田正孝。
初タッグの松岡と火花を散らすほどの競演バトルを見せ、『春に散る』(監督:瀬々敬久)に続いて佐藤浩市との共演も素晴らしい。
情熱の炎を胸の内で燃やしながら、外面はどうにか平常心を保とうとする、悩める女・花子。
あまりの空気の読めなさ加減が災いし、周りから理解してもらえない、真っ正直な男・正夫。

ふたりの主役だけでなく、『愛にイナズマ』ではありとあらゆる人が本音を明かさずに生きている。
『シン・仮面ライダー』(監督:庵野秀明)『せかいのおきく』(監督:阪本順治)の池松壮亮が演じる長兄・誠一は、心根を隠して粋がっている。
『葛城事件』(監督:赤堀雅秋)『街の上で』(監督:今泉力哉)の若葉竜也が扮する次兄・雄二は、人には言えない悩みを抱え宗教に縋っている。
そして、佐藤浩市が務める兄妹たちの父・治は、何も言わずにダメな人生を送り続ける。
また、主人公たちのみならず観客にすらストレスをもたらす「憎まれ役」の面々にも注目してほしい。
MEGUMI、三浦貴大は素晴らしい名コンビ(?)ぶりを見せるし、趣里、高良健吾はイメージを覆すストレスギバーと化す。
ほか、鶴見辰吾、北村有起哉、益岡徹、といった共演陣が映画を豊かにしている。
仲野太賀と中野英雄の親子共演も、洒落が利いている上にシャレにならない。

公開中の『月』でも話題をさらう石井裕也監督は、『愛にイナズマ』で観る者に勝るとも劣らぬ衝撃を与える。
コロナ禍になって3年、「ずっと仮面の下に隠していた本音や嘘をひっぺがす」映画を撮りたかったそうで、そんな思いが結実したオリジナル脚本だ。
『愛にイナズマ』の英語タイトルは、“Masked Hearts”(マスクで覆われた心)だとか。
パンデミックを経た今、日本……いや、世界は、ありとあらゆる災禍が溢れ、欺瞞が蔓延っている。
それと気付いた人々も、未だに口を噤んで生きている。
2023年の世を生きる私たちに、必要なもの。
それは、目隠しを突き通す光だ。
塞がれた耳を劈く轟音だ。
仄明るい月灯り程度では、到底足りない。
必要なのは、イナズマ級の衝撃だ。
イナズマは、すべてをさらけ出す。
隠している悪意も、本音も。
そして、愛も――。
映画『愛に イナズマ』
10月27日(金)〜ミッドランドスクエアシネマほか
ロードショー
配給:東京テアトル
『愛にイナズマ 』公式サイト:
https://ainiinazuma.jp/公式ツイッター:@aini_inazuma
©2023「愛にイナズマ」製作委員会
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