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人は、映画の中に他人の人生を観る。
誰かの人生に、時には絶望し、時には驚愕し、心を動かす。
時には共感し、垣間見た人生と自らを重ねる。
そんな風に映画を愛するようになった者は、感動を誰かに伝えんとする。

もしその声が映画の創作者に届いたとしたら、作り手の感動は想像を絶するものであろう。
自らが創造した「人生の一部」を肯定されたなら、それは自分の人生を肯定されたに等しい。

こうして、一人、また一人と映画を愛してしまうのだ。

6月23日(金)より全国順次公開される映画
『愛のこむらがえり』は、映画の、映画人たちの、素晴らしさ、愛おしさ、そして罪深さを描いた、シニカル・ラブ・コメディだ。

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『愛のこむらがえり』ストーリー
公務員の父(菅原大吉)、優しい母(浅田美代子)に育てられた佐藤香織(磯山さやか)は、幼い頃から安定した人生に憧れを抱いていた。
ところが、地元の映画祭で観た田嶋浩平(吉橋航也)の監督作が、香織の人生を変えてしまう。
香織は、周りの反対も聞かず地方公務員を辞め、映画の専門学校へ通うため上京し、浩平と同棲し始める。
その後、浩平は助監督として現場で腕を磨くも、新作を撮ることすら出来ないうだつの上がらない日々を送っている。
香織は生活を支えるためパン屋でバイトしているが、同僚(しゅはまはるみ、和田雅成)らからも心配される生活を続けている。
同棲生活も8年目、映画の道を断念しかけた浩平が書いた脚本を、香織は読んでしまう――。

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主人公・香織役を務めるのは、20年以上という長きに渡って芸能界で愛され続ける、磯山さやか。
意外なことに映画での主演は『まいっちんぐマチコ!ビギンズ』(監督:鈴木浩介/2005年)以来なのだが、そのコメディエンヌとしての才能はバラエティやコント番組で衆目が知るところである。
天性の瞬発力を生かしたであろう、テンポの良い台詞回しで、観客の心を鷲掴みにする。

そして、もう一人の主人公・浩平役を務めるのは、今作が初の主演作となる、吉橋航也。
相手の演技を受けた上で繰り出す会話劇は、芝居における「後の先」とでも言うべき素晴らしい表現で、知性派なのに色々とやらかしてしまう浩平の人物像にこの上なく相応しい。
さすがは「劇団東京乾電池の最終兵器」と呼ばれるだけのことはある。

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東京乾電池つながりでいえば、柄本明が劇中劇の主役を務めることにも注目。
ゼロが7つ付くレベルの予算を一人で集めるキャストには、それ相応の説得力を持つ名優が必要だ。

東京乾電池の縁で、もう一人。しゅはまはるみにも注目してほしい。
彼女自身の台詞で出世作について語られるシーンは、今作にメタ的な厚みをもたらしている。

メタ的な台詞といえば、プロデューサー・伸子役の菜葉菜の存在感も光る。
日本映画の「悲しい」現状に熱弁を振るう場面は今作屈指の爆笑シーンだが、映画を愛する者にとっては本当に泣きたくなる台詞なのだ。

まるで「スクリーンの女神」のような、吉行和子。
まるで「映画の祟り神」のような、品川徹。
まるで「予算のビリケンさん」のような、京野ことみ。
そして「人生の死神」たる、篠井英介。
共演陣に込められた映画のマジックにも心を踊らせてほしい。

メガホンを取るのは、現在公開中『渇水』(主演:生田斗真)で一気に知名度を上げた、髙橋正弥監督。
『RED HARP BLUES』(2002年)『月と嘘と殺人』(2010年)と監督作でも良作を世に出しているが、根岸吉太郎、高橋伴明、相米慎二、市川準、森田芳光、阪本順治、宮藤官九郎という名だたる座組での助監督の経験が今作で光り輝いている。
そもそも、『愛のこむらがえり』は「一生に一度の傑作」なのだから……おっと、ネタバレは控えよう。

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誰かの人生を垣間見て心を動かすのが映画なのだから、劇中で映画を撮る「映画内映画」作品は、映画好きの心には必ず刺さる。

ビリー・ワイルダー監督『サンセット大通り』(1951年)、フェデリコ・フェリーニ監督『81/2(はっかにぶんのいち)』(1963年)、フランソワ・トリュフォー監督『映画に愛をこめて アメリカの夜』(1973年)、デビット・リンチ監督『マルホランド・ドライブ』(2001年)、直近ならばスティーブン・スピルバーグ監督『フェイブルマンズ』(2022年)……
邦画では何といっても深作欣二監督『蒲田行進曲』(1982年)、近作では今泉力哉監督『nico』(2012年)、山下敦弘監督『超能力研究部の3人』(2014年)、上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』(2018年)、松本壮史監督『サマーフィルムにのって』、吉野耕平監督『ハケンアニメ!』(2022年)……

だが、心に刺さるが故に、観客の目も厳しく、批判の声も大きくなる。
「映画内映画」作品は、表現者としては諸刃の剣なのだ。
髙橋正弥監督がこの題材を選んだのは、偏に「映画愛」が為せるわざだ。

だが、行き過ぎた愛は時として執着となる。
それは、美徳ではなく業である。言いかえれば、罪だ。

映画を観て、こむらがえった貴方の立場は、被害者なのかもしれない。
……あるいは、共犯者、なのかも――。

磯山・吉橋_後ろ姿
映画『愛のこむらがえり』
6月23日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、あつぎのえいがかんkikiほか
7月14日(金)ミッドランドスクエアシネマ、刈谷日劇ほか
全国順次ロードショー

【配給】プラントフィルムズエンタテインメント

©「愛のこむらがえり」フィルムパートナーズ

『愛のこむらがえり』公式サイト
http://aikomu-movie.com/