Photo credit:Mickael Lefevre
『薔薇の名前』、『セブン・イヤーズ ・イン・チベット』、『神なるオオカミ』……
スペクタクルの中に重厚な人間ドラマを込める、巨匠・ジャン=ジャック・アノー監督。
だが、アノー監督の新作の前では、自身の名作たちも霞んでしまうと言わざるを得ない。
それが、
『ノートルダム 炎の大聖堂』
である。
Photo credit:Mickael Lefevre
フランス生まれのジャン=ジャック・アノー監督にとって、1163年パリのシテ島に着工されたノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris)は、一方ならぬ愛着があるはずだ。
「Notre-Dame」とは、フランス語で「我らが貴婦人」の意で、すなわち聖母マリアを表す。
(ちなみに、「Cathédrale」は女性名詞だ)
そんな大聖堂の尖塔が崩落した2019年4月15日の大規模火災に、アノー監督が受けたショックは計り知れない。
新作のテーマとして取り上げたのは、監督にとっては使命感にも似た必然だったのかもしれない。
Photo credit:David Koskas
ジャン=ジャック・アノー監督『ノートルダム 炎の大聖堂』は、ノートルダム寺院の火災現場に肉薄した、群像スペクタル劇。
それも、単なる大作、所謂エンターテインメントとは一線を画する、渾身の一作である。
アノー監督は今作の制作にあたり、当事者からのインタビュー、市民への素材提供の呼び掛けなど、徹底した取材を敢行した。
その結果、ドキュメンタリーと見紛うほどの臨場感に溢れた作品となった。
また、特筆すべきは、本作では実在の人物をモデルとしたキャラクターが数多く登場するが、一部の例外を除きほとんどの人物が役名すら与えられていないことだ。
ドキュメンタリータッチで字幕スーパーが多用されているが、著名人以外の人物名は敢えて出されない。
これは、名もなき消防士たちの活躍があった、実際の火災現場と符合する。
Photo credit:Mickael Lefevre
そして、ジャン=ジャック・アノー監督は、IMAX技術を使った初めての劇映画(『愛と勇気の翼』/1995年)を手掛けて以来、IMAX撮影をライフワークとしている。
また、Dolby Atmosの技術で録音された音声が凄まじい効果をあげている。
行く手を遮る、火炎。
目も耳も遮る、天井からの水流。
活動限界へのカウントダウンの如き、呼吸音。
ヘルメットに、耐火服に滴る、熔けた鉛。
作品に溢れるのは、臨場感を超えた没入感だ。
これは、娯楽としての映画体験ではない。
災害体験のアトラクションかと錯覚する。
Photo credit:Guy Ferrandis
そんな極限状態にあってさえ、ジャン=ジャック・アノー監督は人間ドラマを込めてくる。
とは言え、巨匠・アノー監督のこと、通り一遍のメロドラマでは決してない。
火災による崩落の真っ只中にあって尚、人々はすべてを諦めない。
大聖堂の消失も、聖遺物の焼失も、そして、被災者の生命も、自らの生命さえも。
それは、善し悪しではない。
人間の持つ「業」そのものに他ならない。
IMAXによる圧倒的な映像により、Dolby Atmosによる脅威の音声により、観客が追体験するのは「人間の業」そのものなのだ。
エンタメを超えた映画……
アトラクションを超えた体験……
スペクタルを超えた作品……
まったく新しい映像表現、勝手に「スペクタクリウム」とでも命名させてもらう。
映画は、時折こうした奇蹟の一作が生まれるものなのだ。
Photo credit:Guy Ferrandis
それにしても、あまりにも他人事とは思えぬ鑑賞体験を味わったため、身近な事例に思いを馳せずにはいられない。
ただでさえ、ノートルダム寺院大規模火災が起きた2019年には、時を経だたず首里城全焼という火災が我が国にもあった。
「尾張名古屋は城で持つ」なんて言うが、かの名城(洒落ではない)の木造復元では、火災対策は万全なのだろうか。
スプリンクラーは設置されるようだが、肝心の防火対策は「火災の原因を持ち込ませない」のが基本という……大丈夫か?
万一の火災に際して、消防士と学芸員との間で
「貴重な文化財の場所は?」
「あなたも名古屋市民でしょう?「勝色白色威胴丸具足」が何処に展示してるかも分からないんですか!?」
などという会話が繰り広げられないことを、切に願わずにはいられない――。
映画『ノートルダム 炎の大聖堂』
監督:ジャン=ジャック・アノー(『愛⼈/ラマン』『薔薇の名前』『セブン・イヤーズ・イン・チベット』)出演:サミュエル・ラバルト、ジャン=ポール・ボーデス、ミカエル・チリニアン ほか
2021年/フランス・イタリア/110分/カラー/ビスタ/4K/5.1ch・7.1ch/フランス語/字幕翻訳:宮坂愛/ 字幕監修:サニー カミヤ /原題:Notre-Dame brûle
配給:STAR CHANNEL MOVIES
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