都心に程近い田園都市にある、鄙びた一軒家。
謎の文言が筆書きされた夥しい数の半紙が、玄関、窓、壁を貼り巡らされている。
平日の昼日中、デリバリーのピザが届けられると、その家に住む制服姿の女子高生が格子戸を開けた。
彼女は、“sherman's daughter”……「祈祷師の娘」なのだ――。
今回紹介する映画のワンシーンを描写してみたが、まるでライトノベルか、恋愛Advゲームの導入部のようになった。
これはひょっとすると、映画のメガホンを取った井坂優介監督の経歴に引かれたのかもしれない。
井坂優介監督は、元アニメ制作会社勤務という、一風変わった経歴を持つ。
一風変わった監督が撮った初長編映画、それが今回レビューする『シャーマンの娘』。
美少女アクションであり、ブラックコメディであり、耽美系ホラーでもあり、哲学的ドラマでもある、一風変わった映画である。
『シャーマンの娘』スト ーリー
交通事故で恋人・さゆり(佐藤あかり)を亡くした健悟(長野こうへい)は、バイト中に女子高生・海花(木原渚)と出会う。海花の父・赤星哲史(手塚眞)は祈祷師で、「幽霊に会わせます」という貼り紙を目に留めた健悟は、疑いつつもさゆりのことを心に思い描く。
その日からさゆりの霊が視えるようになった健悟は、自堕落気味だった生活も一変し、夢である音楽活動も再開する。
改めて赤星家を訪ねた健悟は、不在だった哲史に謝礼金を言伝するよう海花に頼むが、彼女は以降なにかと付き纏うようになる。
海花には、健悟と連絡を取りたい理由があったのだ――。
特筆すべきは、主人公・海花を演じた、木原渚の圧倒的な存在感だ。
畳み掛けるような語り口のクールな発声は、リアルとヒロイン性との絶妙なバランス感覚に溢れている。
『シャーマンの娘』最大の魅力である海花という唯一無二のキャラクター性を、木原は最大限に生かしている。
映画の語り部である健悟は、観る者を物語世界へと誘う特に重要な役回りだ。
『性の劇薬』(監督:城定秀夫)『I AM JAM ピザの惑星危機一髪!』(監督:辻凪子)など振り幅の大きな演技を見せる長野こうへいは、今作でも役の魅力を存分に引き出している。
突飛な行動ばかりの海花に戸惑いつつも惹かれるクラスメート・可奈を熱演したのは、倉上桃圭。
まさに観客の立ち位置そのものである可奈のキャラクターは、等身大の魅力とでも言うべき倉上の表現力あってのものだ。
佐藤あかり、大須みづほ、上埜すみれという、まるで恋愛ゲームの「ヒロイン候補」の如き綺羅星たちにも目を奪われるはずだ。
彼女らがどんな役どころなのかも注目してほしい。
そして何より、手塚眞の快演、怪演をお観逃しなく。
「世界でたったひとりのヴィジュアリスト」手塚眞は、役者としても超一流だ。
『シャーマンの娘』は4章構成の139分という堂々のボリュームで、長編映画デビュー作ということで井坂優介監督の意気込みを犇犇と感じる。
だが、圧巻なのは尺をまったく長いと感じさせない演出手腕だ。
実相寺昭雄監督や、演出家・鴨下信一を彷彿とさせるような、凝ったカメラワーク。
シューゲイザーバンド「死んだ僕の彼女」の劇伴、そして楽曲をフィーチャーした音楽シーン。
唐突に止め絵がカットインされる、大胆な展開。
アメリカン・ニューシネマを想起させるようでもあり、尚且つオリジナリティに富んだ、独特の作品世界が『シャーマンの娘』にはある。
アメリカン・ニューシネマを撮った映画人たちは、反体制を旗印に、60〜70'sの世相を皮肉り破滅を描いた。
井坂優介監督は、1988年生まれ。
デジタルネイティブ世代の井坂監督は、カウンターカルチャーを掲げ社会と敵対せずとも、日々の生活の中からナチュラルに娯楽を生み出せるのだ。
コメディにホラー、そしてアクションと揺蕩いつつ、最後には衒学的な哲学世界に辿り着く――。
深淵から覗き返される覚悟で、是非とも劇場へ。
東京、大阪とロードショーが広がり、いよいよ名古屋にやってくる『シャーマンの娘』。
今後さらに大きなムーヴメントになること間違いないので、是非とも刮目してほしい。
シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8−12 アートビル 1F)では、公開中を通してイベントが企画されている。
シネマスコーレ劇場情報
2023年3月11日(土)~3月17日(金)
舞台挨拶
3月11日(土)19:55〜
井坂優介監督
木原渚(赤星海花 役)さん
長野こうへい(東条健悟 役)さん
倉上桃圭(山吹可奈 役)さん
3月12日(日)19:55〜
井坂優介監督
山本泰弘(山吹昭雄 役)さん
小夏いっこ(山吹芳子 役)さん
3月13日(月)19:35〜
井坂優介監督
手塚眞(赤星哲史 役)さん
3月14日(火)19:35〜
同時上映:『悪霊日和』(2016/7min)
舞台挨拶:井坂優介監督
3月15日(水)19:35〜
同時上映:『あんずちゃん』(2017/8min)
舞台挨拶:井坂優介監督
3月16日(木)19:35〜
同時上映:『デリバリー・キラー』(2018/5min)
舞台挨拶:井坂優介監督
3月17日(金)19:35〜
井坂優介監督
映画『シャ ーマンの娘』
名古屋・シネマスコーレ2023年3月11日(土)~
ほか、順次全国公開予定
出演:
木原渚、長野こうへい、佐藤あかり、倉上桃圭、手塚眞
小野孝弘、泉水美和子、大須みづほ、池上恵、上埜すみれ、山本泰弘、小夏いっこ、井坂優介、荒川ヒロ子、多田智美、椿かおり、ひと:みちゃん、神崎菜緒、流結唯奈、鏑木悠利、高階真人
監督・脚本・編集:井坂優介
撮影:吉田良介 照明:南部智則 録音:黒石光也
ヘアメイク:田部井美穂、鎌田英子
特殊メイク:ゼライ直井 助監督:山口通平、菊嶌稔章
制作:福島隆弘、野間清史、堀越桐郎
VFX:荒木憲司 撮影助手:熊澤匡平 アフレコ監修:藤田倫子
題字:のの 英語字幕:松田慎介
(制作年:2021年/139分/16:9/英題:Shaman's daughter)
© 2022 井坂優介
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