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愛知県美術館(名古屋市東区東桜1丁目13−2)で開催されている、『展覧会 岡本太郎』を観た。

岡本太郎は、日本で最も有名な芸術家と言っても過言ではあるまい。
そんな岡本太郎の最初期から晩年の未完作までを網羅する、最大規模の回顧展だ。
作品は年代別に構成されており、岡本太郎の世界に思う存分没入できる。

愛知県にまつわる作品群が展覧会のプロローグとなっていて、個人的にはこの構成に胸を打たれた。

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この展覧会は、単なる個展や回顧展ではない。
私たちが観ているのは、岡本太郎が浸透した世界の一部なのだ。

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岡本太郎は、18歳で東京美術学校(現:東京藝術大学)を退学してフランス・パリに渡った。
パリ時代の作品は戦災ですべて焼失しており、戦後自身で再制作した4点が現存するのみ。
『展覧会 岡本太郎』では、4作品すべてを観ることが出来る。

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第二次世界大戦の勃発により、帰国を余儀なくされた岡本太郎は、召集、抑留の身となり、1946年に復員する。

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旧態依然とした日本美術界の変革を目指し、「夜の会」を結成。

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「うまくあってはいけない。
 きれいであってはならない。
 ここちよくあってはならない。」

ベストセラーとなった『今日の芸術』(1954年)で、岡本太郎はこんな名文句を残している。

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縄文土器との出会いから、岡本太郎は民俗学的洞察に傾向し、日本国内、海外を問わぬフィールドワークを実施する。

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呪術性を帯びた作品には、書道を思わせる精神性も宿る。

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また、公共建造物の壁画や屋外彫刻などのパブリックアート、工業製品、インテリアデザインにも積極的に進出する岡本太郎。

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「芸術は大衆のものだ。 芸術は自由だ。」
『芸術観-アヴァンギャルド宣言』(1949年)


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大阪万博(1970年)『太陽の塔』制作で、岡本太郎の名は不動のものに。

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『太陽の塔』と同時期に作られていたのが、『明日の神話』。
原爆という人類の進歩が抱える負の側面を直視し、それを乗り越える未来への期待が込められているという。

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岡本太郎は晩年期にも絵画への情熱を絶やすことなく、過去作に大胆に加筆するなど、精力的に描き続けた。

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1996年に巨星墜つも、死の直前まで筆を入れていたという絶筆『雷人』は、なんとアグレッシブでポジティブなことか!

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『展覧会 岡本太郎』は、作者の哲学が貫かれていた。

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フラッシュ使用、動画作品の撮影など例外はあるものの、ほぼすべての作品は撮影OKなのだ。

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「芸術は大衆のもの」という、岡本太郎の遺志であろう。

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撮った写真すべてを紹介し切れないので、動画に纏めてみた。


岡本太郎という芸術の巨人は、世界を自己完結することを良しとしなかった。

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岡本太郎の画業は世界に溢れ、創造物は天下を覆った。

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岡本太郎と接した時代を生きる私たちは、何と幸せなことなのだろう。

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岡本太郎の芸術は、展覧会を、美術館を出て、社会に浸透し、私たちは豊かな世界を生きることが出来るのだ――。

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『展覧会 岡本太郎』
Okamoto Taro:A Retrospective

2023.1.14(土)〜3.14(水)
https://taro2022.jp/

愛知県美術館

https://www-art.aac.pref.aichi.jp/