9月に入り、日本列島を台風が横断した。
名古屋も直撃を受け、繁華街の飲食店が早々にシャッターを下ろした日もあった。
そんな時、はたと思い出した。
つい半年前まで、時短営業が当たり前だったことを。
ほんの1年前には「夕食難民」なんて言葉が飛び交っていたことを。
喉元過ぎれば、熱さ忘れる。
新型コロナウイルス(COVID-19)の収束も、未だ見えていないというのに。
今回レビューする映画『夜明けまでバス停で』は、忘れっぽい私の胸に、深く鋭く突き刺さった。
『夜明けまでバス停で』ストーリー
北林三知子(板谷由夏)は、同僚の純子(片岡礼子)、美香(土居志央梨)らと居酒屋のホールスタッフとして働いている。店長・寺島(大西礼芳)のように社員ではないが、家族と距離を置く三知子にとって、住み込みのアルバイトは貴重な職場だ。
真っ直ぐな性格の三知子は、洗い場を担当するマリア(ルビーモレノ)にきつく当たるマネージャー・大河原(三浦貴大)らと衝突することもあるが、寺島はフォローしてくれる在り難い存在だ。
熱心に打ち込んでいるハンドクラフトは、マリ(筒井真理子)のアトリエでワークショップを開催する腕前で、間近に控えた個展のために作品作りも頑張っている。
だが、そんな平穏な毎日は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言によって、すべて失われた。
職場の居酒屋は営業を自粛することになり、三知子、純子、マリアは雇い止めに遭う。
家族に頼ることが出来ない三知子は、寮を退去させられても寄る辺がない。
コロナ禍でファミレスもマンガ喫茶も閉まっていて、ようやく見つけた新たな働き口もクラスター発生により御破算となってしまう。
払われるはずの退職金も未納のままで、貯金もあっという間に底をつく。
夜更け、仄かに明るいバス停のベンチに腰掛けた三知子は、ホームレスとなってしまった身の上を噛みしめる――。
メガホンを取ったのは、『愛の新世界』(1994年)『赤い玉、』(2014年)『痛くない死に方』(2014年)など衝撃作、名作を生み出し続ける高橋伴明監督。
誰もが我が身に重ね合わせ、背筋を凍らせるような物語は、社会派映画に昇華し、大人のファンタジーに深化している。
主人公・三知子には、本作が実に17年ぶりの主演となる、板谷由夏。
気高いがゆえに孤立しがちな三知子の、強さと弱さ、そして美しさを、メリハリの利いた演技の振り幅で表現する。
そして、脇を固める共演陣が、綺羅星の如き存在感を見せつける。
『赤い玉、』でも光っていた、大西礼芳、土居志央梨は、今作では更なる輝きを放つ。
片岡礼子、ルビーモレノは驚くほどの老け役だが、更なる魅力で観る者の心を奪う。
柄本明、根岸季衣、下元史朗らベテラン勢は、流石の円熟味で物語を引き締める。
三浦貴大、柄本佑は、憎まれ役で見事な爪痕を残す。
松浦祐也、あめくみちこ、筒井真理子ら、ストーリーラインのキーマン達にも注目だ。
『夜明けまでバス停で』は、2020年に幡ヶ谷のバス停車場で起こった痛ましい事件を下敷きにしている。
登場人物の一部は、事件の関係者を捩った名前が与えられており、似通った為人(ひととなり)が設定されている。
だが、実際の事件との相違も見受けられ、「社会派ファンタジー」とでも呼びたい独特な作品世界が形成されている。
全体的に暗めな物語だが、ユーモアやペーソスがあちこちに散りばめられていて、シーンによってはギャグさえ見られる。
人々の愚かさ、狡さ、弱さが存分に描かれているが、同時に賢しさ、温かさ、強かさも感じ取れる。
映画は、叫ぶ。
高橋伴明監督は、訴える。
解決できないからと言って、目を瞑ってはいけない。
過ぎ去ったからと言って、忘れ捨ててはいけない。
悲しみは繰り返す。だが、悩もう。
苦しみはぶり返す。だが、足掻こう。
絶望するかもしれない。
失敗するやもしれない。
けれど……
今日よりましな、明日のため――。
映画『夜明けまでバス停で』
10/8(土)~イオンシネマ岡崎10/14(金)〜伏見ミリオン座
ほか全国順次ロードショー
【配給】渋谷プロダクション
2022/JAPAN/ビスタ/5.1ch/DCP/91min
©2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
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