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ずっと気に掛けていた人が、死んだ。
その時、人は何を思うのか。
何ができるのか。

そんなことを考えていたら、日本を代表する現代アートの巨匠・河原温(1934~2014)のことを思い出した。

河原の作品で、「I AM STILL ALIVE」というシリーズがある。
実際に作者が世界中の友人たちに送った電報から成るコンセプチュアル・アートで、河原温の代表作と評されている。

電報が送られたのは1970年から2000年まで30年にも亘り、その数は約900通という。
電文は至ってシンプル、いつも決まって「I AM STILL ALIVE ON KAWARA」。

ただ、この電報が送られはじめたのは、河原が自殺を仄めかすような電報を送りつけてから1ヵ月後のことだというから、穏やかではない。
電報を受け取った知人たちは、一体どんな気持ちで「私はまだ生きている」というメッセージを目にしたのだろう。

「I AM STILL ALIVE」は、現在10月10日まで開催中の国際芸術祭【あいち2022】にて展示されている。
作者の、受報者の心象に寄り添うのは難しいかもしれないが、膨大な数の、同じ文面の電報は、観る者の心を動かすことは間違いない。
「STILL ALIVE」は、【あいち2022】のメインテーマとなっている。

平庫ワカ「マイ・ブロークン・マリコ」の主人公・シイノは、まさしく「電報の受け手」のような存在だ。
ブラック企業で営業をしているシイノは、急いで昼食のラーメンを啜る食堂のテレビで、幼馴染・マリコの転落死を知る。
シイノとマリコは小学生の頃からずっと一緒で、社会人になって会う頻度は減ったものの、変わらない関係が続いていた。

マリコは家庭に問題を抱えていて、幼い頃から実父から虐待を受け、実母は家を出ていることが多かった。
成長とともに父からの虐待に暴行が加わり、交際相手からもDV被害に遭ったりと、マリコは自傷することあった。
だが、シイノには自殺の兆候は見つけられず、死からほんの数日前に会った時ですらマリコは変わらず笑っていた。

シイノは、生きていたマリコに何も出来なかったことを悔やみ、死んでしまったマリコにまだしてやれることは無いか考える。
そして、シイノは包丁を忍ばせ、マリコの実家に向かう。

「マイ・ブロークン・マリコ」は、オンラインコミック「COMIC BRIDGE」で2019年に連載されると瞬く間に評判となり、単行本(全1巻)は発売と同時に重版となった。
【第24回文化庁メディア芸術祭】新人賞(マンガ部門)、【ブロスコミックアワード2020】大賞、【このマンガがすごい!2021】4位(オンナ編)と、デビュー作にも拘わらず受賞歴も華々しい。

そんな大人気コミックの劇場版なのだから、映画『マイ・ブロークン・マリコ』に掛かる期待は相当だ。
そして、同じくらいの不安を抱いてしまうことも、原作ファンにとっては当然だ。

メガホンを取ったのは、『百万円と苦虫女』(08)『ロマンスドール』(20)など、強烈に胸を打ちながら観る者に寄り添うような、鮮烈な作品を連発するタナダユキ監督。
「後先も考えず映画化に動き出した」という監督のもと、「マイ・ブロークン・マリコ」をこよなく愛するスタッフ、キャストがタナダ組に集結した。

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主演・シイノには、『俺物語!!』(15/河合勇人監督)『キネマの神様』(21/山田洋次監督)の、永野芽郁。
「原作を読んだ日から虜」という永野は、可憐で天真爛漫なイメージを封印。
やさぐれキャラで「っす口調」のシイノを体当たりで再現してみせた。

物語のキーパーソン・マリコは、『僕の好きな女の子』(20/玉田真也監督)『余命10年』(22/藤井道人監督)の、奈緒。
「読み終わった後は涙が止まらなかった」という奈緒は、「半分、青い。」(18/NHK)でも親友役だった永野と、さすがのコンビネーションを見せる。
彼女に魅力がなければ物語が台無しとなる難役を、見事にこなした。

尾美としのり、吉田羊といった実力派も、いつもとは違った役で物語を引き締める。
また、『ふがいない僕は空を見た』『ロマンス』に続くタナダ組の常連、窪田正孝のトリックスターぶりも要チェックだ。

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圧倒的なドライブ感で読者を魅了した原作なので、包丁で威圧し、裸足で疾走し、ずぶぬれで咆哮するシイノに注目したくなる。
だが、映画では是非とも静かなシーンこそ注視してほしい。

宵闇に紛れそうな、マリコの笑顔。
常に遠くを見ているような、マキオ(窪田正孝)の眼差し。
魂が抜けたような、マリコの父(尾美としのり)の丸い背。
そして、夕映えに泣き笑う、シイノの震える肩。

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ともすれば疾走感だけに心を奪われそうな物語は、「動」だけでなく「静」を丹念に描くことにより、劇中の人々に命が吹き込まれる。
この空気は、原作を愛する人も、いや、原作を愛する人だからこそ、分かってくれよう。

登場人物たちが現実感を纏っているからこそ、『マイ・ブロークン・マリコ』の作品世界に入っていける。
そう、この物語は、没入感がすべてなのだ。
原作コミックを実写映画にする意味、それはキャラクターたちに与えられる、実在感なのだから。

そうして、気付く。
私たちは、去りゆく者か、残される者にしか、なり得ないのだと。

あの日あの空拝めるのは
あの日のボクらだけ
精々 生きのびてくれ


エンドロール、Theピーズ・ハルのボーカルが、胸の深い場所に沁みをつくった――。

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

映画『マイ・ブロークン・マリコ』

9月30日(金)
ミッドランドスクエアシネマ
ほか

『マイ・ブロークン・マリコ』公式サイト