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人は、いつの頃から木を伐っていたのだろう。
生活のすぐ近くに、海だけでなく山もある私たちにとって、ついつい見過ごしてしまう疑問である。

日本国内を例に取ってみれば、縄文時代の人々は既に木材を使っていたことが分かっている。
竪穴式住居には木材の柱が立てられ、水上の移動には丸木舟が使われていた。
石斧によって、樹木を伐採していたと考えられている。

弥生、飛鳥と時代を経ると、木材の需要は急増した。
建造物が大きくなると建材として森は急激に伐採が進み、鋳造技術の発展により木材は燃料としても消費された。
また、都市部の人口集中は更なる人口増加をもたらし、開発や田畑の拡張のため、森林は伐り拓かれた。

こうして、山林は荒廃していった。

貴族の治世から武士の世に時代は移る頃には、山林の荒廃は都周辺だけでなく、全国に波及した。
室町から安土桃山時代になると、産業の発達により地方でも建設ラッシュが起こり、森林の劣化はより深刻になる。
伐採されつくした「尽山」(つきやま=はげ山)は近畿地方に留まらず、江戸時代には銘木の産地でも見られるようになったという。

だが、人々は永い永い年月を、ただ木々を伐るのみに徹していた訳ではない。
日本書紀には既に植樹を行っていたことが見受けられ、平安時代には大掛かりな植林の記録がある。
江戸時代、各藩では「留木制度」すなわち森林資源保護政策が取られ、「番山」(ばんやま)「順伐山」(じゅんぎりやま)といった管理区画を設けた地方もあった。

私たちは、古の世から、木と、山と共に暮らしてきたのだ。

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今回紹介する『木樵』(きこり)は、そんなことを実感できるドキュメンタリー映画である。
「木樵」と呼ばれる人々の生業とは、樹を伐るのみにあらず、木を、森を、山を育てることにあるのだ。

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岐阜県北部の飛騨地方は、9割を山林が占める山国である。
高山市に住む面家(おもや)一男さん、瀧根(たきね)清司さん兄弟は、およそ半世紀にもわたり木樵で生計を立てている。
映画『木樵』は、面家家、瀧根家の人々、そして弟子たちの日常を丹念に記録したドキュメンタリーだ。

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1年間の「山の暮らし」を追いかけたのは、宮﨑政記監督。
岐阜県下呂市出身で、『こどもたちの時間』(1993年)や『よいお年を』(1996年)ではキネ旬のベスト10入りも果たした映像作家である。

宮﨑政記監督は、『木樵』について
「林業の現状を訴えるために撮ったのではない」
と語っている。

技術が進歩し、社会構造は変わっても、今も「山を護る」生き方がある。
そんな生き方を続ける人々の暮らしにあるのは、取りも直さず豊かな人生だ。

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豊かな人生に欠かせないもの、それは美味しい食事である。
『木樵』では、食事のシーンが度々出てくる。
どれもこれも本当に素敵な場面なので、是非とも注目してほしい。

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面家家、瀧根家が一堂に会する、大きな食卓を囲んだ、宴席。
飛騨の山中で、師匠と弟子たちが箸を片手に和気藹々と談笑する、お弁当タイム。

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そして、厭な人も少なからずいるだろうが、ハチノコを摘む場面も必見だ。
昆虫食は昨今ブームとなっているが、そんな刹那的な事象とは別次元の、まことの「自然の恵み」が、ここにはある。

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自然の恵みといえば、『木樵』では全編を通して、風光明媚な景色に目が奪われる。
それは、深山に限ったことではない。
野山にも、人里にも、大自然に抱かれた四季折々の風景が観る者を癒やしてくれる。

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だが、是非とも耳も凝らしてほしい。
若手ミュージシャンの注目株・日景健貴の劇伴を。
岐阜と同じく山国である長野に暮らす、雲龍の横笛を。

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そして、映画の冒頭から、スクリーンの内と外を、山の暮らしと里の暮らしを繋ぐかのような、訥々としたナレーションが印象的に響く。
優しく、力強いバリトンボイスは、森の語り部とでも呼びたくなる。

声の主をエンドロールに見つけて、驚いた……名優、近藤正臣による語りなのだ。
近藤は、ドラマの撮影で訪れた岐阜県郡上八幡に魅せられ、現在も暮らしているのだという。

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見て、聞いて、そして考える。
ドキュメンタリー映画を観るたび、私達はそうしてきた。

対して『木樵』は、五感を働かせて味わう映画だ。
観て、聴いて、舌と鼻と肌を働かせて、そして感じる映画だ。

考えるドキュメンタリー映画から、感じるドキュメンタリー映画へ。
映画が誕生して130年が経とうとしているというのに、私たちはまだ全く新しい鑑賞体験をすることが出来るのだ――。

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ドキュメンタリー映画『木樵』

10月1日(土)〜 先行公開
名演小劇場
岐阜CINEX

10月1日(土)〜10月4日(火)
でこなる座

10月14日(金)〜 全国順次ロードショー
ヒューマントラストシネマ有楽町
大垣コロナシネマワールド
ほか

【配給】平成プロジェクト

『木樵』公式サイト

https://kikori-movie.com/
©2021「木樵」製作委員会