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Swan、すなわち白鳥。

ギリシアでは「κύκνος」(キクノス)と言い、古来より太陽神アポロンに捧げられた鳥と言われている。
友の死を悼む人間の化身とも言われ、その境遇を憂いたアポロンから、白鳥は歌うことが許されたのだとか。
ゆえに、白鳥は現在でも美しい声で鳴くのだという。
そして、最も素晴らしい歌を聞かせるのは、忌わの際である、と。

トッド・スティーブンス監督(『Gypsy 83』01『Another Gay Movies』06)最新作『スワンソング』(原題:Swan Song)には、そんな意味が込められている。

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『スワンソング』ストーリー

パトリック・ピッツェンバーガー(ウド・キアー)、ミスター・パットと人は呼ぶ。
名ヘアドレッサーとして名を馳せ、夜はゲイバーでステージを踏む彼は、オハイオ州サンダスキーの有名人だ。

しかし、それも昔の話。
今では生活保護を受け、パットが暮らす養護施設を訪ねてくる者は誰もいない。
パットは、パートナーであるデビッドをエイズで早くに亡くし、一緒に暮らした家はデビッドの甥に取られてしまっていた。
職員の目を盗んでは細身の古風な煙草をくゆらし、食堂からくすねてきた紙ナプキンを綺麗にたたみ直すだけの日々を送るパトリックに、「ミスター・パット」の面影はない。

そんなある日、シャンロック(トム・ブルーム)がパットの部屋へやって来る。
シャンロックは、サンダスキーきっての名士で大金持ちであるリタ・パーカー・スローン(リンダ・エヴァンス)の顧問弁護士を務めている。
先日亡くなったリタは、かつて担当美容師で親友だったパットに死化粧を頼んでほしいとの遺言書を残していた。
シャンロックから報酬は2万5000ドルだと告げられ驚くパットだが、申し出を無下に断ってしまう――。

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上述したように、「Swan Song」とは、白鳥の絶唱のこと。
転じて、芸術家の遺作を指す言葉である。

映画『スワンソング』で、老アーティストを見事に演じきってみせたのは、名優ウド・キアー。
『悪魔のはらわた』(ポール・モリセイ監督/73)、『サスペリア』(ダリオ・アルジェント監督/77)、『マイ・プライベート・アイダホ』(ガス・ヴァン・サント監督/91)、『メランコリア』(ラース・フォン・トリアー監督/11)など、出演作を集めればレトロスペクティブどころか映画祭規模になりそうな、映画界の生ける至宝だ。

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紙ナプキンを折りたたみ、スリムなシガーを吹かし、安物のウィッグを女王の巻き髪へと変貌させる、指。
車椅子を漕ぐ施設内を抜けた途端、サンダスキーを軽やかなステップで歩み踊る、足さばき。
(履いている靴がダサいのを気にしてか、街に出ると早足になるのが可愛い)
バックステージではクリエイターに、そしてステージに上がればアーティストに変貌する、身のこなし。

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どれもこれもが、エレガント。
どこを取っても、名シーン。

それもそのはず、『Edge of Seventeen』(98)、『Gypsy 83』に続く「オハイオ3部作」の最終章として制作された今作は、トッド・スティーブンス監督にとって特別な作品なのだ。

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パトリック・ピッツェンバーガーは実在の人物がモデルで、スティーブンス監督は17歳の時にミスター・パットのダンスをその目で見て衝撃を受けたという。
しかも、その場所はオハイオ州サンダスキーのゲイバーだったのだとか。
自身もゲイであるトッド・スティーブンス監督にとって、いつか映画化したいと熱望していた念願のテーマ、それが『スワンソング』なのだ。

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劇中、リニューアル間際のゲイバーでバーテンダーが「今はゲイに盛り場は必要ない」とマッチングアプリを見せる場面がある。
だが、スティーブンス監督は、テクノロジーとダイバーシティの名の下に社会へ同化されていくサブカルチャーへの愛を忘れない。
小さな町で栄えたサロンを作り、守り続けた先人たちへの畏敬の念を忘れない。

「『スワンソング』は、急速に消えていくアメリカの“ゲイ文化”へのラブレター」

トッド・スティーブンス監督は、そう語っている。

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劇中、パットが燻らすR.J.レイノルズ・タバコ・カンパニー(R. J. Reynolds Tobacco Company)のブランド、「MORE」。
峰不二子も愛好する(こちらはメンソールだが)、エレガントな紙巻き煙草だ。
日本では2005年以降に事実上発売終了となったが、本国では今も生きている。

パットが、リタのためにどうしても手に入れたかったヘアクリーム、「ヴィヴァンテ」。
かつての愛弟子ディー・ディー(ジェニファー・クーリッジ)と一悶着を起こし、やっと手に入れる、販売終了したビンテージ品だ。
ヴィヴァンテ(vivante)とは、フランス語で「生きている」という意味である。

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あらゆる作品を、芸術を、文化を生み出した、すべてのクリエイター、アーティスト、先人たちに、愛と、畏敬と、感謝を。
あなたのおかげで、私たちは今日も、生きている――。

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映画『スワンソング』

8月26日(金)より
シネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺、伏見ミリオン座
ほか全国順次公開


© 2021 Swan Song Film LLC
 
監督:トッド・スティーブンス

出演:

ウド・キアー

ジェニファー・クーリッジ
マイケル・ユーリー
リンダ・エヴァンス

2021年/アメリカ/英語/105分/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Swan Song/日本語字幕:小泉真祐/配給:カルチュア・パブリッシャーズ

『スワンソング』公式サイト

https://swansong-movie.jp/