
小学生の頃、給食の時間が苦手だった。
とは言え、極端に食が細かった訳ではないので、放課(愛知県では、休み時間のことを「放課」と呼ぶ)が足りなくて5時間目まで掛かって泣きながら食べさせられた記憶はない。
また、それほどの偏食でもアレルギー持ちでもなかったので、どうしても食べられない食パンなどを机の中に隠蔽し、後日カビだらけにして教室をパニックに陥れるような子供でもなかった。
それでも、給食を美味しいと思って食べたことがなかったので、嬉しかったのは小さな透明パック入りのマーガリンが月に何度かイチゴジャムやチョコクリーム(今なら差別用語と糾弾されるであろうヤバ目なブランド名だった)になった日や、もっとレアな「ミルメーク」が出てきた日くらいのものだった。
当時の給食は、食パン1枚と瓶入りの牛乳が定番だった。
考えてみれば、たまたま通っていた小学校が学年の途中で新設校に変わったことが大きな要因なのかもしれない。
それまでの学校には調理室があり、当たり前のように出てきた温かい給食が、冷たい(正確には、冷めた)給食になってしまった時のガッカリ感は、小学2年生にとって計り知れないほど大きかったのだ。
そんな訳……なのかどうかは分からないが、給食の献立表に心を躍らせたことのない小学校時代だった。
(ちなみに、ジャムやミルメークは何故か献立表に記載されていなかった)
なので、今回紹介する映画は、とても羨ましい気持ちで鑑賞した。
白羽弥仁監督『あしやのきゅうしょく』だ。

『あしやのきゅうしょく』ストーリー
子どもの頃から食べることが大好きだった野々村菜々(松田るか)は、春から栄養士として小学校で働き始める。児童たちに給食を美味しく食べてほしい菜々は、慣れないながらも毎日奮闘する。
予算との兼ね合い、アレルギー食、宗教上の問題……学校給食には、様々な課題がある。
新任の菜々ひとりでは到底解決できず、先輩職員(仁科貴)や担任教師(藤本泉)、はたまた学校長(桂文珍)らのサポートが欠かせない。
それだけではなく、地元の豆腐店、精肉店などの店主(堀内正美、赤井英和)たちも協力してくれる。
そして、菜々にとって一番の心の拠りどころは、前任の栄養士・立川蓮子(秋野暘子)だ。
ある日、蓮子が営むカフェを訪ねた菜々は、意外な人物に鉢合わせる。
それは、食に人一倍の拘りがあり、菜々にも厳しい調理師・今村(石田卓也)の姿だった――。

『あしやのきゅうしょく』は、芦屋市制施行80周年記念映画として制作された作品だ。
芦屋市では、給食開始当初より自校式給食を行っており、作り立てを提供することにより「温かいものは温かく、冷たいものは冷たく」という食本来の理念が貫かれている。
また、専属で栄養士が配置されているそうで、各校オリジナルのメニューなど様々な取り組みが続けられているという。
メガホンを取った白羽弥仁監督は、そんな芦屋市の給食に関する取り組みを掘り下げ、十把一絡げのご当地映画ではない「生きた物語」へと昇華させてみせたのだ。
以前『みとりし』を取り上げさせてもらった時にも思ったが、白羽弥仁監督は様々な企画から豊かな物語を生みだす手腕が本当に長けている。
こうして『あしやのきゅうしょく』は、「食育エンターテイメント映画」となったのだ。
そんな熱の入った脚本に、キャスト陣も熱演で応えてみせた。

新米栄養士・菜々を演じるのは、「仮面ライダーエグゼイド」でヒロインを務めた松田るか。
一年という短い期間で成長を感じさせねばならない物語上の制約がある難役を、見事に務めあげた。

先輩調理師・今村役には、『蝉しぐれ』(05)でキネマ旬報新人賞を獲得、以来活躍を続ける石田卓也。
自分にも他人にも厳しい食のプロフェッショナルとして、物語に一本の芯を通す好演を見せた。
菜々と今村によって、観る者は「芦屋の給食」を深く知ることになる。
穿った書き方だが、この二人が安易にラヴ方向へ行かない展開は、本当に好ましい。

堀内正美、赤井英和、桂文珍、藤本泉、仁科貴、宮地真緒など、脇を固めるキャスト達の存在感も光る。
特に、主人公である松田るかを温かく見守る、秋野暢子は抜群だ。

また、物語の「もう一つの主観」である子ども達の好演を特筆したい。
特に、絵と鉄道が好きな転校生(栗田倫太郎)、アレルギーに悩む男の子(小笠原拓巳)、村上春樹が好きな文学少女(芹沢凜)……皆いきいきとスクリーンで躍動する。
子役たちに演技をつけるのは監督の腕の見せ所なので、白羽監督の力量が存分に発揮されていると言って良い。

真摯にテーマを掘りさげ、丁寧に物語を練りあげる。
こんな手法が、今後ご当地映画のスタンダードになるのかもしれない。
『あしやのきゅうしょく』を観た芦屋市民の中には、市の施策を再発見し、取り組みへの協力に立ち上がる者もいるだろう。
また、芦屋の給食を羨むことに飽き足らず、我が街でも!と全国で声が上がるかもしれない。
内に、深化し、外に、拡大する。
地域から発信することは、観光PRだけとは限らない。
知育、体育、徳育、そして、食育。
どうか、劇場で映画の可能性を感じてほしい。
映画は、こんなことも出来るのだ――。

映画『あしやのきゅうしょく』
3/4(金)~名演小劇場ユナイテッド・シネマ豊橋18
イオンシネマ豊田kitara
【配給】アークエンタテインメント
©2022「あしやのきゅうしょく」製作委員会
コメント
コメント一覧 (2)
3月12日土曜、名演小劇場にてご挨拶させて頂きます。
白羽監督さま
こちらこそ、お読みいただき、そして何より素敵な映画を、ありがとうございます!
当日、取材にお邪魔する予定でおりますので、よろしくお願いいたします。