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映画を愛する者ならば、好きな作品を模倣するというもの。

登場人物のちょっとした所作を真似してみたり、趣味嗜好に影響を受けたり、劇中歌をカラオケの十八番にしたり。
主人公のコスプレや、映画の二次作品を愛好する人もいるだろう。

なにせ映画は総合芸術だから、その気になればいくらでも真似する要素がある。

その中でも、いちばん真似されるものといえば……
そう、やっぱり台詞だろう。

世界一有名な英国のスパイは、名前を自己紹介しただけで名台詞になる。
名前を名乗るだけで名台詞になるのは、日本のアニメが誇る長寿シリーズの名探偵も同じだ。
ジェダイの騎士らが「Good luck」代りに使う挨拶は、諳んじることが出来るファンも多いだろう。
「それを言っちゃあ、おしまいよ」のように、名台詞を超越して慣用句になる言葉もある。

いずれもお馴染みのシリーズものの名台詞だが、一つの映画で繰り返し発される言葉に心を打たれることもある。
『刑事ジョン・ブック 目撃者』(監督:ピーター・ウィアー/85年)では、物語の冒頭とラスト、同じ人物に同じ台詞が配されていた。
“You be careful out among the English.”
真似した映画ファンも多いだろう。

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2021年12月より全国随時ロードショー公開が始まった映画にも、同じ台詞が繰り返される作品がある。
安田真奈監督の、『あした、授業参観いくから。』だ。

『あした、授業参観いくから。』ストーリー

則子(片岡礼子)は、中学で英語教師を務めている。
断れない性格もあって、早朝から夜まで学校での仕事は尽きることがないが、母(和泉敬子)からのメッセージにはすかさず返信する。
則子が担任するクラスには、様々な生徒がいる。
優等生のヒカル(島田愛梨珠)の家は共稼ぎで、母(楠葉子)は家族でいちばん早く家を出る。
ムードメーカーのアキナ(坪内花菜)は母を亡くし、男手一つの父(河﨑公一)をサポートしている。
やる気のないカズマ(下松谷嘉音)は家でもゲームばかりで、将来を心配する母(森琴樺)は口うるさい。
アニメ好きのユカリ(佐野亮華)は、怠惰な母(成瀬千尋)に代わり妹の世話や家事をこなしている。
ひとりで悩みを抱えるリョウタ(歳内王太)は、家でも粗暴な父(前田晃男)に怯えている。
明日は、授業参観が行われる――。

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映画『あした、授業参観いくから。』では、なんと7つもの台詞が繰り返される会話劇だ。
しかも、登場するすべての親子の間で、やり取りが繰り広げられる。

この7つの台詞、元々は監督・脚本を務めた安田真奈監督のワークショップで使われた教材だという。
「全く同じ台詞でも、キャラクターや状況によって演技は変わる。脚本ならト書きが変わる」
とは、安田真奈監督の言葉。

映画作品として仕上げようと決意したのは、安田監督に相当な手応えがあってのことだと想像できる。
完成した作品は、実験映画の枠を飛び越え、また23分という短編とは思えないほど、味わい深いヒューマンドラマとなった。

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安田真奈監督

それもそのはず、安田真奈監督は、大学時代の8mm映画を皮切りに約10年の社会人生活の傍ら自主映画を撮り続け、映画祭で計6冠のグランプリを獲得し「OL映画監督」として各メディアに取り上げられた俊英。
【あいち国際女性映画祭】でも、『オーライ』(00)『幸福(しあわせ)のスイッチ』(06)『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』(18)と、監督作品が3作品も上映されているので、お馴染みの映画ファンも多いだろう。

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主演の片岡礼子は、『ハッシュ!』(監督:橋口亮輔)で、【第75回キネマ旬報ベストテン】と【第45回ブルーリボン賞】両賞において主演女優賞を獲得した実力派女優。
近年でも『函館珈琲』(監督:西尾孔志/16)『空白』(監督:吉田恵輔/21)など、役の大小を問わず好演を続けている。

また、『幸福のスイッチ』の和泉敬子が、片岡演じる教師・則子の母役で出演している。
『オーライ』メインキャストの前田晃男は、安田真奈監督作品に約20年ぶりの出演となる。

ほか親子役のキャスト陣はオーディションで選出され、特に、河﨑公一、成瀬千尋は、映像作品初出演、舞台経験も無しの新人だ。
ベテラン、新人、実力派、フレッシャーと、役者たちが鎬を削る群像劇を、じっくりと堪能してほしい。

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映画が誕生して、126年。
娯楽の王様として20世紀に君臨した映画だが、近年は新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延もあり、衰退論が囁かれている。

しかし、私たちが育んできた娯楽は、時代を越えて綺羅星の如く輝き続けている。
「絵画は古い」とか、「音楽は死んだ」とか、「小説はオワコン」とか、心ない野次を弾き返してきたのだろう……数千年もの間。

そのすべての要素を内包する映画が、滅びるはずはない。
事実、台詞ひとつにこだわっても、これだけの傑作が生まれるのだ。

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2022年2月26日(土)より名古屋シネマテーク(名古屋市千種区今池1丁目6−13 スタービル 2F)での上映が決まっている、『あした、授業参観いくから。』。
2/26からの1週目は19:10~、3/4(土)からの2週目は10:00~、というスケジュールだとか(3/2のみ休映)。

初日は舞台挨拶が予定されているというので、是非とも映画館へ足を運んでいただきたい。
ただでさえ二度、三度と鑑賞したくなる映画『あした、授業参観いくから。』、安田真奈監督からリピート鑑賞への更なる燃料が焚べられるかもしれない――。

短編映画『あした、授業参観いくから。』

2月26日(土)〜 名古屋シネマテーク
3月26日(土)〜 シネマルナティック(愛媛県)
4月16日(土)〜 K's cinema(東京都新宿区)
ほか全国随時ロードショー