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【ベルリン国際映画祭】をはじめ、海外の映画祭で大評判となっている、『由宇子の天秤』。
【平遥国際映画祭】では観客賞を獲得し、ジャ・ジャンクー(賈 樟柯)監督から絶賛された。
世界を席捲する『由宇子の天秤』に、行定勲監督、瀬々敬久監督、俳優の滝藤賢一、池松壮亮ら邦画界を支える映画人からも、続々と称賛コメントが寄せられている。

監督・脚本は、春本雄二郎。
商業映画やTVドラマの演出部を10年経験した後、インディーズ映画へと舵を切った苦労人だ。
2018年のデビュー作『かぞくへ』は、国内外で高く評価された実力派である。

そんな「遅咲きの新鋭」を支えるプロデューサーの一人として、片渕須直が名を連ねている。
そう。『この世界の片隅に』シリーズ、『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)の、片渕須直監督だ。

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『由宇子の天秤』ストーリー

フリーランスのドキュメンタリー監督・木下由宇子(瀧内公美)は、プロデューサーの富山(川瀬陽太)、カメラマンの池田(木村知貴)と、3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追っている。
テレビ局の社員(松木大輔)らと方針を巡って対立しながらも、事件の遺族(松浦祐也、丘みつ子、和田光沙)の声に光を当てようと、懸命の取材を続けている。
ある夜、仕事の合間に手伝っている父・政志(光石研)の学習塾に、新入塾生の萌(河合優実)を見つける。
カンニング未遂を切っ掛けに萌と心を通わせるようになった由宇子は、体調不良で倒れた萌を病院に連れていく。
保険証を取りに行くため立ち寄った団地の一室は荒れており、萌と父(梅田誠弘)との生活を垣間見た由宇子は遣る瀬無い思いに駆られる。
だが、何より萌が話した内容は、由宇子の「信念」をも揺るがしかねない衝撃の告白だった――。

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本作は、冒頭から終劇まで中弛みすることのない、まさに傑作。
153分という長尺の映画だが、観る者は2時間半ずっと緊張感を強いられる。
それは、極上の鑑賞体験と言って良い。

物語が終盤に差し掛かった辺り、主人公が「あんたもかよ」(少々不正確にした)という台詞を吐き捨てられる場面がある。
見過ごしてしまいそうな短いカットだが、是非とも観逃がさないでほしい。
主人公の心の糸が切れる瞬間を過不足なく表現した名場面で、このカットがあるからこそ、映画史に残る本作のラストシーンが生まれたと言っても過言ではない。

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人々が関心を寄せる重大事件の真実に迫らんとするドキュメンタリー作家を主人公に据えた『由宇子の天秤』だが、物語の展開はというと登場人物たちの日常を淡々と切り取るような、静謐ともいえる描写を、丹念に、丁寧に積み重ねている。
しかし、映画が展開していくにつれ、そんな何気ない行動の一つひとつが、鋭い刃となって突きつけられる。
劇中の人物に対して?否、観る者に対して、である。

そんな脚本の妙が冴えわたる『由宇子の天秤』は、演者の力量によって魅力が加速度的に惹きだされている。

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主人公の父で学習塾を経営する木下政志役には、『喜劇 愛妻物語』(20/足立紳監督)『バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら』(21/松居大悟監督)など、日本映画になくてはならい名バイプレイヤー・光石研
光石は、狼狽しすぎるでもなく、達観するでもなく、只ただ虚空を漂う政志の視線に、背筋も凍るほどのリアリティを込めて魅せた。

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主人公のフリーランス仲間には、カメラマン池田役に木村知貴(『トータスの旅』(17/永山正史監督)『恋するけだもの』(20/白石晃士監督)など)、プロデューサー富山役に川瀬陽太(『ローリング』(15/冨永昌敬監督)『ゴーストマスター』(19/ヤング・ポール監督)など)。
主人公と阿吽のコンビネーションを見せる池田と、時に反目しても映像を俯瞰で眺める富山。
木村知貴と川瀬陽太という屈指の名優により、ドキュメンタリークルー達は実在化した。

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主人公たちの取材対象、遺族たちの存在感も際立っていた。
亡き娘を偲ぶ父を演じた松浦祐也(『岬の兄妹』(19/片山慎三監督)『泣く子はいねぇが』(20/佐藤快磨監督)など)により、在りし日の娘の姿が垣間見られた。
『禁断の果実』(68/鍛冶昇監督)などの大女優・丘みつ子が、これまで見たことがないほどの抑えた演技で遺族役を好演し、主人公たちの仕事の意義を大いに示した。
弟に遺された姉役の和田光沙(『真・あんこまん』(14/中村祐太郎監督)『菊とギロチン』(18/瀬々敬久監督)『岬の兄妹』など)は、物語の転換を担う難役を見事に熟して見せた。

また、劇中で唯一のフラットな、第三者的立場と言っていい医師役には、『ミッドナイトスワン』(20/内田英治監督)『さんかく窓の外側は夜』(21/森ガキ侑大監督)などの池田良
『恋人たち』(15/橋口亮輔監督)など物語の中心人物も良いが、脇に配しても光る。

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物語のキーマン萌の父・小畑哲也役には、『かぞくへ』『ワールズエンドファンクラブ』(19/平波亘監督)の梅田誠弘
哲也は最悪だった第一印象がみるみる覆されるトリッキーな人物で、梅田の好演と相まって主人公が葛藤する大きな要因となる。
「真実は一つ」というと某有名コミックの私立探偵を思い出すが、あれはセリフとは裏腹に心がコドモだから言い切れるのだろう。

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オトナ達はというと、萌に翻弄される。
そんなコドモ代表、萌を熱演したのは、河合優実
『よどみなく、やまない』(19/芝山健太監督)『佐々木、イン、マイマイン』(20/内山拓也監督)『アンダードッグ』(20/武正晴監督)と、着実にステップアップする河合だが、遂に今作で代表作に巡り会った。
当たり役すぎて、しばらく「萌」(ちなみに「めい」と読むのだ)と呼ばれてしまうのではないかと要らぬ心配をしてしまう。

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そして、代表作といえば、何を置いてもこの人。
主人公・木下由宇子役の瀧内公美だ。
『グレイトフルデッド』(14/内田英治監督)『彼女の人生は間違いじゃない』(17年/廣木隆一監督)『火口のふたり』(19年/荒井晴彦監督)と順調にキャリアを積んできた瀧内だが、代表作は間違いなく『由宇子の天秤』である。
綺羅星の如き名優たちが如何に鎬を削ろうとも、真ん中にいる瀧内:由宇子が光らねば、作品の価値は地に落ちる。
どうか瀧内の一挙手一投足に目を奪われて、由宇子の心の機微一つ一つに耳を傾けてほしい。

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いい映画とは、鑑賞の前と後で、人生観を変えてくれる作品だ。
『由宇子の天秤』は、いい映画だと断言する。

誰もが心に天秤を持ち、秤の傾きを人生の指針とする。
だが、多くの者は気付かない。
私たちの人生そのものが、揺れ動く上皿を歩んでいるようなものだとは――。

『由宇子の天秤』ポスタービジュアル

映画『由宇子の天秤』

9月17日(金)~
渋谷ユーロスペース
伏見ミリオン座
ほか
全国ロードショー

【配給】ビターズ・エンド

©2020 映画工房春組

『由宇子の天秤』公式サイト