時代の古今を、そして洋の東西を問わず、河川をテーマとした作品は数多い。
もちろん、映画もその例に漏れない。
そんな「川ムービー」に、渡邉高章監督『土手と夫婦と幽霊』が新たに加わった。
否、「新たに」と表現するのは、些か違和感を覚える。
【第10回日本芸術センター主催映像グランプリ(2019年)】グランプリを、【湖畔の映画祭2019】で主演俳優賞(星能豊)を受賞した『土手と夫婦と幽霊』は、その後アメリカ、ロシア、イギリス、ルーマニア、フィリピン等、海外映画祭で上映、受賞歴を積み重ねている。
『土手と夫婦と幽霊』は2021年、待望の劇場公開を迎えたのだ。
『土手と夫婦と幽霊』ストーリー
小説家である私(星能豊)は、周囲がおかしいことに気付いた。
事の発端は、髪の短い女(小林美萌)を見たことだったか。
それとも、一緒にいた高橋(佐藤勇真)に、何か仕組まれたのか。
土手に近い家で目覚めると、私は帰る場所も忘れていた。
その家で暮らす女(カイマミ)は朝食を作ってくれたが、食べられないほど不味い。
そして、女が沸かしてくれた風呂に入ると、ぬるくて不快極まりない。
まるで世界は、ときめきも輝きも色も、喪ってしまったかのようだ――。
『土手と夫婦と幽霊』メガホンを取ったのは、「ザンパノシアター」の渡邉高章監督。
映画祭の常連で、ライフワークとしている「子ども映画シリーズ」の『サヨナラ、いっさい』など、グランプリを含む受賞歴は数しれない。
主演は、金沢を拠点に俳優業を営んでいる、星能豊。
「自分の演技をうまいと思ったことはない」という言葉とは裏腹に数多のインディーズ作品で活躍を続け、2020年にはシネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8−12 アートビル 1F)で特集上映【Yutaka Hoshino Retrospective】が組まれた。
全編を通してずっと無表情を貫く「私」が時折り垣間見せる、感情の変化。
そんな微に入り細を穿つ熱演……否、「静演」を、お観逃しなく。
W主演である女役には、『それはそれ、』『犬のようだ』(甲斐博和監督)のカイマミ。
渡邉高章監督の作品には、2013年『くにこマイル』以来の出演となる。
「女」が醸し出す違和感めいた空気は、カイマミでなければ表現できなかったであろう。
その違和感こそが、まさに今作の本質なのだ。
脇を固めるキャスト陣も見逃せない。
舟見和利、小林美萌、狗丸トモヒロ、佐藤勇真、由利尚子、そして、松井美帆。
まさしく、「ザンパノシアター・オールスターズ」たる布陣である。
また、押谷沙樹の楽曲にも傾聴してほしい。

『道頓堀川』(深作欣二監督)、『もどり川』(神代辰巳監督)、『深い河』(熊井啓監督)、『川の底からこんにちは』(石井裕也監督)……日本人は、「川ムービー」が大好きだ。
タイトルに河川が付かなくとも、『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)、『許された子どもたち』(内藤瑛亮監督)など、川が大きな役割を担う映画も枚挙にいとまがない。
先日レポートしたばかりの『ドブ川番外地』(渡邉安悟監督)もその一つだし、短編映画では『BOY』(籔下雷太監督)もそうだ。
自分の居場所と、向こう岸、そして両者を分かつ境界線……河川には、その全てが揃う。
日常と非日常、此岸と彼岸、生と死、そして、そのボーダーライン、全部を一フレームに収めることが出来る日本の川風景は、実に映画的なのだ。
『泥の河』(小栗康平監督)、『UNDERWATER LOVE -おんなの河童- 』(いまおかしんじ監督)など、その好例だ。
海や山では、こうは行かない。
境界の向こう側が目視できるという映画的効果が、私たちの心を掴んで放さないのだろう。
渡邉高章監督作品はというと、これはもう「川ムービー」の宝庫である。
『picnic』、『多摩川サンセット』、『あした、かえる』、『ジェントリー土手』、『別れるということ』、そして『川を見に来た』……
そして今作『土手と夫婦と幽霊』は、日常から非日常への瓦解、世界に溢れる二面性、他者との乖離、死生観といった、川辺の風景が内包するテーマに真っ向から挑んだ、川ムービーの真髄である。
渡邉監督がモノクロームを採用したのも、そんな意図が汲み取れてならない。
また、『土手と夫婦と幽霊』は日下部征雄の同名小説を下敷きにしているが、それは一般的な原作と劇場版といった関係性ではない。
謂うなれば「非ユークリッド的入れ子構造」とでも呼びたい、独特の構成を採っている。
『土手と夫婦と幽霊』は、「極彩色の白黒」であり、「静謐なる混沌」である。
渡邉高章監督待望の劇場公開作品を、どうか映画館で味わってほしい。
名古屋では9月11日(土)からシネマスコーレで上映される、『土手と夫婦と幽霊』。
9月11日(土)、9月12日(日)には舞台挨拶が開催され、星能豊さん、カイマミさんが登壇予定となっている。
現在では残念ながら読むことが叶わない、日下部征雄 著「土手と夫婦と幽霊」。
その辺りの顛末など、W主演のお二人から聞けるかもしれない――。

©-The River bank,The Couple,The Ghosts-
映画『土手と夫婦と幽霊』公式サイト
渡邉高章監督 公式サイト
シネマスコーレ公式サイト
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