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台湾映画、と聞くと、何人かの映画監督の名前が頭に浮かぶ。

まずはやはり、『セデック・バレ』(2011年)など大作が魅力の、台湾の国民的映画監督、ウェイ・ダーション(魏徳聖)。

その『セデック・バレ』に出演したマー・ジーシアン(馬志翔)は監督としても名高く、監督作『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014年)は日本でもオールタイム・ベストに挙げられるほど愛されている。

そして忘れてはいけない、『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(1991年)『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年)など、鮮烈な画面構成が今でも網膜に焼きついているエドワード・ヤン(楊徳昌)。

台湾の映画人たちが生み出す作品群は、台湾、日本のみならず、世界中の映画ファンに愛されているのだ。

さて、エドワード・ヤン監督『ヤンヤン 夏の想い出』と同じように、世界的に評価された台湾映画『ヤンヤン(原題:陽陽)』をご存知だろうか。
監督・脚本を務めたのは、チェン・ヨウジエ(鄭有傑)。
俳優、プロデューサー、翻訳家としても活躍していることもあり多作とは言えないが、『ヤンヤン』同様に監督・脚本を務めた『一年の初め(原題:一年之初)』も高い評価を受けている。

今回紹介する『親愛なる君へ』は、チェン・ヨウジエ監督4本目の長編監督作品で、5年ぶりの新作である。

サブ4

『親愛なる君へ』ストーリー

裁判所では、一人の男が被告人として陳述を求められている。
青年リン・ジエンイー(モー・ズーイー)は、記憶を辿りながら、ゆっくりと供述する。

老婦チョウ・シウユー(チェン・シューファン)の家に間借人として暮らすジエンイーは、病に苦しむシウユーの介護をこなし、その孫ヨウユー(バイ・ルンイン)の面倒も見ている。
シウチーは、今は亡きリーウェイ(ヤオ・チュエンヤオ)の実母、そしてヨウユーは愛息子。
ジエンイーとリーウェイは共に男性だが、パートナーだったのだ。

ジエンイーにとって愛する者の血縁者は家族も同然だが、周囲から不審の目で見られることも少なくない。
特にリーウエイの弟リーガン(ジェイ・シー)は、遺産目当てではないかと疑っている。
そんな中、シウユーが急死してしまう――。

サブ2

『親愛なる君へ』は、骨太なクライム・サスペンス然として幕を開ける。
寡黙かつ繊細なモー・ズーイー(莫子儀)の演技と、体全体が発火しているような刑事・郭(ウー・ポンフォン 吳朋奉)の熱演との対比は、実に観応えがある。

サブ5

やがて、物語はピカレスク・ロマンのような雰囲気を纏い出す。
舞台も言語も演出手法も全く違うのに、確かに『太陽がいっぱい』のエッセンスが匂い立つ。(しかも、アラン・ドロンのオリジナルと、マット・デイモン版の『リプリー』の両方が!)

サブ1

真相が明らかとなる終盤は、バイプレイヤー達の印象が一変する。
台湾で「国民のおばあちゃん」と称されるチェン・シューファン(陳淑芳)は言わずもがな、検察官役のシエ・チョンシュアン( 謝瓊煖) 、小悪党のネット市民に扮したワン・カーユエン (王可元)もお観逃しなく。

サブ6

そして、常に物語の中心にいながら、終始控えめにしていた少年ヨウユー役のバイ・ルンインが、見事な終劇(実に!)へと導く。
台日ハーフのバイ・ルンイン(白潤音)は、アジア映画界のホープと注目されるだけのことはある。

ちょっとした心の機微、何気なく重なる人生のほんの一刹那、秒に満たない台詞に込められた想い。
チェン・ヨウジエ監督が創り上げた緻密で繊細な物語は、私たちに愛の極限を問いかける。

先日、公開中の映画『シャイニー・シュリンプス!愉快で愛しい仲間たち』を取材した折、名古屋のドラァグクイーン・アンジェリカさんは『シャイニー・シュリンプス』を「初めて観るゲイ映画に相応しい」と絶賛していた。
そして、こうも言っていた。「国内作品を含め、ゲイを扱った映画は、深刻な内容が多い」と。


『親愛なる君へ』は、まさにアンジェリカさんの言う「深刻な」作品に分類されるだろう。
だが、だからこそ観るべき映画なのだと、敢えて言いたい。

『シャイニー・シュリンプス』をゲイ映画の入門編とするならば、『親愛なる君へ』は人生の多様性に目を向ける切っ掛けとなる映画なのだから。
LGBTを扱った作品の多くは登場人物がLGBTQだからこそ成立するものだが、『親愛なる君へ』は例えば主人公ジエンイーが女性だとしても成立し得る。
『親愛なる君へ』という物語の根底には、時代性と同じくらいの普遍性が在るのだ。

思えば、同じく公開中の佐藤智也監督『湖底の空』には、インターセックスのキャラクターが登場している。

抑圧され続けてきたセクシュアル・マイノリティの声が、臨界を超え、溢れ出しているのだろうか。
否、違う。
マジョリティ(と、自称する人たち)が耳を傾ける姿勢が、ようやく整いつつあるのだろう。

現代、私たちは多様性を認め得る分岐点に立ち、
そして、私たちは、いつでも時代を変えることが出来るのだ。

良くも、悪くも――。

サブ3

映画『親愛なる君へ』

106分 R18+
7月23日(金 祝)〜
シネマート新宿
シネマート心斎橋
名演小劇場
ほか全国順次ロードショー

配給:エスピーオー、フィルモット

© 2020 FiLMOSA Production All rights

『親愛なる君へ』公式サイト

http://filmott.com/shin-ai/