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双子は、特に一卵性双生児は、他の家族、兄弟姉妹と比べても、結びつきが深い関係だという。
少々オカルトめいた話になるが、たとえ一卵性双生児は離れた場所の異なる環境で暮らしていたとしても、奇妙なシンクロニシティを共有しあう存在だという。


ならば、国さえも隔てて暮らす双子は、どうなのか。
あまりにも違う境遇で暮らす二人なら、どうなのか。

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『マレヒト』(95)『L'Ilya~イリヤ~』(00)『舌~デッドリー・サイレンス』(04)等、インディペンデントの世界から映画を発信し続ける、佐藤智也監督の最新作『湖底の空』は、まさにそんな作品だ。


劇中の台詞を借りるなら、「双子はクローンとは違う」のだ。

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『湖底の空』ストーリー


日本人の父・浅見高志(武田裕光)と韓国人の母・チスク(みょんふぁ)の間に生まれた一卵性双生児の姉弟、空(そら)と海(かい)。
一家は、伝統舞踏が今も残る大湖の畔、韓国・安東(アンドン)に住み、空と海は並んで絵を描くことが大好きだった。
優しくて泣き虫の空と、負けず嫌いな海、二人は双子だが、外見以外は全く違った。


28歳になった空(イ・テギョン)は、中国・上海で一人暮らしをしている。
空は画家で身を立てようとしているが、海の方が絵が巧いことを気にしてか、積極的な売り込みをしない。
日本人編集者の望月(阿部力)は、空のことを何かと気に掛け、公私にわたって力を貸そうとする。


そんなある日、海(イ・テギョン:二役)が空を訪ねてくる。
海は、何かと消極的で情緒不安定な空に、「私を言い訳にしている」と指摘する。
インターセックスだった海は、性適合手術を受け、今では海(うみ)と名乗っていた――。

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冒頭、この上なく耽美で、圧倒的な戦慄をもって観客の心を鷲掴みにするのは、韓国インディペンデント映画のミューズ、イ・テギョン(이태경/李汰勁)。
イ・テギョンは、空と海、一人二役を演じる。
センセーショナルなオープニングから一転、引っ込み思案でクールな空と、勝ち気だが優しい海という、複数の人格を繊細に演じ分ける彼女の演技は、正に圧巻。
また、韓国語の時には攻撃的で、中国語や日本語の台詞は弱腰で話すことの多いシナリオの妙にも注目してほしい。
何れにせよ、本作はイ・テギョンの卓越した語学力が無ければ成立しなかったことは、特筆に値する。

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語学力といえば、イ・テギョンと同じく日中韓3カ国語を駆使する、阿部力(あべ つよし)の演技も光る。
阿部力は、中国・黒龍江省出身で、9〜18歳を日本で過ごし、2000年に単身北京電影学院に入学、中国映画でデビューを果たした国際派。
2004年以降は日本でも活動を始め、『大停電の夜に』(05)、『ゼブラーマン2 ゼブラシティの逆襲』(10)、『LOVEHOTELに於ける情事とPLANの涯て』(18)など作品の大小を問わず評価されているのは、イ・テギョンと共通している。
二人(?)の主人公、そして抜群の存在感を見せる中華キャスト(周亜林、蔡仁堯)らに翻弄される様は、何か世界の中での日本という縮図を想起させられる。

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エスニカル・オマージュという点で映画を眺めてみれば、みょんふぁ(홍명화/洪明花)と武田裕光が演じる、空と海の両親の関係性も面白い。
相思相愛でパートナーとなったはずの二人が、お互い言いたいことが言えず険悪な雰囲気となり、いつしか面と向かって罵倒しあうようになる。
日韓関係を戯画化したように感じてしまうのは、少々穿ちが過ぎようか。


日本人キャストでは、早川知子にも注目してほしい。
池田眞也監督の『二人の女勝負師』(14年)で主人公の一人を好演したものの、その後なかなか出演作に巡りあえず寂しく思っていたので、今回スクリーンで彼女を見つけた時は本当に嬉しかった。
早川の出番は決して多くはないが、物語のキーマンとして輝きを放っている。

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度々触れさせてもらっているが、本作は韓国、中国、日本にまたがる多国間ロケを敢行している。
韓国では慶尚北道の県庁所在地、安東市をフィーチャーし、伝統的な仮面劇、安東湖や古刹など、精神文化に関わる情緒あふれる景観が銀幕を彩る。
中国では今も昔も国際交流の中心地、上海の都市部を舞台として、衣、食、住、そして遊と現代的なエネルギーに満ちた生活感が強く印象付けられる。
日本ではノスタルジックな情景に拘った演出が見られ、ややセピアがかった在りし日の風景は、観る者の胸に深く郷愁を刻みつける。


魅力あふれる場面が浮かんでは消え、まるで時空を超えた世界旅行をしているかのような眩惑を覚えることだろう。
だが、夢心地に浸っていると、時折り冷水を浴びせられるような強烈な台詞で、否応にも目を覚めさせられる。
『湖底の空』という映画の本質は、会話劇なのだ。

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愛する者から遠ざかることでしか、心を保てなくなった者。
自己を犠牲としてでも、家族を守り続ける者。
夢と生活という理想と現実との狭間で、揺れる者。
自分の居場所を探し続ける、放浪者。


様々な者が物語を渡り歩き、交差し、衝突する。
それは時に観る者が知らない言語で、コミュニケーションを、ディスコミュニケーションをたたかわせるものだから、尋常でない声色と、字幕スーパー、聴覚と視覚の両方から驚かされるのだ。


そして、そんな驚きは、荒々しい怒声や、どぎつい表現によって齎されるとは限らない。
静かな語り口の、何気ない単語によってもまた、観客は泣き笑いを余儀なくされる。
本当に見事な伏線は、実に巧妙かつ繊細に張り巡らされているものだ。

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目を見開き、耳を傾け、気を抜くことなく、心を開いて観てほしい。
さすれば、あなたは映画史上まれにみる見事なラストシーンを堪能することが出来るだろう。
さもないと、もう一度観ずにはいられない羽目になるだろう。


だが、それもまた好き哉。
これほど充実した111分は、そうそう味わえるものではないのだから――。


6/12(土)新宿K's cinemaを皮切りに、全国順次公開中の『湖底の空』。


愛知では名演小劇場(名古屋市東区東桜2丁目23−7)で、7月3日(土)より公開となる。


公開初日7月3日(土)は、佐藤智也、みょんふぁさんが舞台挨拶に登壇する予定なので、この機会を是非ともお観逃しなく!

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映画『湖底の空』


2021年06月12日(土)新宿K’sシネマ
2021年07月03日(土)名演小劇場
ほか全国順次公開


配給:ムービー・アクト・プロジェクト
配給協力:ミカタ・エンタテインメント


2019年/111分/日本、中国、韓国
2019 / Japan SouthKorea China / 111min.
 
©2019MAREHITO PRODUCTION

『湖底の空』公式サイト



名演小劇場 公式サイト