『私たちのハァハァ』(15)『アイスと雨音』(18)『君が君で君だ』(18)『#ハンド全力』(20)と、作品ごとに進化が止まらない松居大悟監督。
待望の新作は、『くれなずめ』。
元々『くれなずめ』は、松居監督が主宰し、全演目の作、演出を手掛ける「劇団ゴジゲン」で2017年に公演された演目で、松居大悟監督の実体験を下敷きに書かれたオリジナルストーリー。
松居監督の近作で公開中の『バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら』が、テレビ東京系ドラマ『バイプレイヤーズ』の劇場版であるのと同じように、映画『くれなずめ』も、劇団ゴジゲン公演『くれなずめ』の劇場版ということになる。
『くれなずめ』ストーリー
東京で劇団を主宰する欽一(高良健吾)は、高校時代から吉尾(成田凌)の才能を買っている。
欽一の劇団の舞台俳優である明石(若葉竜也)は、高校の学園祭で上演するコントに吉尾を引き込んだ張本人。
既婚者である曽川(浜野謙太)は、高校の頃からソースというあだ名で呼ばれている。吉尾と同様、いじられキャラ。
会社勤めの大成(藤原季節)は、ソースと同じように後輩だが、口も悪く仲間うちで一番しっかりしている。
唯一地元に残り工場で働くネジ(目次立樹)は、高校時代から吉尾と一番親しい間柄。
結婚式に出席するため久しぶりに集まった6人は、余興で思い出のダンスを披露するが、大失敗に終わる。
二次会までやることもない夕暮れ時、彼らは誰彼ともなく思い出話を始めるのだが――。
出演者たちが、素晴らしい。
もちろんファンは必見だが、これまで好意を持っていなかった観客も必ずやキャスト陣のファンになってしまうだろう。
本当に彼らは、作品に恵まれた。
主演である吉尾には、『ビブリア古書堂の事件手帖』(18/三島有紀子監督)『愛がなんだ』(19/今泉力哉監督)『カツベン!』(19/周防正行監督)『まともじゃないのは君も一緒』(21.3/前田弘二監督)と、今まさに乗りに乗っている成田凌。
どんな過去キャラよりも普通で冴えない吉尾という人物が、どんな過去作よりも成田凌を輝かせてみせる。
舞台『くれなずめ』では松居大悟監督が演じた欽一には、『軽蔑』(11/廣木隆一監督)『横道世之介』(13/沖田修一監督)『人間失格 太宰治と3人の女たち』(19/蜷川実花監督)『おもいで写眞』(21/熊澤尚人監督)などの、高良健吾。
吉尾の才能を誰より認めているがゆえ、一歩距離を置いているような繊細な立ち位置は、高良だからこそ出せた空気感だ。
威勢はいいが肝心なところでヘタレてしまう明石には、『葛城事件』(16/赤堀雅秋監督)『美しい星』(17/吉田大八監督)『朝が来る』(20/河瀬直美監督)『罪の声』(20/土井裕泰監督)などの、若葉竜也。
今泉力哉監督作品『愛がなんだ』(19)『あの頃。』(21.2) 『街の上で』(21公開中)で若葉を観たファンは、雰囲気の掛け離れた明石というキャラに度肝を抜かれることだろう。
ムードメーカー・ソースには、バンド「在日ファンク」のリーダー浜野謙太。
俳優としても、『婚前特急』(11/前田弘二監督)『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17/瀬々敬久監督)『おいしい家族』(19/ふくだももこ監督)『ロマンスドール』(20/タナダユキ監督)などに出演し、存在感を見せつけている。
可笑しみの中に緊迫感を感じさせるソースと吉尾との会話を、是非お観、お聴き逃しなく。
毒舌キャラの大成には、『ライチ☆光クラブ』(15/内藤瑛亮監督)『ケンとカズ』(16/小路絋史監督)『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)『his』(20/今泉力哉監督)などの、藤原季節。
主演映画『佐々木、イン、マイマイン』(20/内山拓也監督)の「悠二」を想起させる大成は、藤原にとって難役だったはず。
しかし、見事まったく違う人物として生命を吹き込んだ藤原の力量は、驚愕に値する。
作業服姿が印象的なネジには、舞台版『くれなずめ』から唯一のオリジナルキャストである、目次立樹。
旗揚げ当初から劇団ゴジゲンを支え続ける看板俳優で、映画『アルプススタンドのはしの方』(20/城定秀夫監督)の出演も記憶に新しい。
豪快にみえて誰よりも繊細だからこそ、吉尾の本音を引き出せるネジという人物の存在感は、目次でなければ表現できないだろう。
どこにでもいそうで、だからこそ愛おしい6人を、滝藤賢一、近藤芳正、岩松了といったベテラン陣がしっかりと脇を固める。
また、飯豊まりえ、内田理央といった女優陣が華を添えるのも、映画版ならではだ。
そして、ヒロイン・ミキエ役、前田敦子の熱演に注目してほしい。
本編と回想シーン両方に出演しているのは、6人の他には前田だけだ。
日本映画では長らく、役者のパーソナリティに役を引き寄せる、所謂「スター型の俳優」が持て囃された。
最近では、映画の大きい小さいに拘らず、脚本やキャラクターの良し悪しで出演を決める俳優が増えたという。
読み込み、咀嚼し、落とし込んだ人物像は、役者に憑依する。
「憑依型の俳優」というと、演じる役どころはエッジの効いた怪人物と相場が決まっていた感があるが、最近の映画はさにあらず。
平凡で、捉えどころのないキャラクターを憑依させてこそ、役者の評価は上がるのだ。
一見すると似通った役を作品によって演じ分けることが出来てこそ、「憑依型の俳優」を標榜できるのだ。
「日本映画はつまらない」と評する映画ファンは、一体どんな作品を観ているのだろう?
そんな観客は、『くれなずめ』を観ると良い。
「くれなずめ」という単語は、「くれなずむ」を命令形にした、松居大悟監督による造語だという。
「くれなずむ」は「暮れ泥む」と書き、暮れ掛かりつつなかなか闇になり切らない情景を表す言葉で、春の季語でもある。
劇中の「ハッキリさせようとすんなよ!」は、まさに「くれなずめ!」な状況だ。
昼でも夜でもない夕まぐれ、光と闇の狭間には、生と死を超える奇跡が起きる。
輝いた過去に泥(こだ)わり続けるのか。
何も見えない未来のため思い出を捨てるのか。
彼らが下すラストシーンを焼き付けてほしい、目に、耳に、心に。
それが、答えだ――!
映画『くれなずめ』
5月12日(水)
テアトル新宿
ミッドランドスクエアシネマ
他 全国公開
成田凌
若葉竜也 浜野謙太 藤原季節 目次立樹
高良健吾
監督・脚本:松居大悟
主題歌:ウルフルズ「ゾウはネズミ色] (Getting Better Victor Entertainment)
配給:東京テアトル
制作プロダクション:UNITED PRODUCTIONS 特別協力エレファントハウス
製作:「くれなずめ」製作委員会 (UNITED PRODUCTIONS,、ハピネット、東京テアトル、Fly Free Entertaininer、カラーバード)
©2020「くれなずめ」製作委員会
コメント