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時間に支配されている私たちは、変化を繰り返す事象を認知することしか叶わない。

例えば、絶えず音程を変え続ける鳥の声を気に入った一瞬だけ鼓膜に残すことは出来ないし、優美に宙を舞う蝶の翅の色を刹那で切り取って網膜に焼きつけることは出来ない。


絵画という表現方法を手に入れた時、人はどれほど歓喜したことだろう。

写真という記録媒体を確立した時、社会はどれほど驚嘆したことだろう。


カメラを持たない者の方が珍しくなった現代、写真は身近な存在となった。

一方で、一部の写真は、単なる記録としての枠を抜け出し、文化、芸術としての表現へと進化、深化した。


写真は芸術となり、写真家は職業になった。


上田義彦といえば、一般にも名が知れている、写真界の巨匠だ。

その名を知らずとも、サントリー、資生堂、TOYOTAなど手掛けた広告写真を知らぬ者はおるまい。


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そんな写真家・上田義彦が、初めて映画を撮った。

タイトルを、『椿の庭』という。


先日、監督作『BOY』(2019年/78分)『吉祥寺ゴーゴー』(2020年/18分)上映の折り、籔下雷太監督の話を聞くことが出来た。

籔下監督もまた、写真家でもあるマルチクリエイターだ。


職業柄、例えば一枚絵のような印象的な場面からイメージを広げて作品を創りあげていくのかと思っていたが、全く違っていた。

監督の中には、先に物語があったのだ。


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上田義彦監督の『椿の庭』にも、物語があった。

饒舌には語られずとも、作品を通して、観る者の胸に焼きつく物語が。


『椿の庭』、構想は15年だという。


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『椿の庭』ストーリー

葉山に建つ、古民家。海を見下ろし、丹精込めて手入れされた庭は四季折々の花々が咲き誇る一軒家には、絹子(富司純子)と孫の渚(シム・ウンギョン)が暮らしている。

亡夫の法要を済ませ、普段着に着替えた絹子に、娘の陶子(鈴木京香)が話しかける。東京のマンションで一緒に暮らそうと陶子は勧めるが、絹子は首を縦に振らない。

絹子は、様々な生き物の営みを包み込む庭を愛し、渚と共に土いじりに余念がない。そんなある日、絹子へ一本の電話が掛かってくる――。


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上田義彦監督は、時代の節々で感じ取った感情や幼いころの記憶を書き留め続けていたという。

構想に15年を費やした物語は、上田監督自身の抒情作品なのだ。

失われつつある「もの」を遺すために作品を創る……映像、写真、絵画を問わず、視覚に訴える芸術家にとって、極めて真っ当な表現動機と言えるだろう。


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上田監督は映画本編の撮影も行い、写真家・上田義彦の美学が全編に貫かれている。

自然光を照明とした画面は、静謐さの中に柔らかな温かみが漂う。


木漏れ日に揺れる、花々。

せわしなく命を繋ぐ、虫たち。

上と横、見る角度で全く違う表情を見せる、金魚。

吹き上げる潮風さえ感じられそうな、坂道の風景。


そして何より、『椿の庭』を形作る、人々。


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主人公・絹子には、大女優 富司純子。

立ち居振舞いが品格に溢れ、周囲に纏わせた凛と張り詰めた空気ごとまかり通る。

また、時折り覗かせる柔らかな表情に、絹子が重ねてきたであろう人生の年輪をさり気なく垣間見せる。


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そして、もう一人の主人公・渚には、『サニー 永遠の仲間たち』(監督:カン・ヒョンチョル)『新聞記者』(監督:藤井道人)のシム・ウンギョン。

言語だけでなく、役柄として非常にハードルの高いキャラクターを、彼女は事も無げにさえ思わせる好演で成し遂げる。

シム・ウンギョンは、日本語の会話で解らない表現に触れた時、すぐに相手に質問し、自身で使用することによって自分のものにするという。

そんな姿勢は、演技面でも遺憾なく発揮されている。


共演陣もまた、豪華この上ない。


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写真家・上田義彦と何度も仕事をした、鈴木京香は、陶子という役柄で映画に生命を吹き込む。

娘として富司純子に、叔母としてシム・ウンギョンに接する難役だが、見事な存在感を見せる。


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黄(ファン)役には、『牯嶺街少年殺人事件』(監督:エドワード・ヤン)『ブエノスアイレス』(監督:ウォン・カーウァイ)のチャン・チェン。

キーマン的存在であるにも拘らず人と為りが劇中で一切語られない黄であるが、チャン・チェンの手に掛かれば当たり前のように物語に融け込む。


そして、田辺誠一がトリックスター的な役柄で、清水綋治が思い出の語り部として、物語を彩る。

すべての登場人物について語り尽くすことは出来ないが、どんな役割であれ物語にぴたりと填まる佇まいを漂わせているのは、映画『椿の庭』に表現者・上田義彦監督の美学が溢れているからであろう。


『椿の庭』は、シネスイッチ銀座の4月9日(金)を皮切りに、全国順次ロードショーとなる。

愛知では、名演小劇場(名古屋市東区東桜)で4月17日(土)から公開される。


藤の季節に、椿が馨る――。  


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映画『椿の庭』


富司純子 沈 恩敬(シム・ウンギョン) 

田辺誠一 清水綋治

内田淳子 北浦 愛 三浦透子

宇野祥平 松澤 匠 不破万作

張 震(チャン・チェン)特別出演

鈴木京香

4月9日(金)よりシネスイッチ銀座

4月17日(土)より名演小劇場

ほか、全国順次公開


製作:ギークピクチュアズ/yoshihiko ueda films/ユマニテ/朝日新聞社

配給:ビターズ・エンド

制作プロダクション:ギークサイト


2020年/日本/128分/5.1ch/アメリカンビスタ/カラー 


映画『椿の庭』公式サイト



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