【カナザワ映画祭2019】「期待の新人監督」部門で観客賞を獲得した『みぽりん』は、映画ファンに衝撃を与えた。

『みぽりん』はメガホンを取った松本大樹監督にとって初の長編映画で、劇場公開されるや大盛況となり、コロナ(COVID-19)禍による緊急事態宣言を経て尚も各地で盛り上がりを見せた。


だが、松本大樹監督の映画魂は『みぽりん』だけに留まらなかった。


一度目の緊急事態宣言が明けたばかりの2020年5月末に企画をスタートさせた一本の映画は、すぐに撮影を開始。

松本監督にとって長編2作目となる本作は、ワンシチュエーションで少人数体制を採り、万全の感染症対策と表現上の工夫を凝らし、僅か1ヶ月半という短期間で完成に漕ぎ着けられた。


映画のタイトルは、『コケシ・セレナーデ』という。


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『コケシ・セレナーデ』ストーリー

新型ウイルスにより自粛生活を強いられている、桜井大輔(片山大輔)、萌々花(佐藤萌々花)夫妻。音楽で生計を立てている大輔は、作曲の仕事もなく、ライブハウスも休業中で収入がない。そんな中、届いた小包を開けてみると、中に入っていたのは萌々花が大輔のクレジットカードで買った、一体のこけしだった。

萌々花は巣ごもり生活が続くうち、日に日に感情表現が過激になる。ビデオを観ては大輔と一緒に喚き散らし、隣の家の住人(うみのはるか)からクレームが入る始末。大輔は堪らず何かストレス解消をと相談すると、萌々花はこけしを増やしたいと言う。

桜井家のこけしは増え続け、次第に置いた覚えもない場所に佇むようになる。ついにベッドの中にまでこけしが入り込むようになったある夜、二人は列をなすこけしが何か訴えているように思い始める。大輔は萌々花に勧められ、霊媒師たち(海道力也、上野伸弥、篁怜)を呼ぶことにするのだが――。


困難な状況下にあって撮影された『コケシ・セレナーデ』は、マルセル・カルネ監督『天井桟敷の人々』(1945年)を想い起させられる。

少々大仰に聞こえてしまったかもしれないが、新型コロナウイルスによる世界規模のパンデミックという状況を考えれば、現在は大戦中に匹敵する有事と言えまいか。


ご存知の通り『天井桟敷の人々』は、ナチスドイツの傀儡であるヴィシー体制(1940〜44年)下のフランスで制作された映画だが、そんな困難な状況で撮られたからといって観る価値のない作品だと評する者はいないだろう。

むしろ、そんな想像を絶する難局だからこそ生まれ得た傑作ではなかろうか。


単に映画は、映像や、音や、登場人物の心情が写るだけのものではないのだ。

監督の、社会の、時代の、悦びが、憤りが、哀しみが、歎きが……映画には、ありとあらゆる魂が写り込むものなのだ。


コロナ禍で世界が混迷を極めている今も、感染リスクという困難を乗り越え、数多くの表現者が魂を込めた作品を世に送り出している。


『カメラを止めるな!』で2018年の話題を攫った上田慎一郎監督は、『カメラを止めるな! リモート大作戦!』という短編を発表している。


和製バカンス映画の傑作『クレマチスの窓辺』の永岡俊幸監督は、同じくリモートで『グッドモーニング、スプリング』というこれまた珠玉の短編を撮っている。


ドキュメンタリー映像がドラマを紡ぐような映画『スイッチバック』を撮った岩田隼之介監督は、「ナゴヤ・アーティスト・エイド」で『息、さらす』を発表している。

こちらはリモートではなく、感染対策を施した上で撮影された短編映画だ。


そして、松本大樹監督の『コケシ・セレナーデ』もまた、少人数による万全の対策でロケーション撮影された映画である。

しかも、劇場公開を見据えた75分というフルサイズ映画。

込められた魂は、まさにひとしおだ。


そんな松本監督の魂を、出演者がしっかりと受け止める。

最小限に絞られた撮影現場でのこと、『コケシ・セレナーデ』ではキャスト陣の比重が自ずと大きくなる。


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主人公・大輔役の片山大輔は、今作が映画初出演とは思えないほどの存在感をみせる。

役柄がマッチしているのも功を奏し、音楽家が本業の片山は演奏するシーンの説得力が抜群だ。

自粛生活に右往左往する大輔は、コロナ禍での私たちの姿そのものだ。


ヒロインの萌々花を演じた佐藤萌々花は、演劇、音楽に精通するマルチプレイヤー。

エキセントリックに表情を変える萌々花は、大輔だけでなく観客の心も鷲掴みにする。

彼女の台詞は一つひとつが重要な意味を持つので、耳にも神経を尖らせてほしい。


霊媒師3人組(海道力也、上野伸弥、篁怜)のシーンも、必見だ。

ピリリと利かせた一服の毒は、映画にとって絶好のスパイスとなっている。

制約のある中で炸裂する表現手法にも、刮目させられる。


また、森川鉄矢、梅本奈己峰、史志とのリモート飲み会もお観逃しなく。

世相を映す場面というだけでなく、物語のキーとなるシーンだ。


そして、もう一つ。

『コケシ・セレナーデ』は、音楽映画である。


思えば松本大樹監督の前作『みぽりん』も、「アイドル」という存在から音楽を訴求した映画であった。

エラ・フィッツジェラルド「I Am In Love」に乗せて流れるオープニングロールにも痺れた。


『コケシ・セレナーデ』はというと、グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」で幕を開ける。

曲の旋律に合わせて文字が踊る凝ったオープニングロールなので、初っ端から度肝を抜かれるはずだ。


劇中では、ピョートル・チャイコフスキー「くるみ割り人形」が効果的にフィーチャーされている。

それぞれの楽章に合わせて悲喜交々のバレエを踊るのは、人間たちであり、こけしたちである。


また、音楽を生業としている大輔が、苦しみながらも楽曲を生み出していくクライマックスは必見であり、必聴だ。

演歌調、童謡調、ロック調、そして……


大輔、萌々花夫妻によるアンサンブルに、心が震えること請け合いだ。

片山大輔と佐藤萌々花は音大で同級生だったそうで、キャスティングの妙が冴え渡る名シーンの数々が観客の目と耳を奪う。


『コケシ・セレナーデ』は、シアターカフェ(名古屋市東区白壁4-9)で間もなく上映される。

『みぽりん』も上映されるので、観逃した映画ファンにも朗報だ。


1/23(土) 24(日) 30(土) 31(日) 

14:00〜『コケシ・セレナーデ』

16:00〜『みぽりん』

18:30〜『コケシ・セレナーデ』


1/25(月) 28(木) 29(金)

16:00〜『みぽりん』

18:30〜『コケシ・セレナーデ』


料金は、『みぽりん』500円+ドリンク、『コケシ・セレナーデ』1000円+ドリンク。

なお、『コケシ・セレナーデ』上映回では、『アナ・ザ・ワールド』(2020年/12分/総監督・人形劇監修:飯塚貴士/総監督・ゲキメーションパート監修:宇治茶/助監督・編集・脚本監修:松本大樹)が併映される。


新型コロナウイルス禍の真っ只中、工夫に工夫を重ね生み出された『コケシ・セレナーデ』。

公開にあたり、万全の感染防止対策を敷いているシアターカフェ。


ならば私たちも、感染予防、拡散防止を徹底し、鑑賞に臨みたい。

映画とは、観客があって初めて完成するものなのだから――。


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映画『コケシ・セレナーデ』

片山大輔/佐藤萌々花

海道力也/上野伸弥/篁怜/うみのはるか/藤本豊

森川鉄矢/梅本奈己峰/史志


撮影・監督・脚本・編集:松本大樹


照明・助監督:渡邊祐紀

録音:前田智広

ヘアメイク:篁怜

衣装:冨本康成

美術・小道具:こけしちゃん

オリジナル音楽制作:片山大輔

整音・MA:勝田友也(MONOOTO STUDIO)

ライブ録音:池口能史

キャスティング協力:露木一矢(株式会社澪クリエーション)

メインビジュアル:silsil(シルシル)

題字:のの

WEBデザイン制作:岡田彩花(株式会社Knotus)

劇場パンフレット制作:映画パンフは宇宙だ


企画・制作:合同会社CROCO


©2021「コケシ・セレナーデ」製作委員会


『コケシ・セレナーデ』公式サイト

https://kokeshiserenade.com/