溝口健二、黒澤明と並び、日本映画界の最高峰と称される、小津安二郎監督。
国際的にも評価が高く、代表作『東京物語』(1951年)は2012年に英国映画協会『Sight&Sound』映画監督が選ぶ映画ランキングで第1位に輝いている。
だが、実は小津安二郎監督作品、海外での評価は同時代の映画人に比べ遅かったのである。
黒澤明監督は、1951年のヴェネチア国際映画祭で『羅生門』が金獅子賞(最優秀作品賞)を、1954年には『七人の侍』が銀獅子賞(最優秀監督賞)を獲った。
溝口健二監督は、同じくヴェネチア国際映画祭において、1953年『雨月物語』1954年『山椒太夫』と2年連続で銀獅子賞を獲得した。
小津安二郎監督はと言うと、1961年のベルリン国際映画祭で、『小早川家の秋』が金熊賞(最優秀作品賞)にノミネートされたのみ。
在命中の海外受賞歴は、英国映画協会から『東京物語』にサザーランド杯が贈られたくらいで、こちらも1958年と作品の公開から随分と経ってからのことであった。
少々暴論になるが、同じ“made in Japan”でも、小津安二郎監督の映画は他の監督作品と趣きが違うのだ。
例えるなら、黒澤明監督の作品が日本製の工業製品とするなら、小津安二郎監督の映画は日本産の農産品のようなものなのだろう。
『羅生門』や『七人の侍』をカメラや自動車に例えるとすると、『東京物語』や『秋刀魚の味』(1962年)は日本米や黒毛和牛なのだろう。
そんな、日本人が愛してきた千屋牛のような小津安二郎監督の映画は、今では世界中で再評価され、現在の若きクリエイターにも影響を与え続けている。
今回紹介するデンマーク映画界の新鋭フラレ・ピーダセン(Frelle Petersen)監督も、小津安二郎を映画の師と仰ぐ一人だ。
1980年生まれのピーダセン監督が撮った『わたしの叔父さん』は、姪と叔父が織りなすヒューマンドラマ。
デンマークで伝統的な酪農を営む家族の物語なので、小生の取るに足らない愚論にも牛が顔を出してしまったのだろう。
『わたしの叔父さん』ストーリー
デンマーク、農村の朝は早い。クリス(イェデ・スナゴー)は目覚めると、足が不自由な叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)の着替えを手伝い、一緒に朝食をとる。乳牛の世話、餌となる作物の刈り取り、農機具、重機の整備と、農場の仕事は尽きることがない。日が落ちても、夕飯の準備をし、晩御飯を食べてコーヒーを飲んだら、次の日に備えて早寝する毎日が続く。たまにスーパーに買い物に行くのが、息抜きのようなものだ。
ある夏の日、クリスは叔父さんに獣医師に連絡し、大急ぎで往診してもらうよう頼む。出産間際の雌牛の仔が、逆子だと気付いたのだ。駆け付けた獣医師ヨハネス(オーレ・キャスパセン)は、クリスの処置の良さに驚嘆する。家庭の問題により断念したのだが、かつてクリスは獣医を目指し進学を夢見ていたのだ。
クリスは10年前の情熱が蘇るのを感じ、農作業に叔父の世話に忙しい中なんとか時間を捻出し、ヨハネスの仕事を手伝うようになる。自分の世界を広げたクリスの日常は少しずつ変わりはじめ、教会で知り合ったマイク(トゥーエ・フリスク・ピーダセン)からデートを申し込まれる。叔父さんはそんなクリスの背中を押すのだが――。
まずは、デンマークの伝統的な酪農「タイストール飼育」に注目してほしい。
クリスが働く叔父さんの農場は、今となっては消えつつある昔ながらの小規模酪農を営んでいる。
ピーダセン監督は、『わたしの叔父さん』撮影の動機の一つは、生まれ育った南部ユトランドの伝統的な酪農家の暮らしを記録することだったと発言している。
実はこの牛舎、叔父さん役のペーダ・ハンセン・テューセン所有の農場なのだそう。
しかも、彼はクリス役のイェデ・スナゴーと本当に叔父、姪の間柄で、演技経験の無い本職の酪農家なんだとか。
素っ気ないようで、さり気なく愛を込め、腐れ縁の旧友のような、相棒のような、二人の間に漂う言い様の無い空気感は、そんな関係だからこそ漂わせることが出来た味なのだ。
観客は、映画の冒頭からクリスの身の上に同情する。
彼女の家族が見舞われた過去の不幸な出来事が仄めかされ、更にクリスの現在が一般的な幸福とは程遠いことを実感されられる。
ヨハネスやマークに感情移入し、クリスの力になりたいとすら思うようになる。
しかし、物語が進むにつれ、観客は抱いていた印象が間違いではないかと疑い始める。
それは、マークとのデートのシーンから顔を覗かせ、ヨハネスとのコペンハーゲンのシーンで益々色濃くなる。
外から見るのと内の実情とは、まるで違うものだったりするのだ、家族の結びつきというものは。
フラレ・ピーダセン監督が如何に心酔していようとも、『わたしの叔父さん』は小津安二郎監督作品を彷彿とさせる訳ではない。
ローアングルやロングショットは所々で見られるものの、小津監督作品で最大の特徴であろう静止画を繋いで動画とするような計算され尽くした「狂気の構図」は見受けられない。
むしろピーダセン監督が小津映画から受け継いだのは、他所からでは凡そ想像も付かない家族の有り様を緻密に写し取ることである。
日本の映画ファンは、地球の裏側ほど遠く離れたデンマークの『わたしの叔父さん』から、『晩春』(1949年)や『麦秋』(1951年)のような肌感覚を覚えるのだ。
そしてこれは、きっとデンマーク人や日本人に限ったことではないのだ。
世界の人々が共感を覚える普遍性があるからこそ、国際的に評価されるのだろう、小津安二郎監督作品は。
そして、フラレ・ピーダセン監督の『わたしの叔父さん』は。
東京国際映画祭でグランプリを受賞し、ノルディック映画賞のデンマーク代表に選出された、『わたしの叔父さん』。
監督・脚本・撮影・編集をこなしたピーダセン監督を支えたのは、他ならぬ俳優陣であることは間違いない。

主人公クリスを演じたイェデ・スナゴー(Jette Søndergaard)は、女優になる以前なんと獣医だったという。
ピーダセン監督の長編デビュー作『Where Have All the Good Men Gone?』に出演経験があり、本作では主演に大抜擢された。
小津監督が原節子で「紀子三部作」を撮ったように、フラレ・ピーダセン監督にとってのミューズとなるかもしれない。
そして、クリスの叔父さんを演じたペーダ・ハンセン・テューセン(Peter Hansen Tygesen)を忘れる訳にはいかない。
イェデ・スナゴーと実の親戚関係があるから、というだけでは到底説明の着かないリアリティを越えた存在感に釘付けとなること請け合いだ。
この叔父さんがいなければ、そもそも『わたしの叔父さん』は生まれなかったと断言できる。
物語を貫く、ペーソスとユーモア。
『わたしの叔父さん』のテイストは、贅を尽くしたレストランでの食事というより、日々の家庭料理を思い起こさせる。
秋刀魚の味ならぬ、「フレッカデーラの味」、どうぞご賞味あれ――。
映画『わたしの叔父さん』
1月29日(金) YEBISU GARDEN CINEMA
2月13日(土) 名演小劇場
ほか 全国順次ロードショー
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配給:マジックアワー
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