『スイッチバック』ストーリー
アルハム(バット・アルハム)は、外国籍の両親を持つ、中学生。特に打ち込むことがなく日々を漫然と過ごしていて、進路指導の用紙に書くべき将来を見つけられずにいる。チエミ(向山チエミ)もまた、両親ともに外国籍。絵が得意で自分らしくいたいと考えているが、自分らしさとは何なのか迷っている。
アルハムやチエミと同じ中学に通うスズカ(内海紗花)は、災害で生まれ故郷を離れ、大府に引っ越してきた。バスケットに打ち込んでいて、チームワークの大切さを知る。
3人は、イベンター・岸谷レイ(廣瀬菜都美)のワークショップに参加する。
コーディネーター・太田タロ(市川智也)と共に、大府のプロモーションのため東京から来たレイは、参加者を分担し、市内で動画を撮ってくるように命じる。
アルハムたちのグループにはもう一人、スズカと小学校が同じ英⼀郎(網岡諒真)が入っているのだが、英一郎はほとんどワークショップに来ない。
大府の風景を撮影する彼らは、車椅子に乗った三石(入江崇史)と出会う。
かつて大府市に飛行場があったと語る三石は、彼の父親がパイロットだったと言う。
アルハムは、三石の持つドローンに興味を持ち、借りたドローンで操縦を練習し始める。
だが、英⼀郎が見てしまったある夜の出来事により、4人の生活が変わっていく――。
映画『スイッチバック』予告編
『スイッチバック』は、大府市制50周年記念事業の一環として制作された長編映画である。
そう聞くと、巷に溢れる「ご当地映画」を思い浮かべる映画ファンも多いだろうが、この作品は一味違う。
『スイッチバック』を制作したのは、大府市内外のクリエイターが集結したソーシャルプロジェクト「Future Cinema Project」。
映画制作を通じて、子どもたちの環境を問題提起し、子どもたちの未来を応援することを目標に掲げている。
そして、子どもたちとともにプロジェクトも成長、進化し続けることを標榜している。
辻卓馬プロデューサーは、芸術が「生きづらい社会」を変える可能性に着目している。
そして、アート、クリエイター、子どもたちという連携を地域に広げることで、地域活性を促すことを目指している。
『スイッチバック』は単なる「まちえいが」ではなく、行政と表現者が、大人と子どもが本気で取り組んだ、可能性の追求の一環なのだ。
そんな成り立ちゆえに、有り体に言ってしまえば『スイッチバック』は面白くなることを義務づけられた映画である。
映画が凡作であったならば、辻プロデューサーの掲げる理想も、Future Cinema Projectが目指す子どもたちの未来像も、水泡に帰してしまうのだから。
この難題に挑んだのは、地元アーティストのMVや、アートプロジェクトの記録など、名古屋を拠点に活躍する岩田隼之介監督。
緻密なストーリーテラーであり、アドリブ感覚を生かした現場主義者でもある、気鋭の映像作家である。
かねてから一緒に映画を撮ろうと画策していた、辻プロデューサーと岩田監督。
地元NPO法人で学習支援に当たっていた山田将人氏(Future Cinema Project代表)からの「子どもたちのために、何か出来ないか?」という打診は、渡りに舟だったのかもしれない。
岩田監督が物語の主軸として起用したのは、大府市内の中学生たちだった。
しかも、映画出演はもちろんのこと、演技経験すらない素人だ。
Future Cinema Projectは半年強という長い撮影期間を設定し、演技面だけではない子どもたちの成長をダイレクトに作品に投影した。
現場の様子は、まだ撮影途中(!)のキャストたちが舞台挨拶に立った【おおぶ映画祭 2020】プレ上映会でも一端をうかがい知ることが出来た。
しかも、出演する中学生たちは役者ではないから、プライベートでの病気や怪我などで、スケジュールに影響が出たこともあったという。
岩田監督は、そんなアクシデントも物語に投影したとか。
まるで、アッバス・キアロスタミ監督の現場エピソードのようだ。
メインとなる3人だけでなく、中学生たちが本当に素晴らしい。
バット・アルハムは、将来を考えるほどに増していくフラストレーションを、友人との軋轢によって見事に表現する。
向山チエミは、移ろいゆく自分らしさに戸惑いつつ、自分の居場所を強い眼差しで模索する。
内海紗花は、チームメイトとの団結を巧みに図りながら、自身のトラブルで大切な時間を実感していく。
一人ひとり例外なく、演技面だけでなく、人間的な成長が見て取れる。
撮影期間を長く取ったことによる時間の経過と、岩田監督の撮影プランとが見事に合致した。
また、シバタ・ルアンが、林田実樹が、中村梨星が、中村結愛が、小川公々菜……とにかく、枚挙にいとまがないほど子どもたちが素晴らしい。
そして、メインの中学生の中で唯一役者経験を持つ、網岡諒真にも注目してほしい。
彼が演じる英一郎は、物語のキーマンなのだ。
網岡諒真は、そんな難役を自然体で(実に!)表現してみせる。
さて、物語の核となる子どもたちが光り輝くなら、大人のキャスト達はどうだろう?
これが、一筋縄ではいかない曲者揃いなのだ。
岸谷レイ役の廣瀬菜都美(『唇はどこ?』2015年)は、『スイッチバック』という映画を象徴するキャラクターである。
レイが開催するワークショップは、まさにFuture Cinema Projectの本作品制作をメタ的に投影していて、『スイッチバック』は入れ子構造の映画となっている。
「フィクションでもあり、ドキュメンタリーでもある」と謳っている今作の、根幹を担うのが廣瀬なのだ。
ドローンを操る謎の男・三石を演じるのは、『まなざし』(2016年)『星を語りて Starry Sky』(2019年)『鼓動』(2020年)など名バイプレイヤーとして活躍する、入江崇史。
車椅子のシーン、夜のシーン、電話のシーンと、あたかも三役を演り遂げる入江は、『スイッチバック』のトリックスターだ。
タロ・ジロという二役を演じたのは、名古屋 山三郎一座で活躍する市川智也。
市川の役どころは、特に物語の後半に持ち味を発揮する。
その意義を知った時、また一つ観者は『スイッチバック』の多様性に触れる。
アルハムがそんな「曲者」たちと電話で話すシーンも、実に印象的な場面だ。
『スイッチバック』の撮影期間は、2019年8月29日から2020年2月8日までだったという。
新型コロナウイルス(COVID-19)による緊急事態宣言発令の直前にクランクアップという、奇跡のようなタイミングで撮られた映画なのだ。
しかし、『スイッチバック』の価値は、そんな禍福論じみたところにはない。
その時でなければ撮れなかった映像的遺産が、映画に散りばめられているのである。
例えば、劇中で舞台となった「ホタルの道」。
冬のシーンでは、全く違った風景となっている。
わずか数ヶ月の間に、宅地造成が進んでいるのだ。
また、印象的なシーンも多い、「大府センター」。
ここは、既に取り壊しが始まっているという。
【おおぶ映画祭 2020】の舞台挨拶で、岩田隼之介監督は「映画の中で保存できた」と語った。
子どもたちの成長を、大府市の変遷を、『スイッチバック』は見事に写し込んだ。
子どもたちの環境を問題提起し、更には地域発展をも目指すという、Future Cinema Projectが掲げる難題が結実したのだ。
思えば、辻卓馬プロデューサーが手掛けた映画で、先日レビューした『クレマチスの窓辺』も松江市で撮られているものの単なる「ご当地映画」ではなかった。
『スイッチバック』は、11月29日(日)愛三文化会館(大府市明成町1丁目330)にて、【おおぶ映画祭 2021】プレ上映会として再上映される。
コロナの影響で入場制限が布かれた【おおぶ映画祭 2020】で、『スイッチバック』を観ることが叶わなかった映画ファンには、大変な朗報だ。
過去を写し、
現在を生き、
未来を向く。
子どもたちと、映画は、本当に似ている――。
長編映画『スイッチバック』
大府市制50周年記念事業
制作:Future Cinema Project
出演:廣瀬菜都美、市川智也、入江崇史、大府市の中学生 他
監督・脚本:岩田隼之介
プロデューサー:辻卓馬
コーディネーター:北井康弘、山田将人
© 2019 Future Cinema Project
『スイッチバック』公式サイト
https://www.futurecinemaproject.jp/
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