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「バカンス映画」というジャンルの作品がある。


映画ファンはきっと、ジャック・タチの「ユロ伯父さん」や、エリック・ロメール監督の『クレールの膝』や『海辺のポーリーヌ』を思い浮かべることだろう。

近年では、ギョーム・ブラック監督の『女っ気なし』なんて作品もある。


日本映画では少ないものの、下手大輔監督の『はなればなれに』、深田晃司監督の『ほとりの朔子』あたりはバカンス映画と呼べるだろう。


ところで、バカンス映画の定義とは、何だろうか。


『ローマの休日』は傑作だが、バカンス映画と呼ぶ人は少ないだろう。

『ベニスに死す』も『男はつらいよ』シリーズも名作だが、やはり同様だろう。


長期休暇ならではの浮ついた空気と、旅先でのほろ苦いアバンチュール。

そして、旅情と郷愁との葛藤、期間限定だからこそ募る切なさ。


バカンスには、光と翳が必要なのだ。

サントロペのアンニュイな昼下り、白いシトロエンがおとした影法師……バカンス映画とは、そういうものだ。


非日常の中の日常、もしくは、日常の中の非日常。

そのバランス加減の類稀さによって、人はバカンス映画に惹きつけられるのであろう。


休暇中の人物が観光地を訪れただけでは、バカンス映画とは呼べないのだ。

(だいたい、アン王女も寅さんも、厳密に言えば仕事中なのだ)


そもそもバカンス(vacances)とはフランス語で、主に夏季における長期休暇、そして休暇の過ごし方を指し示す言葉だ。

法律で休暇が連続5週間まで取得可能となっているフランスでは、日本のように観光地や帰省先を弾丸スケジュールで訪れることはせず、夏に1ヶ月もの長期滞在をすることも珍しくないという。


英語におけるバケーション(vacation)と語源が同じでも、バカンスとは生活様式そのものを変える特別な休暇なのだ。

日本に限らず、バカンスという概念を持たない地域で、バカンス映画が生まれにくいのは、自明の理といえる。


そんなバカンスの不毛地帯である日本に、一本のバカンス映画が生まれた。


永岡俊幸監督『クレマチスの窓辺』である。


当時30歳を迎え生まれ故郷を意識した永岡監督が、同郷の脚本家・木島悠翔と帰郷したことから動き出した映画という。

物語の舞台は、島根県 松江市だ。


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『クレマチスの窓辺』ストーリー

東京で働く絵里(瀬戸かほ)は、亡き祖母が一人で暮らしていた一軒家で休暇を過ごすことにした。

家を管理する叔母(西條裕美)によると、祖母の家はもうすぐ人手に渡るという。

久しぶりに従兄妹である駿介(福場俊策)、みずき(里内伽奈)と再会し、絵里は様々な人々と出会う。

みずきのバイト先のマスター(牛丸亮)、通う大学の助教授・向井(星能豊)。

駿介の婚約者・結梨(小山梨奈)、馴染みの靴職人・伏見(ミネオショウ)。

近所で花屋を営む、静子(小川節子)、一緒に働く娘の夏子(しじみ)。

旅人の、真司(サトウヒロキ)。

一週間のバカンス、絵里は街に暮らし、歩き、冒険し、癒やされていく――。


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バカンス映画に必要なもの、それは魅力的な登場人物である。


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主人公の叔母は、いわば「不思議の国のアリス」の白ウサギだ。

物語の幕開けと幕引きを一手に引き受ける大役だが、西條裕美は軽妙に演じきる。


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主人公の従兄・駿介は、絵里が苦手意識を持つ人物と引き合わせる。

街の変化を匂わせる重要な台詞もあるので、駿介役の福場俊策は物語の狂言回しといえる。


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その妹・みずきと絵里の会話は、『アデュー・フィリピーヌ』『オルエットの方へ』のジャック・ロジェ監督作品を想起させる。

バカンスに欠かせないオゥテス(hôtesse)役を、若き実力派・里内伽奈が魅力的に演じる。


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絵里と駿介の婚約者・結梨は、きっとバカンスでなければ打ち解けられなかった二人だ。

結梨役の小山梨奈は、永岡俊幸監督の短編映画『オーロラ・グローリー』でも瀬戸かほとコンビを組んでいる。

『オーロラ・グローリー』と似ているようで全く違った空気感を漂わせる二人は、相乗効果などという言葉ではとても言い表せない輝きを放つ。


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靴職人・伏見役のミネオショウは、物語のトリックスター。

アバンチュールとは、英語でいうアドベンチャー、すなわち冒険で……おっと、バカンスでは、あまりにも詳しすぎる“ガイド”は無粋だろう。


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助教授・向井を演じるのは、名優・星能豊。

向井先生が誰からも愛されるように、星能は永岡監督に愛されている。

誰よりも長い見せ場が用意されているのは、その証拠だ。


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花屋を営む静子(小川節子)と夏子(しじみ)母子にも、ご注目。

主人公の過去と未来を指し示す花屋は、『クレマチスの窓辺』という映画において、象徴的な場所だ。


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物語の「異分子」真司には、サトウヒロキ。

彼のエピソードは、ギヨーム・ブラック監督『遭難者』を思い起こさせる(この短編映画は『女っ気なし』の同時上映だったので、ピンと来るシネフィルも多いだろう)。


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だが、言わずもがなではあるものの、何よりも忘れてはいけないのは、主人公……

西野絵里を演じた、瀬戸かほ という女優の存在感だ。


『クレマチスの窓辺』は、一人称作品、絵里の視点で描かれる物語である。

実景(人物の写らないカット)以外、なんと瀬戸かほは、ほぼ出ずっぱり。

身も蓋もなく言ってしまうが、女優・瀬戸かほの魅力が無いなら、成立しない映画なのだ、


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そして、バカンス映画に必要なものが、もう一つある。

それは、魅力的な保養地だ。


『クレマチスの窓辺』の舞台であり、絵里が一週間のバカンスを過ごすのは、島根県松江市。

松江は川も湖も海もある水の都で、魅力的な街並みには良い雰囲気の古民家も多く、ロマン溢れる遺跡もある。


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この街で瀬戸かほ演じる絵里は、窓を開け、いとこたちに会い、海に行き、レコードを聴き、靴を買い、花を買い、そして窓を閉じる。

観ている者は、街に住む人々の魅力に触れ、ささくれ立った心が癒やされ、この街を「再訪」したくなる。

そう、絵里の気持ちと同化する。


だが、そんな魅力的な人々が暮らす魅力的な街にも拘らず、『クレマチスの窓辺』劇中では舞台が松江であることに一切触れられない。

登場人物の台詞に地名は出てこないし、素敵なカフェも店名は写らない。

唯一、背景にある街灯の雪洞に、繁華街の小路名がギリギリ確認できる程度である。


永岡俊幸監督は、『クレマチスの窓辺』を決して「観光映画」にはしたくなかったのだという。

裏を返せば、地方で撮る作品はそれだけ「ご当地映画」「PR映画」が多いということだ。

松江で青春時代を過ごした永岡監督の、郷土愛の表れである。


映画で魅力的なキャラクターに出会った時、エンドロールで演者の名前を確認することがある。

魅力的な舞台に出会った観客は、やはりエンドロールでロケ地を確認するだろう。

少なくとも、筆者はそうした。


監督が心の底から撮影地を愛しているなら、映画を面白くすれば良いのだ。

実際、『クレマチスの窓辺』を観た筆者は、松江に行きたくなっている。


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そして、魅力溢れる人々と「再会」したい、そんな気持ちを抑えることが出来ないでいる。

これまた、瀬戸かほ演じる絵里とのシンクロだ。


本当、なんて罪な映画だろう。

これではまるで、楽しかったバカンスを惜しむ心境ではないか。


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今、日本では、数多くの地方映画(敢えて、そう呼ばせてもらうけれども)が生み出されている。

いっそのこと、すべての地方映画は、バカンス映画にすれば良いのに。


『クレマチスの窓辺』を観てから、そんな気持ちを抑えることが出来ないでいる――。


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映画『クレマチスの窓辺』

(英題:Only Flowers Live By Windows)

瀬戸かほ 
里内伽奈  福場俊策  小山梨奈  ミネオショウ  星能豊  サトウヒロキ  牛丸亮  宇乃うめの  しじみ  西條裕美  小川節子 

監督・編集:永岡俊幸
脚本:永岡俊幸、木島悠翔
プロデューサー:辻卓馬
撮影:田中銀蔵
照明:岡田翔
録音・効果・整音:中島浩一
ヘアメイク:ほんだなお
衣裳:小宮山芽以
監督助手:長谷川汐海
制作進行:秋山友希
撮影助手:滝梓
録音助手:木島悠翔
車輌:西村信彦
タイトル・ヴィジュアルデザイン:東かほり
カラリスト・DCPマスタリング:清原真治
劇中音楽:ようへい、伴正人、sing on the pole
主題歌:山根万理奈「まどろみ」
制作 Route9、focalnaut co.,ltd
協力 島根県観光連盟、松江フィルムコミッション協議会、松江観光協会
後援:ダブルクラウン、TROMPETTE
2020/日本/カラー/62分/ヨーロピアンビスタ/デジタル

©︎Route9

『クレマチスの窓辺』公式Twitter