異端の鳥_メイン

映画には、登場人物の境遇、物語の展開などにより、主観でしか鑑賞できない作品がある。
「これ、私だ!」そんな風にしか思えないような、映画がある。

また、正視できぬ場面が続くあまり、客観視する以外に観ていられない映画もある。
「傍観に徹してみたら、苦手だったスプラッター映画も面白く観られた」例えば、そんな経験のある映画ファンもいるだろう。

ヴァーツラフ・マルホウル監督『異端の鳥』は、その両方の特徴を併せ持つ、極めて特異な映画である。

2019年のヴェネツィア国際映画祭で、『ジョーカー』以上の話題を集めたといわれる『異端の鳥』。
ヴェネツィア映画祭コンペティション部門では、上映中に途中退場者が続出したものの、上映後は観衆から10分間のスタンディングオベーションを受けたという。
半信半疑で観たが、逸話は誇張ではないと確信させられる結果となった。

『異端の鳥』ストーリー

世界大戦中、少年(ペトル・コトラール)はホロコーストから逃れるため、親元を離れおばの家で暮らしている。
疎開先の人々はよそ者に厳しく、少年は同年代の子供たちからも虐めを受けている。
そんなある日、おばが病死したことで少年はいよいよ孤独を深める。
しかも住まいは火事で焼失し、寄る辺を失くした少年は、たった一人で旅に出る――。

異端の鳥_サブ2

映画『異端の鳥』には、原作がある。
ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作『ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)』で、コシンスキ自身もホロコーストの生き残りだという。
『ペインティッド・バード』はポーランドで発禁書となっており、しかも作者は自殺を強く仄めかす謎に包まれた非業の死を遂げているのだ。

そんな「いわくつき」の原作を映像化しようと試みたヴァーツラフ・マルホウル監督は、チェコ出身。
改訂版が17バージョンというシナリオに3年、資金調達に4年、撮影に2年と、最終的に制作に費やした歳月は計11年とか。
ドイツ語、ロシア語の他に人工言語「スラヴィック・エスペラント語」を使用しているのは、舞台となる国や場所を特定されないための配慮だという。
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主人公の少年を演じたペトル・コトラールは元々役者ではなく、マルホウル監督に偶然見出されたという。
物語の時間軸と少年の成長、すなわちペトルの成長と重なり合わせるために撮影に2年を費やしたマルホウル監督の目論見は、見事な成果を上げたという他ない。

ステラン・スカルスガルド(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』/00、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/15)、ハーヴェイ・カイテル(『タクシードライバー』/76、『パルプ・フィクション』/94)、ジュリアン・サンズ(『キリング・フィールド』/84、『眺めのいい部屋』/86)、バリー・ペッパー(『プライベート・ライアン』/98、『グリーンマイル』/99)、ウド・キアー(『ドッグヴィル』/03、『メランコリア』/11)など、名優たちの競演も見逃せない。
少年は、人々と係わっていくいく中で、どんな心の在り様を見せるのか……約3時間にも及ぶモノクロームの物語を、刮目して観てほしい。

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未知の存在を排斥せんとする大人たち、悪意を顕わにする子供たち、少年が遭遇する人々の行動は、総じて愚かに映る。
そして、凡そ救いとは無縁の物語は、正視に耐えることが難しいかもしれない。

だが、『異端の鳥』は主観で鑑賞してほしいのだ。
心に、魂に、あなた自身に、落とし込んでほしいのだ。

物語が描き出すのは、単なる残酷描写に留まらない。
そこに描かれているのは、異質な存在を排除しようとする、人間の、そして生物の本能そのものだ。

私たちは、しばしば「人間性」という言葉を使う。
辞書を紐解くと、人間性とは「人間特有の本性、人間として生まれつきそなえている性質」とある。

人間性の反意語はと問われれば、「獣性」となろうか。
だが、人間が動物の延長線上にいる存在である以上、「人間性」と「獣性」は切り離せるものではないだろう。

他者を排除する行動は、獣性を伴った行為に映る。
しかし同時に、例えばそれが家族を守るための行為だとするならば、極めて人間性溢れる行動にも思える。

異端の鳥_サブ1

『異端の鳥』は、本質に迫った作品なのだ。
戦争とは、何か。
愛とは、何か。
そして、人間とは、何か。

観る者は、既存の概念が、信念が揺らいでいくのを感じざるを得ない。
倫理観が。
宗教観が。
イデオロギー観が。

この心象の揺らぎこそを、主観で、あなた自身で感じてほしいのだ。
鑑賞した者の人生に影響を及ぼしかねない作品であったからこそ、イェジー・コシンスキ著『ペインティッド・バード』はポーランドで発禁となったのであろうから。

また、原作を読んだことのあるコシンスキ愛覯者は、あの衝撃的なラストを思い浮かべていることだろう。
映画『異端の鳥』がどんな結末を迎えるのか、是非とも確かめてほしい。

主観で観るとは、作品を自分の一部にするということだ。
あなた自身の目で、耳で、心で、映画という表現方法の可能性に、今一度驚いてほしいのだ――。
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映画『異端の鳥』

10/9(金)〜
TOHOシネマズ シャンテ
TOHOシネマズ 名古屋ベイシティ
伏見ミリオン座
ほか全国ロードショー

©2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ

監督・脚本:ヴァーツラフ・マルホウル『戦場の黙示録』
原作:イェジー・コシンスキ「ペインティッド・バード」 
出演:ペトル・コトラール、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キアー

2018年/チェコ・スロヴァキア・ウクライナ合作/スラヴィック・エスペラント語、ドイツ語ほか/169分/シネスコ/DCP/モノクロ/5.1ch/

原題:The Painted Bird
字幕翻訳:岩辺いずみ
配給:トランスフォーマー R15
原作:「ペインティッド・バード」(松籟社・刊) 
後援:チェコ共和国大使館 日本・チェコ交流100周年記念作品

『異端の鳥』公式サイト