東海地方(愛知・岐阜・三重・静岡)で、人口密度2位の市町村を、知っているだろうか?
1位は容易に察しが着くであろう。
そう。7,100人/k㎡の、名古屋市だ。
続く2位は、4,901人/k㎡だという。
それが今回訪ねた、大治町だ。
とは言え、大治町は赤紫蘇の生産量で日本一になるなど、のどかな印象の町だ。
隣接している名古屋のベッドタウンとして認知している人も多いだろう。
大治町といえば、日本初の眼科専門の治療所である明眼院(みょうげんいん/愛知県海部郡大治町馬島北割114)が有名だが、今回は違う寺院を訪ねた。
萬松山 慈雲寺(臨済宗 妙心寺派)
愛知県海部郡大治町西條南屋敷28
平安時代、祖安首座によって開創されたと伝えられる古刹である。
室町時代の弘治二(1556)年に中興の祖・宗喜首座によって再建され、江戸時代の享保十七(1732)年に現在の場所に移されたのだという。
以来、観音堂がある慈雲寺は、旧字名にちなみ「松葉観音」として地元民に親しまれている。
だが、肝心の観音菩薩像を見たことのある者は、決して多いとはいえない。
それもそのはず、慈雲寺の「十一面観音菩薩立像」は、普段は厨子の中に安置されている秘仏なのだ。
しかも、御開帳は33年に一度なのだ。
令和二年4月、十一面観音像は昭和62(1987)年以来33年ぶりの特別開帳日を迎えた。
新型コロナウイルス(COVID-19)による緊急事態宣言で、参拝客は激減したと思われる……松葉観音は、秘仏中の秘仏となったと言ってもいいのやもしれない。
御開帳は、4/18(土)19(日)20(月)の3日間のみ。
しかも、初日は朝から雨が降っていた。
松葉観音様は、どんだけ御姿を観られたくないのかと思わずにはいられない。
さて、御開帳日とはいえ、有り難い秘仏……撮影許可をお覗いすると、
「文化財ではありませんし、どうぞどうぞ」
と、気さくな慈雲寺様であった。
十一面観音菩薩立像は、高さ94.2㎝。
室町時代後期、仏師・春日(かすが)の作と伝えられているそうだ。
寄木造(よせぎづくり)で、玉眼が美しい。
木肌をあらわす素地(きじ)仕上げだったものが、後年に表面を泥下地(どろしたじ)で塗られたという。
下ろした右手は掌を正面に向ける与願印(よがんいん)の印相を表し、これは衆生の願いを聞き届ける姿勢を意味する。
開蓮華を挿した水瓶を左手に持つが、これらは十一面観音菩薩の三昧耶形(さまやぎょう)である。
宝冠の装飾で見づらいが、髻(たぶさ/もとどり)の上の仏面の他に、菩薩面(柔和相)、瞋怒面(しんどめん/憤怒相)、狗牙上出面(ぐげじょうしゅつめん/白牙上出相)があり、正面には阿弥陀の化仏(けぶつ)があるという。
特別開帳の最終日である20日の夕刻の法務により、十一面観音菩薩立像は再び厨子へと納められ、御扉が閉められた。
33年後は、令和35年なのだろうか?
それとも、改たな元号なのであろうか?
何れにせよ、安寧な世の中を祈らずにはいられない。
御朱印も拝受することが出来た。
ただし、御開帳に合わせた特別御朱印だそう。
普段は配授していないとのことなので、ご注意を。
こちらも、今回の特別開帳に合わせた記念品。
紫が美しい、クリアファイルだ。
もう一度訪ねてみたい、心寧らぐ名刹だった。
そう、現状の災禍が収束したならば。
間もなく、寺内はサツキで色とりどりとなる。
サツキは、大治の町花である――。
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