「ミドリムシ」と聞いて、何を思い浮かべるだろう?
ユーグレナ目の鞭毛虫類、よくゾウリムシやミカヅキムシと混同される単細胞生物、と答える向きも多かろう。
が、今回話題にしたい「ミドリムシ」は、さにあらず。
2006年の規制改革から新たに生まれた民間法人所属のみなし公務員、駐車監視員を「ミドリムシ」と呼ぶことがあるのだ。
とはいえ、耳にしたことがない、と思われる方も多いだろう。
いわゆる蔑称であるが故、大っぴらに巷の耳目に触れることがない用語だ。
だが、納得のいかないシチュエーションで違反キップを切られた運転手なら、思わず叫びたくなるのではないか。
「この、ミドリムシがッ!!」と。
映画『ミドリムシの夢』は、駐車違反から始まる人間交差点(ヒューマン・クロッシング)物語である。
『ミドリムシの夢』ストーリー
駐車監視員のマコト(富士たくや)とシゲ(ほりかわひろき)は、違反ドライバーから「ミドリムシ!」と罵倒される日々を送っている。真面目で融通が利かないマコトと、女にも金にもだらしないシゲだが、何だかんだコンビとして上手くやっている。
みう(今村美乃)は、目標である武道館のステージなど夢のまた夢の落ち目のアイドル。二人三脚で頑張ってきたマネージャー・八重樫(長谷川朝晴)に連れてこられた現場は、よりにもよって枕営業のホテルだった。
アパートを引き払い深夜バスを待つ翔(佐野和真)は、幸恵(吉本菜穂子)に引き留められる。想いが溢れた幸恵は、翔を抱きしめキスをする。しかし、その様子をバイト仲間の春日部(歌川椎子)に見られてしまう。
マコトとシゲは、深夜勤務で1台の違反車両を見つける。それが長い夜の始まりだとは、誰も気づいていなかった――。
劇映画には「群像劇」というジャンルがあるが、『ミドリムシの夢』は通り一辺倒な群像劇に収まりきらない。
無関係と思われた人物同士が、まるでドミノ倒しのように繋がっていく。
だが、物語は鑑賞者の思惑通りに動いてはくれない。
心に描いた人物相関図は時に裏切られ、展開から目が離せなくなる。
その上、時空を越えた人間関係が、まるで蜃気楼のように浮かんでは消える。
その全てが凄まじいスピードで、それでいて緻密に展開していく。
例えるなら、スラップスティック・コメディの皮をかぶった、ハイスピード・ミステリーだ。
あらゆる観客の心を掴む多様性は、群像劇の強みである。
観る者は、数多い登場人物の中から、心が寄り添えるキャラクターを選ぶことが出来る。
しかし、『ミドリムシの夢』の場合、主観視する人物は性急に決めない方がいい。
思いも選らなかった者が、貴方の心情に迫ってくるかもしれない。
そしてそれは、一人の登場人物とは限らない。
ともすれば、全員かもしれない。
『ミドリムシの夢』は、全ての出演者が観客の心に寄り添う映画なのだ。
現実と似て非なる世界をパラレル・ワールドと称するが、更に交差する本作の世界観は、言うなれば「ヴァーティカル・ワールド」であろう。
そんなヴァーティカル・ワールドの住人は、一人ひとりが主人公だ。
観客の目を奪って、最後まで離さない。
駐車監視員・マコトには、『東京戯曲』(監督:平波亘/2014年)『サッドティー』(監督:今泉力哉/2014年)の、富士たくや。
生真面目なマコトが発する、同じフレーズでも場面によってトーンが変わる台詞。その一つ一つを、感じてほしい。
駐車監視員・シゲには、『野生のなまはげ』(監督:新井健市/2016年)『時時巡りエブリデイ』(監督:塩出太志/2017年)の、ほりかわひろき。
自分を変えたいと躍起になる傍から滲み出る、隠しきれない駄目っぷり。さすがの、ほりかわ“ロッキー”節だ。
アイドル・みうには、『こっぱみじん』(監督:田尻裕司/2014年)『探偵はBARにいる3』(監督:吉田照幸/2017年)の、今村美乃。
テンションのローとハイの振り幅、そして漂うアイドルの気品。ミュージカル・シーンは、もっとずっと観ていたかった。
マネージャー・八重樫には、『ヘヴンズ ストーリー』(監督:瀬々敬久/2010年)『お父さんと伊藤さん』(監督:タナダユキ/2016年)の、長谷川朝晴。
裏方だって、アイドル以上に夢を見る。そして、父は頑張らねばならぬ。さすがはジョビジョバ、コントとドラマは両立するのだ。
主婦・幸恵には、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(監督:吉田大八/2007年)『鈴木家の嘘』(監督:野尻克己/2018年)の、吉本菜穂子。
分かる。ダメ人間を好きになる人って、何故かずっと笑ってるものだ。そんな幸恵の表情を、是非お見逃しなく。
夢破れ田舎に帰る翔には、『音楽人』(監督:伊藤秀隆/2010年)『任侠学園』(監督:木村ひさし/2019年)の、佐野和真。
自分が若くないと気づいた時に、ふつふつと沸きあがる苛立ち。何に対しての苛立ちか気づいた時、若者はもう一度走り出す。
バイトの同僚・春日部には、『映画 鈴木先生』(監督:河合勇人/2013年)『Mr. Long』(監督:SABU/2017年)の、歌川椎子。
物語には、キーマンが必要だ。それがミステリアスな存在なら、尚よし。トリックスター春日部は、誰にも捕まらない。
サラ金業者・矢花には、『CURE』(監督:黒沢清/1997年)『傀儡』(監督:松本千晶/2018年)の、戸田昌宏。
最後、イイ人になったり、改心したりしなくていい。悪は、悪のままがいい。その方が、カッコいいから。
メガホンを取るのは、俳優として活躍しつつ、巨匠・蜷川幸雄の元で演出を学んだ俊英・真田幹也監督。
『Life Cycles』(2007年)、『道玄坂事変』(2013年)、『オオカミによろしく』(2014年)など、数多くの短編映画を監督し、多くの映画祭で賞を獲得している。
名古屋の映画ファンには、『キスナナ the Final』(2013年)が記憶に残っていることだろう。
主演・池松壮亮が名駅のスクランブル交差点を疾走するクライマックス、そしてアッと驚くラストシーン、今もはっきりと脳内再生できる。
そんな真田幹也監督の初長編作品『ミドリムシの夢』は、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町)で公開される。
1月18日〜24日まで、連日17時40分からの上映となっている。
泣いて、笑って、元気になれる。
登場人物も、観客も、全員が主役になれる、奇跡のドラマティック・エンターテイメント。
『ミドリムシの夢』は、是非とも映画館で味わってほしい。
劇場の暗闇でしか知り得ない真実がある。
今までに一体どれだけのことを教わっただろうか、映画から――。
映画『ミドリムシの夢』
富士たくや ほりかわひろき
今村美乃 吉本菜穂子 佐野和真
仁科貴 歌川椎子 長谷川朝晴 戸田昌宏
監督:真田幹也
脚本:太田善也
音楽:タカタタイスケ(PLECTRUM)
撮影・照明:島根義明 録音:田中秀樹
キャスティング:鷲野令奈 助監督:佐藤光、阪根克哉
制作担当:太田勝一郎 スタイリスト:立山功 ヘアメイク:池尾直子
製作:「ミドリムシの夢」製作委員会
2019年/日本/ビスタサイズ/ステレオ/86分
©「ミドリムシの夢」製作委員会
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