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「日本初の漫画家」北沢楽天の波瀾の生涯を活写した映画、『漫画誕生』が話題を呼んでいる。


明治、大正、昭和を生きた北沢楽天は、それまで「ポンチ絵」と呼ばれ顧みられることのなかった風刺絵を、文化として大成させた人物だ。

日本人として初めての漫画家である楽天は、印税契約、定期連載、漫画家のプロダクション化、カラー漫画雑誌の発行など、今日の漫画文化の先駆者として多大な功績を遺した。

作品は海外でも人気を博し、現在の「Cool Japan」の魁でもあった楽天だが、残念ながら知名度はゼロに近い。


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知られざる北沢楽天の生涯に迫ったのは、デビュー作『花火思想』(2014年)から新作を切望されていた大木萠監督。

イッセー尾形(『沈黙 -サイレンス-』監督:マーティン・スコセッシ/2017年)、篠原ともえ(『海月姫』監督:川村泰祐/2014年)、稲荷卓央(『名前』監督:戸田彬弘/2018年)、モロ師岡(『あゝ、荒野』(前編・後編)監督:岸義幸/2017年)、お笑いコンビ・さらば青春の光など、実に多彩なキャスト陣が、激動の時代を鮮やかに甦らせる。

  

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『漫画誕生』ストーリー

昭和18年、殺風景な小部屋で、一人の老人と官吏・古賀(稲荷卓央)が向かい合っている。

老人の名は、北沢楽天(イッセー尾形)。

楽天は、自身の記憶をゆっくりと呼び起こしていく。


若き日の北沢楽天(橋爪遼)は、風刺画を得意とする画家であった。

福沢諭吉(モロ師岡)翁に見出された楽天の「時事漫画」は評判を呼び、政治家までもが一目置く存在となる。

こうして楽天は、「日本初の職業漫画家」となった。


たくさんの弟子(櫻井拓也)、後進(吉岡睦雄、芹澤興人、中村無何有)らを育て、「ポンチ絵」を「漫画」へと押し上げていく楽天。

その傍らには、楽天を支え続けた妻・いの(篠原ともえ)の存在があった。


だが、時代は人々に暗い影を落とし、その波は楽天ら漫画家たちにも押し寄せる。

今、楽天が若き日を回想する場所は、内務省の検閲課なのであった――。


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名古屋シネマテーク(名古屋市千種区今池)では、12月21日(土)から公開が始まった。

初日に登壇した大木萠監督の舞台挨拶の様子を、再現する。


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大木萠監督 監督の大木です。今日は数ある映画の中からお選びいただきまして、本当にありがとうございました。こういう映画なんですけど、北沢楽天をご存知だった方って、いらっしゃいますか?……いないですね……そういう方なんです。本当に知名度が低くて、私も知らなかったんですけど、日本で最初に漫画家を職業として確立した人なんです。最初に「映画を作ってくれないか?」と言われたのは5年前なんですが、色々あってようやく東京で公開が出来て、(名古屋)シネマテークさんのお慈悲でこうして年内に公開することが出来て、本当に本当に嬉しく思っております。


MC. 前作『花火思想』とは大分趣きの違う映画ですが、制作の経緯を教えていただけますか?(名古屋シネマテーク永吉直之支配人)


大木監督 さいたま市立漫画会館に発足している「北沢楽天顕彰会」から「楽天先生の映画を是非撮ってほしい」というお話をいただいた時に、初めて北沢楽天という人を知ったんです。私は中学生くらいまでずっと漫画家になりたくて、なれると信じていたんです。それなのに、こんな人のことを知らなかったということは、自分の中でもちょっと衝撃がありました。前回の『花火思想』という映画は、表現者の苦悩と葛藤がテーマだったんですけど、表現者、表現する人に対して私は興味があります。(北沢楽天は)凄い表現者ですが、それ以上に、表現し続けて悩んで確立をした功績があるのに、何故か忘れられてしまうという虚しさを描きたいと強く思ったのが、切っ掛けの一つです。


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MC. 最初は、ドキュメンタリーの予定だったとか?


大木監督 そうですね。予算の関係とかもあって、最初は「北沢楽天の映画を撮ろうとして撮れなかった人たちを、ドキュメンタリーにしてほしい」と言われたんですよ。それも面白いかなとは思ったんですけど、調べていくと、この人は地味ながら凄くドラマティックな人なんですよね。地味さ加減を最期まで貫き通したところがドラマティックだと思ったんです。私はしっかりとした劇映画にしたいと意向を伝えたら、「好きにしてください」と言われました。


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MC. イッセー尾形さんは、割りと早く決まっていたんですよね?


大木監督 長編映画にしても良いという許可が下りた段階で、もう「イッセーさんにお願いしたい」、と。顔が似てるというのが一つあるんですけど、ユーモラスな人間性とか、何か飄々とした感じを演じることが出来るのは、私は色々考えてイッセー尾形さんしかいないと思ったので。まだ制作会社も決まってない段階だったんですけど、脚本と企画書を直接送りつけて「出てください!」って……そしたら、出てくださいました。


MC. キャリアも長い方ですし、結構勇気が要ったんじゃないですか?


大木監督 緊張はしたんですけど、「断れられても次に行けば良いか」という気持ちだったんですよね。とにかく、「こういう人がいるよ!」ということを伝えたくて、気持ち悪い超長いメールを送っちゃったんですよ(笑)。今考えると恥ずかしいんですけど、想いは伝わったのかなと思ってます。


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MC. 他にも凄くたくさんのキャストが出られてますが、思い出に残ってる方はいらっしゃいますか?


大木監督 実在する漫画家さんで北沢楽天が一番可愛がってた弟子、小川治平役の櫻井拓也さんは、『花火思想』でも主演だったんですが、9月にちょっと……亡くなってしまいまして。これからも一緒にやっていこうと言っていた若い俳優だったんですけど、突然亡くなってしまったので。『花火思想』の時も、宣伝も舞台挨拶も一緒にやってて、だから今回も「名古屋(上映が)決まったら、一緒に舞台挨拶に」という話をしてたんですけど、出来なくなってしまって残念です。役である小川治平も、38歳で過労死してるんです。「そこまで役作りしなくても良かったのにな」って、仲間内で冗談で言ってますけど……重要な役どころですので、彼にピッタリだと今も思います。


MC. 名古屋に来ていただいて、昨日今日とあちこちでチラシを撒いたりポスターを貼ったりしていただきました。そこまでやってくださる方はそんなに多くないんですが、やられてみて如何でしたか?


大木監督 こういう映画なので、古本屋さんや書店さんに寄らせてもらいました。それは東京でも同じだったんですが、名古屋ではチラシを持っていくと、「探したらありました!」って北沢楽天の原画が出てくるという……これは、ちょっと東京でもないことです(笑)。こちらのロビーにも(原画を)掲示してくださってるんですけど、それは近くの書店さんが……


MC. シマウマ書房(名古屋市千種区今池)さんです。


大木監督 ありがとうございます。シマウマ書房さんが、この映画のために探してきてくださった物ということで。そんなにすぐ出てくる物ではないので、ちょっと吃驚しました。さっき行った本屋さんも、「ちょっと調べてみるわ」ってすぐ調べてくれたら、「ちょっと前まであったけど、売り切れだわ」って……あったんだ!って(笑)。資料が無くて無くて、色々大変だったんですけど、名古屋に先に来てれば良かったと思いました(笑)。


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MC. パンフレットも、監督が編集されたそうで?


大木監督 そうです。楽天という実際にいた人の話で、他にもたくさん実在の漫画家さんが出てくる映画なんですけど、史実を基にして構成したフィクションなので、映画の中のキャラクター造型はどうやって作ったのか書いておこうと思いまして。キャラクターの衣装や、楽天の実際の絵も入れて、結構ボリューミーで読み応えがあります。800円です。


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MC. 最後に一言お願いします。


大木監督 色々な方に、一人でも多くの人に観てもらいたいです。北沢楽天はちょっと知られていない人ですが、日本の文化の一つと言われてる漫画の大元(おおもと)なので、日本人だったら是非知ってほしいなというのが勿論あります。また、自分の仕事が本当に正しいのか考えることってあると思いますが、私が楽天像を通して描きたかったのは、きっとそんな状況も後に繋がるということです。そして、描きたい、表現したいという欲求は大それたことではなく、身近な切っ掛けだということを誇っても良い……そんな風に思って作った映画です。働く人が、大切な人と一緒に観ていただければと思っております。


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降壇後、ロビーにはパンフレットにサインを求める観客が列を成し、思い思いに『漫画誕生』の感想、質問をぶつけていた。


「明日もイベントなんです」という大木萠監督のお忙しい時間をちょっとだけ拝借し、貴重なお話を聞くことが出来た。


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Q. 篠原ともえさんが素晴らしかったですね。


大木監督 そうなんです。いのさん関連で大きなエピソードがありますけど、篠原さんの演技力があったからこそ、「これで行こう!」ってことになったんです。


Q. 疎開のシーンが素敵でした。序盤でチラッと写ったカットは、あの伏線だったんですよね。


大木監督 はい。一回で理解してもらえる作品が本当は良いんでしょうが(笑)、この映画は一度観ただけでは分からないことが散りばめられた、おもちゃ箱のような映画です。リピートしてくださるお客様もいらっしゃって、ありがたいです。


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『漫画誕生』の忘れられた「日本初の漫画家」と同じように、

『花火思想』の「まだ見ぬ幸せに今跳び立つ」若者と同じように、


大木 監督もまた、常日頃から表現者なのだ――。


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映画『漫画誕生』

11月30日(土)より渋谷・ユーロスペースにて公開。全国順次公開。


出演:イッセー尾形、篠原ともえ、稲荷卓央、橋爪遼、森田哲矢(さらば青春の光)、東ブクロ(さらば青春の光)、とみやまあゆみ、新井美羽、緒方賢一、モロ師岡 ほか


監督:大木萠 


製作・配給:アースゲート


第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門正式出品作品。


©漫画誕生製作委員会 


映画『漫画誕生』公式サイト

http://www.mangatanjo.com