「いのちスケッチ」メインB


「動物福祉に特化した動物園」をテーマにした映画『いのちスケッチ』が、11月15日(金)より全国公開されている。


『恋のしずく』(2018年/広島県)『マザーレイク』(2016年/滋賀県)『カラアゲ★USA』(2014年/大分県)など、様々な地方から良作を発進し続けている瀬木直貴監督の最新作だ。

『いのちスケッチ』は福岡県大牟田市が舞台で、瀬木監督は8ヶ月前から大牟田市内に住み込んで撮影に臨んだという。

主人公に福岡県出身で劇団EXILE所属の佐藤寛太、ヒロインには『ママ、ごはんまだ?』(監督:白羽弥仁/2017年)の藤本泉、また、武田鉄矢、高杢禎彦、林田麻里、大原梓、今田美桜など福岡ゆかりの俳優陣が脇を固めている。


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『いのちスケッチ』ストーリー

東京で暮らしていた田中亮太(佐藤寛太)は、漫画家の道を挫折し、飛び出した大牟田市に帰郷する。勘当同然のため父母(高杢禎彦、浅田美代子)が営む焼鳥屋には戻れず、祖母の家を訪ねる。ところが、遭遇したのは見ず知らずの若い女性で、風呂上りに遭遇した亮太は家を追い出される。

居候させてもらっている旧友・孝之(塩野瑛久)の紹介で、亮太は「延命動物園」のバイトを始めることになる。そこは忙しく動き回る野田園長(武田鉄矢)、皮肉屋の猿渡(芹澤興人)、コミュ障の中島(須藤蓮)など変わり者ばかりの職場で、広報担当の松尾(林田麻里)から動物福祉に尽力する動物園だと聞かされる。

そして、獣医師・石井彩(藤本泉)を紹介された亮太は驚愕する。彼女こそ祖母・和子(渡辺美佐子)の家にいた見知らぬ女性だったのだ。園内で祖母が保護されたある日、亮太はその訳を知ってショックを受ける。和子は、認知症を患っていたのだ――。


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11月17日(日)名演小劇場(名古屋市東区東桜)にて、舞台挨拶に登壇する瀬木直貴監督を取材した。


瀬木直貴監督 近作はずっと名演小劇場さんで掛けていただいてまして、これでもう4作品目になりますか。『いのちスケッチ』は、動物園の映画です。動物園の映画ですけど、決して教育映画とか、難しい映画ではなくて、普通のヒューマンな娯楽作品です。舞台となりましたのは、大牟田市動物園という小さな動物園で……皆さん、旭山動物園(北海道旭川市)はご存知だと思うんですけど、「行動展示」と言われてるもので年間300万人くらいの入園者数がいます。対して大牟田市動物園は、小さな小さな動物園です。大体、年間20万人強くらいで、旭山動物園のブレークする前の状態と言いますか。予算は無いんですけど、飼育員さんは凄く工夫に工夫を重ねて作っている動物園です。その中で取り組まれている「動物福祉」を、今回の映画でも取り上げています。「動物愛護」というと、皆さん聞いたことがあると思います。動物を可愛がるといった、主観的、感覚的な言葉です。「動物福祉」というのは、動物を科学的に理解する、動物の性質を利用しながら動物の健康を維持するということなんです。ライオンやトラといった大型のネコ科動物などは、体重を量ったり採決したり妊娠かどうかを調べたりする時、世界の動物園では全身麻酔をすることが多いんです。途中で目覚めると大変なことになりますし、麻酔量を間違えて動物が死亡する例もあるんです。皆さんも、健康診断の時にわざわざ全身麻酔しませんよね。非常に動物には負担が掛かるんです。それをトレーニングしながら、負担がないように、動物の健康を維持するということです。僕は地道な飼育員さんと動物の向き合い方に感銘を受けて、映画作りを始めたという経緯がございます。


 皆さん、夢を奪うようで申し訳ないんですけど……ネコとかイヌとか飼ってらっしゃる方もいらっしゃると思いますけど、動物って名前を覚えてると思うじゃないですか。名前を呼んだら来たりしますよね。あれ、名前を覚えてる訳じゃないですからね。動物は、名前という認識がないんですよ。あるフレーズを言った時に飼い主のところへ行ったら撫でられたり餌をもらえたりするもんですから、謂わば条件反射なんですね。違う名前を呼んで一日に何回か餌をあげると、一日で名前が変わります(笑)。残念な話ですけど、動物ってそういう物なんですね。でも、そういう性質を理解することが非常に重要なんだと思いました。


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瀬木監督 この映画に出てくれている皆さんは、福岡出身の俳優さんがとても多いです。武田鉄矢さんを筆頭に、チェッカーズの高杢禎彦さん、「3年A組 今から皆さんは、人質です」でブレークした今田美桜ちゃん、そして主演の佐藤寛太くんが福岡出身です。地元出身で言葉のハンディキャップが無いと、芝居が自由になるんですね。まあ、武田鉄矢さんは、映画の台本にある言葉を一行たりとも同じように言わなかったですけど(場内笑)。凄く計算されてるんです。「このシーンで監督が言いたいのは、これだろう。だったら、この台詞じゃない。自分だったらこう言います」という、監督への挑戦なんですね。僕も俳優にはちょろっと挑戦してまして、老眼鏡を探すシーンでは、リハーサルと本番で老眼鏡を置く場所を変えてるんです(場内笑)。武田鉄矢さんと今田美桜ちゃんで、映画の中で「3年B組」vs「3年A組」を作ろうという思い付きもありました(笑)。


 全国で封切りになりましたが、福岡県では1週間早く始まりました。福岡で本当にフィーバーしておりまして、福岡だけの公開にも拘らず、先週の全国興行動員ランキングで30位以内に入りました。関係者以外の人たちが観て劇場を出る時に、「普通に良い映画だったよね」と言って帰るという、そんな映画を目指しておりました。アクションがお好きな方は、この劇場には来てないと思いますので(場内笑)。映画のスクリーンの向こうに、温かい心持ちや、現場のゆったりとした風景、そういったものが流れている映画です。まずはごゆっくりとお楽しみいただきまして、私たちの身の回りにいる沢山の動物との命の向き合い方に思いを馳せながら劇場を後にしていただけましたら、これ幸いでございます。


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舞台挨拶後、大きな拍手で送られた瀬木直貴監督とお話しする機会を得た。


Q. 無麻酔採血のシーンは、大変だったのでは?


瀬木監督 監督として「こう撮りたい」というのが出来ないということは最初から承知していましたので、実はそれほど難しくはなかったんです。なぜなら、獣医師や飼育員さんの言う通りにやっていたからなんですね。例えば、長い棒を持つと動物は基本的に「危害を加えられる」と思って興奮するんで、マイクのブームは使わない。それから、マイクにはモフモフが付いていますが、あれは「ネコじゃらし」なんです(笑)。あれを檻に近づけると、ライオンもトラも跳び上がってじゃれるんですね。そうすると一日興奮が治まらなくて、飼育員さんの言うことを聞かなくなったり、普段通りの生活が送れなくなるそうです。そうすると積み上げてきたトレーニングが崩れちゃうので、僕らは指導の下やっていたんです。例えば人間でも、小学校で撮影すると、子供たちは皆マイクのブームを見るんです。私たちホモサピエンスでもそうなんですね(笑)。動物に出来るだけ刺激を与えないように、例えば三脚にカメラを据える時のカチッていう音でも、モルモットはサーッと逃げていきますから。ライオンの採血のシーンは、血を抜くところだけは医療行為なので専門のスタッフの方にやってもらいましたが、それ以外は嘘のないシーンです。全部俳優がやってます。本当はもっとカメラをライオンに近づけたかったんですが、彼らはカメラがあるだけで警戒して来ないんですよ。30cmの距離にライオンの顔がある、鼻息とか感じる、檻が無ければ絶対にやられている状態です。野性の気高い命と対峙する緊張感が伝われば良いなと、長回しで撮っています。シナリオには「感極まって泣く」とは書いてないんです。役者たちは、飼育員さんと一緒に行動して、次第に乗り移ってきて。でも、動物に刺激を与えるので声を出して泣けないですから、押し殺して泣く。僕が説明しなくても、自然にそうなってましたね。絵的にスペクタクルのある撮影は中々出来ないんですけど(笑)、彼らがやっていることは世界的に見ても非常に重要な取り組みなので、誠実に撮りました。


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Q. でも、干潟のシーンは凄くスペクタクルでした。


瀬木監督 ありがとうございます。オール大牟田ロケではなくて、あれは荒尾市で撮りました。他にも、遊園地のシーンは福岡市で、スカイツリーのシーンは東京で撮ってたりします。


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Q. 劇中の「可愛いというのも、人間のエゴなんだけどね」という台詞が、とても印象的でした。


瀬木監督 あれは、僕の体験です。僕は去年飼育員体験を何度もやらせていただいて、最初に案内された時、モルモットを見て「可愛いですね」って言ったんです。そうしたら、「それも人間のエゴなんですよね」って言われて(笑)。須藤蓮くんが現場に来た時に「人間でいうと何歳くらいなんですか?」って質問したら、「人間と比較するって発想自体が、人間中心の考え方ですよね」って言われちゃったり。地雷が色んな所に埋まってるんですよ(笑)。そういう感じを少し入れたいと思ったんです。キリンやライオンの営舎のシーンなど、僕の体験をシナリオに反映したところは多いですよ。


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Q. “「3年B組」vs「3年A組」”のシーンも、凄く楽しかったですね。


瀬木監督 あれは、元々シナリオになかったんですよね。スタッフに最初渡したシナリオには、今田美桜ちゃんの出演シーンはないんですよ。突然(出演が)決まったので。シナリオを変える時に、「3年B組」vs「3年A組」の構図でいける!と思いついたんですね。あのシーンによって、より映画のバリューが上がったと思います。若い俳優たちは、武田さんと芝居をやりたがるんですよ。大ベテランの方とやって自分の勉強になる以上に、自分のポテンシャルをグッと引き上げてもらえるのが分かってて、皆武田さんと一緒に演りたがるんです。武田さんは台本通りに言わないですから(笑)、俳優は(台本の)どこを言ってるのか分からない、録音部も「監督、今どこを演ってるんですか?」って(笑)。でも、そこで「これが生きた芝居なんだ」と彼ら自身が分かっていって、対応策を見つけていく。それで、芝居がグイグイッと良くなっていくんですね。この映画は、動物園の関係者が観ても嘘がないと思うし、漫画の関係者の方にも嘘がない作品なので、そこに流れている感情も極力嘘のないように心掛けました。武田さんと今田さんのシーンも、その方が面白味が増すかと思って、あまりリハーサルもせずにやりました。


「いのちスケッチ」武田鉄矢

Q. 動物の檻の前でしたから、そういったご苦労もあったんですよね?


瀬木監督 リスザルは、餌で呼び寄せました(笑)。あそこだけ「ごめんなさい」って言って。もちろん、指定された餌で、給餌も調整していただきましたが。でも、本当は肩に乗ってくれるのを期待したんですが……本当に、よく乗ってくるんですよ、ピョンって。だけど、その時に触ってはいけない、じっとしてないといけないんですね。動物園では、人間に触られることがショックで死んでしまう動物も多いんですよ。飼育員さんの本音を言うと、やりたくないのは、ショーとフィーディング(餌やり)と触れ合いだそうです。触られると、寿命が短くなるし、ショックでその日に死んでしまう動物もいるそうで。自然の中では、触られることはない訳ですよね。ごめんなさい、動物園の飼育員の方のようになってしまってますけど(笑)。最近、小学校とか講演で呼ばれることが多いんですけど、子供たちは絶対僕のこと飼育員さんだと思ってますよ(笑)。


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映画『いのちスケッチ』

11/8(金)~ 福岡県先行公開

11/15(金)~名演小劇場ほか全国公開中


『いのちスケッチ』公式サイト

http://inochisketch.com


©2019「いのちスケッチ」製作委員会