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令和最初の秋も深まりつつある10月、ミリオン座(名古屋市中区錦)において『わたしは光をにぎっている』先行上映が開催された。


監督・脚本は、『モスクワ国際映画祭』にて「国際批評家連盟賞」「ロシア映画批評家連盟特別表彰」をW受賞した『四月の永い夢』(2018年)も記憶に新しい俊英・中川龍太郎監督。

主演は、TVドラマ版『この世界の片隅に』(TBS日曜劇場)で主人公すず役で情感溢れる演技を見せた、松本穂香。


映画『わたしは光をにぎっている』は、失われつつあるものの終焉と向き合う主人公たちに寄り添った作品で、主人公・澪を演じた松本穂香の好演が光る。

映画は、いつしか虚実を入り交じえつつ、終わりゆく愛おしきものと、変わらず在り続ける優しき眼差しが見事に融合し、淡々とした作風の中で観客の心は大いに揺さぶられる。


『わたしは光をにぎっている』ストーリー

入院を機に切り盛りしていた旅館をたたむことにした、宮川久仁子(樫山文枝)。旅館の手伝いをしていた孫の澪(松本穂香)は、一人で東京に出ることにする。

亡き父の親友・三沢(光石研)をつてに下町のアーケード街に住み始めた澪だが、働き始めたバイトは肌に合わず、たった1日で辞めてしまう。

都会に馴染めない日々を送る澪だが、久仁子からの電話で「目の前のできることから、ひとつずつ」という言葉を受け、三沢の経営する古い銭湯「伸光湯」を手伝い始める。

自主制作映画で街のドキュメンタリーを撮る銀次(渡辺大知)、恋に仕事に自由に生きる美琴(徳永えり)ら、澪にも慣れない東京で気の置けない仲間が出来はじめる。

そんなある夜、澪は三沢から衝撃的な事実を聞かされる。愛し始めた商店街は、再開発により間もなく消えてしまうというのだ――。


10月24日(木)、雨の平日というのに満員となった観客席を前に、中川龍太郎監督と松本穂香が登壇した。


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中川龍太郎監督 この映画はちょうど去年の今時分に撮ってたんですけど、日本での上映は東京だけだったんですが、逸早く名古屋の皆様に観ていただけて本当に嬉しく思っています。


MC. 監督は旧ミリオン座(名古屋市中区栄)で『四月の永い夢』の舞台挨拶を行っていただいたんですけれど、新しくなったミリオン座ということで、両方いらっしゃった監督は初なんです。(映画パーソナリティ 松岡ひとみ)


中川監督 そうなんですか……不思議な感じがしますね。今日もご家族の方がおられるかもしれないですけど、この映画の現場スタッフの半分くらいは名古屋の人なんです。カメラマンも、助監督も、制作部のスタッフも。皆ミリオン座が大好きで、ミリオン座でやれるということは彼らにとっても凄く意味のあることなんですよね。「名古屋閥」って言われてます(笑)。


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MC. 松本さんは、『世界でいちばん長い写真』(監督:草野翔吾)で愛知県にいらっしゃってますよね?


松本穂香 そうですね。知多半島で撮影をしました。


MC. 名古屋は……素通りされましたか?


松本 (苦笑)……多分、そうです(場内笑)。


MC. 松本さんは凄くたくさんの映画に出られてて、若い監督さんの現場も多いですよね?


松本 そうですね。


MC. 皆さん、中川監督はおいくつだと思いますか?


中川監督 けっこう年取って見られるので、29歳っていうと吃驚されちゃうんですけどね(笑)。大体、30代の5、6、7って言われるので……


松本 そうですか?私は20代って分かっているから、29歳だと思いますけど。


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MC. 20代でこんなしっとりとした映画をお作りになるという監督の印象は如何ですか?


松本 人の素敵なところを見つけるのが上手な方です。思ってもそれを伝えない人が多いと思うんですけど、思ったらそれをすぐに伝えるんです。今日もずっとポニーテールの……


中川監督 ここ(後ろ髪)が、今日は凄く綺麗なんです。本当に吃驚して。


松本 「今日は」……いつもは違うみたいですよね(笑)?


中川監督 そんなことはないです(笑)。今日いちにちずっと一緒に取材を受けてたんですけど、ずっと横並びで松本さんを見てるから。


松本 あと、スタイリストさんにも「素敵ですね」って。人の素敵なところを言える方って、中々いないと思うんです。演出も、その人の良いところを知ってるからこそ魅力的に撮ることが出来る監督さんなんだろうなと感じてます。今日も夜になると段々テンションが上がってきて、夜型なのかな?と思います(笑)。


MC. 明るくて、コミュニケーション能力が凄く高い方ですよね。


松本 そうですよね。「今日、松本さんと一緒にいて、アイデアが湧いてきた」って仰ってくれて、嬉しいです。


MC. 現場では、どんな感じなんですか?


松本 (笑)……済みません、「からあげ」のことを思い出して。いや、朝ご飯のおかずのからあげを落として、凄い騒いでたことを(笑)。銭湯の中で凄く反響するから、見えてなくてもからあげを落としたことが分かりましたし、人からもらったことも分かりました(笑)。


中川監督 凄いひもじいんですね、映画監督って。全然もうからないんです(笑)。


松本 声が大きい方です。笑い声が特徴あって。


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MC. 松本さんにオファーした経緯を教えていただけますか?


中川監督 元々松本さんとはプライベートで知り合いだったので、いつかは撮りたいなと思ってる方だったんです。この作品を作ろうと思った時に、この映画は風景が主人公の映画なんですね。厳密に言うと、澪さんのいる風景が一番撮るべき主人公だと思ったんです。なので、あまりに華がありすぎる、キラキラし過ぎてる人が澪をやってしまうと、風景とバッティングしちゃうんです。ちゃんとくすんでるんだけど美しい景色の中に、しっかり根付いてくれないと、風景に目が行かない。「あんな田舎の旅館に、こんな綺麗な人いる訳ないじゃん」って突っ込まれたら、この映画はそもそも負けなので。それが共存できる人として、松本さんが一番に頭に浮かんだんですよね。それで(脚本を)当て書きして、オファーさせてもらったんです。


MC. 詩の朗読も、凄く素敵でした。監督って、声フェチですか?


中川監督 『四月の永い夢』の時に、「女優さんの選び方は、声」とか偉そうなことを、知ったようなことを言ったんですけど(笑)……でも、やっぱりそれは一理くらいはあると思っているんです。メイクだったり、衣装だったり、人間は見た目は変えることが出来るけれども、声は繕えない。声っていうのは、内臓から体の中を震わせて出てくるものだから、その人間の何か真実みたいなものに迫る効果があるんじゃないかと思っています。特に、女性の方はメイクもあるので、女優さんは声で選べば間違いないというのは、経験的に、直感的に思っているんです。山村暮鳥の詩は素晴らしいものがあるので、松本さんの声で……少し大人になりつつある澪さんの声で、それを聴けたら素晴らしいものになると思ったんですよね。


MC. 澪を「分身」のようだと仰ってますが、役どころをどのように捉えていたんですか?


松本 当て書きしてくださっている時点で、凄く共感に近いと言いますか……「監督がここまで見てくれてたんだ」っていう嬉しさがありました。私は器用な方じゃないし、人に上手く伝えるのも出来るタイプじゃないし、声も小さいし(笑)。


中川監督 ……後ろの方のかた、大丈夫ですか(笑)?


松本 どこか人に甘えているところがあるんです。機嫌悪い時だったら、黙ることで「察してくれ!」みたいな(笑)。でも、澪も大事な時は「ちゃんと伝えよう」って思ってるので、自分の譲れないところとか、正義感とか、そこを疎かにしない。澪は嘘をつかない人だと思うので、そういうところは私と一緒なのかなと思っています。


中川監督 芯が強い感じとかね。


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MC. 撮影中、特に印象に残っているシーンはありますか?


松本 2人で予告観ましたよね。


中川監督 そう。この質問が来ると聞いてたんで、予告編を観たんですよ。


松本 今日いちにち、この映画の話をしていたのに、予告を2人で観ているという(笑)。


中川監督 「このシーンあったね!」とか言ってたり(笑)。


松本 私が好きなのは、4人ですっぽん鍋を食べているシーンです。何か、笑いが起きるという話も聞いてますし。


中川監督 今日は、起きました?


MC. ……微妙だったみたいですね。


松本 微妙だったんだぁ(笑)。


中川監督 でも、笑いを想定してるシーンじゃなかったので、全然「スベッた」とは思ってないんですけど(場内笑)。


松本 私が好きなのは、澪の気持ちが凄く分かるんですよね。変な正義感みたいな気持ちを、顔にガンガン出すことでメチャクチャ表現してるじゃないですか。私も絶対そういうところがあるので。私は兄がいるんですけど、彼女を紹介してくれた時に見たことのないお兄ちゃんの姿で、しかも変にラブラブしてるのを見て、一人だけ黙ってて(笑)。


中川監督 お兄ちゃん好き過ぎでしょ(笑)。


松本 ちょっと話が違うんですけどね。でも、絶対皆そういう経験があると思うんですよ。そういうお芝居はしたことがなかったんです。そんな時、特に主人公とかだと、もっとアクションを起こすじゃないですか。


中川監督 立ち上がって、出て行くとかね。


松本 そんな役を演ったこともありますし。そういうのが無くて、ずっと(その場に)居るんですよ、解散するまで(笑)。


中川監督 実際は、そうですよね?途中で席を立つって、しづらいですよね。


松本 拗ねてるのが、バレバレなんですけどね(笑)。


MC. 監督の「ここを特に」っていうシーンは?


中川監督 僕は、光石(研)さんが小便をしてる所で、(渡辺)大知くんと松本さんが何となく気まずく顔をも合わせてるシーン、松本さんが最高の反応をしてくれてるんですよね。銀次が何か面白いことが言える甲斐性のある男だったら別のシーンになるんだけど、それは出来ない。澪さんもどう反応して良いか分からない。あの時の表情は、女性じゃなくて子供の表情だな、と。「少女としての恥じらい」じゃなく、子供が見てはいけないものを見た時の「どう反応して良いか分からない」になってるのが、僕は凄く素敵な演技だと現場で思ったんです。


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MC. 私は、銭湯で水を掬うシーンが凄く印象的でした。


松本 ここだけ凄く特殊な演出だったと思っているんです。お湯の温度を確かめるんですけど、手を伝うお湯の流れを慈しむ。その後お湯を出すんですが、そこから現実に戻るのかな、と。だから、この瞬間はちょっとファンタジーな感じでした。周りの人は、「え、どういうこと?」みたいな(笑)……


中川監督 スタッフは、ポカンとしてましたね(笑)。


松本 でも私は、凄く面白いな、と。「楽しそう!」と思って、「やってみます!」って。


中川監督 この映画で一番言いたかったことは、水に触れれば気持ちいいし、風を感じれば気持ちいい……そんな素朴な小さい「気持ちいい」ものに回帰して良いんだということ表現したかったんです。作業の中で自分の成長を感じる瞬間、彼女は違う世界にいるような気がして。それまで彼女を観察するような視点で撮ってたんですけど、あのシーンは彼女の心象風景として撮りました。だから、光を特殊にするために、浴槽の下にガラスを貼ったりしたんです。照明の人がガラスを敷いてる時、ずっと潜ってて死んじゃうんじゃないかと思いましたけど(笑)。


松本 1人の方が足を持って、上半身ずっとお湯の中でしたよね(笑)。


中川監督 いじめの現場みたいになってて(笑)。


松本 「内側に入り込む」っていうのは、何か凄く腑に落ちました。他の映画では一杯あると思うんですけど、この映画では内側に入り込むことをしてなくて。でも、湖に入った時は内側に入ってたと思います。澪の内側に入る瞬間って、やっぱり水に触れてるシーンなんだと、今思いました。


MC. もう一度観たくなりました。


中川監督 本当にささやかな映画ですけど、この場所、映画で描かれてるお風呂屋さんも先月閉まることになってしまいました。横丁も取り壊しになるという話も聞こえてきて、ドキュメンタリーで出てきたお店も幾つか既に無くなっています。そういう所が描かれているからこそ、少しでも多くの方に観てもらえたらと願っています。この映画の最初のお客さんになっていただいて、本当に感謝しています。


松本 今日はこんなに沢山の方に観ていただいて、私はこの映画が大好きなので、凄く嬉しい思いが一杯です。日常生活で疲れちゃうこと、大変なこと一杯あると思います。自分が人と比べてダメなんじゃないのかと思ってしまう時もあると思いますけど、お祖母ちゃんが言ってたように「できることから、ひとつずつ」変えていくことで自分を好きになることに繋がると思いますし、見えるものも沢山あるんじゃないかと私は信じています。私も頑張りますので、一緒に頑張りましょう。


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映画『わたしは光をにぎっている』

11月15日(金) 〜

新宿武蔵野館

伏見ミリオン座

ほか 全国公開


松本穂香


渡辺大知 徳永えり 吉村界人

忍成修吾/光石研/樫山文枝


監督・脚本:中川龍太郎


主題歌:カネコアヤノ「光の方へ」


配給:ファントム・フィルム


『わたしは光をにぎっている』公式サイト

http://phantom-film.com/watashi_hikari