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2019年8月17日(土)、夏休み真っ盛りの夕暮れ時、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町)のある横丁は黒山の人だかりが出来た。

年に一度のお楽しみ、【モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】が開催されたのだ。


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『情熱の映画祭は、夜ひらく【第4回 モーレツ!原恵一映画祭】』

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今回で6回目となる【モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】での上映作品は、『河童のクゥと夏休み』(2007年/138分)。

そう、だからこそ【第6回 モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】は、夏休みに開催されたのだ。


前回『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(2002年)が上映された【第五回もーれつ!原恵一映画祭いん名古屋】の時に大好評だった『『ロジウラのマタハリ 春光乍洩』(名古屋市中村区椿町)とのコラボメニューは今回も健在で、映画祭スタッフこだわりの「クゥライス」「キュウリの一本漬け」が映画祭開催日のみ限定で提供された。

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そして、ゲストはもちろん原恵一監督。

また、今回はスペシャルゲストとして、作画監督の中村隆氏が登壇した。


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原恵一監督 皆さん、本日はお越しくださいましてありがとうございます。


中村隆 今日は暑い中、本当にありがとうございます。美術をやらせていただいた中村と申します。


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高橋義文(映画祭園長) 今、本編を観終わったばかりなんですけど、パイロットフィルムを上映したいと思います。


今回の【第6回 モーレツ!原恵一映画祭 in 名古屋】では、特別企画として『河童のクゥと夏休み』のパイロット版も上映されたのだ。


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高橋 そもそもパイロットフィルムは何故作られたんでしょうか?


原監督 最近はあんまりこういう段取りを経て作られる作品はなくなったのかもしれないですけど、この作品に関しては(事前に)脚本を書いてないんですよ。企画書とプロットくらいしかない知名度の無い作品を作るのに、製作委員会の人たちにプレゼンする為の映像なんですよね。


柴田英史(映画祭組長) プロットをそのまま映像にしたような?


原監督 今じゃちょっと考えられないんですけどね。(今は)脚本の決定稿があって、代理店とかテレビ局、映画会社にプレゼンする訳なんですけど。この作品に関しては、そんなのが無かったので、それじゃ作ろうということで作った物ですね。


柴田 では、シンエイ動画のスタッフで作った物なんですか?


原監督 今久しぶりに観たんだけど、テレビ局のシーンからラストまでは、湯浅(政明)さんが描いてましたね、原画は。


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高橋 中村さんは、パイロットフィルムにはどのくらい関わられたんですか?


中村 いや、もう全部。自分が全部描いた訳じゃないですけどね、多分もう1人2人くらい。


柴田 パイロットフィルムの時点で美術監督をやられるプランだったんでしょうか?


原監督 (映画製作が)実現する時には、そのまま中村さんにお願いしようと思ってました。


中村 パイロットの前に、駅とか、遠野とか……


原監督 ああ、(ロケハンに)行ってましたね。


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高橋 美術監督とは、どういった役割なんでしょうか?


中村 キャラ以外のものの設定と、色味だったり、全部を決めていくんです。


原監督 見本を描くんですよ、「このシーンは、この色」、「こういうトーン」という感じで。背景ボードという物を中村さんが描いて、俺との間でやり取りがあって、OKになったら中村さんも含めスタッフがそれに基づいて背景を描くという。


柴田 基本設定みたいなものですか。


中村 そうですね。最初にやるのは、設定……例えば『河童』だったら、上原家の間取りから、家の中の物をどうするか決めて。壁など基本の色が決まったら、色んな時間帯の風景を決めて、原さんに見てもらってOKだったら背景スタッフに渡して、描いてもらうんです。


原監督 実写で考えると、撮影、照明、美術、それを全部やるのがアニメの美術の仕事になるんです。あと、ディティール。細かく描くのか、あっさりさせるのかとか、トーンを強くするとか。映画作品になると、相当重要な仕事になるんです。


高橋 原監督の信用があって、中村さんに『河童のクゥ』の美術監督をお願いしたということですね?


原監督 そうそう。


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高橋 本編を製作するにあたって、新たにロケハンされたんですか?


原監督 行ってないですよね?


中村 遠野は、最初に1回だけですよね。あとは、(東京都)東久留米の辺りと、東京タワー、それからテレビ局ですか。


原監督 僕は、パイロット以前にプライベートでも遠野は4〜5回行ってると思うんですよね。


柴田 それは、『河童のクゥ』以前から?


原監督 もちろん(『河童のクゥと夏休み』を)作りたいということもあって、取りあえず行ってみよう、と。暇な時期があったんで、行ったら何かがプラスになるかな、くらいの気持ちで。


高橋 ロケハンに行ったことによって、生まれたシーンはあったんですか?


原監督 日本で河童伝説が一番濃厚にある場所は遠野だと思うんで、そこはやっぱり行ってみないといけないと思っていたんですよね。僕の実家の群馬県と非常に似た雰囲気の場所なんで……見慣れてる景色で、あんまり新鮮味は無かった(笑)。自分にとっては懐かしい雰囲気の場所を、大人になって新たにレンタサイクルを借りて、田圃の中の道を走ったり、それなりの面白さはあったんですけど。康一は東京の子と言っても東久留米の辺りは田舎っぽい場所なんで、彼にとっても馴染みの無い景色じゃないとは思ってましたね。ただ、小学校5年生の子供が他の人に内緒でこっそり河童を連れて遠野に旅をするっていう「冒険感」は、皆に伝わってほしいなと思ったんですよね。それが、どれくらいワクワクすることなのか。小学校5年生が新幹線に乗って遠野まで行くっていうのはとても不安だけど、同時に「初めての冒険」っていう意味合いもあると思うんですよね。


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高橋 『河童のクゥ』が作られた2007年くらいから、アニメーション作品の舞台を巡る「聖地巡礼」が流行ったような気がするんです。


柴田 流行り始めたくらいの時期だったかと思いますね。


高橋 『河童のクゥ』も、そういうのを意識されたんですか?


原監督 いや、僕の作品は全然意識してなかったですね。ただ、僕がそれまで作っていた作品たちっていうのは余りリアリティが無い作品が多かったんですが、『河童のクゥ』に関してはちゃんとモデルの場所があったので。康一の家とか、東久留米での位置関係とか、そういうものをなるべくリアルに描いていこうと、かなりむきになってやってた記憶がありますね。


柴田 美術を担当されてる中村さんとしては、た聖地巡礼について如何ですか?


中村 自分は、あんまりよく分かんないですね。


柴田 中村さんがそれまで関わられた作品には、そういった聖地巡礼は無かったですか?


中村 そんなに……無かったです。舞台というのはあっても、そこまでちゃんと作りこんだのが無かったですね。色々実際の物があるとリアリティは出るんですけど、逆にあるが故に嘘吐きにくくなったりするんで、どっちもどっちかなと思います。そのまんまの所があると、描く前に色々調べて描かないといけなかったりするんで、そういうのに意外と時間を取られたり。


原監督 そろそろ一周回って、「もう良いんじゃない?」って感じはするんだよね。特に最近のアニメーション映画だと海外とかにやたらロケハンに行くんだけど、「意味あるのかよ?」って(場内笑)。


中村 行くなとは言わないけど、ね(笑)。


原監督 いやぁ……ただの慰安じゃねえかな(場内笑)。海外のロケハンは意味ないなと思ってて。よっぽどの僻地……南極とか北極とかは行く価値あるとは思うけど。今時、調べればすぐ見れるじゃん。例えばパリの何区の何処っていったら、街並をすぐ見れるから。「この町のここを、このアングルで使いたい」って、わざわざスタッフが同じ所に行って、監督とかが指示したカメラの画角で写真を撮ってくるとか……そんな無駄な、馬鹿なことをやってるって聞いて(場内笑)。今本当に問題なのが、アニメーターでレイアウトを描けない人が多くなりすぎてて。資料が無いと描けないんだよね……「資料ないですか?」って。「パリだよ、パリ!調べろよ、それくらい。調べるのも、お前の仕事だろ?」(場内笑)って思うんだけど、「描けません」って。ライターとかペンとか小道具1つ取っても、「どんなライターですか?」「どんなペンなんですか?」って……「そんなの、お前考えろよ!」って、本当思うんだよね。僕が作ってるアニメでもそういう面倒臭さはどんどん感じてるんだけど、何かもう良いんじゃないかな、そろそろそういうのは。そこで「リアリティが無いから手を抜いてる」みたいなことを言われるのが、アニメーターは嫌なんだよね。それは手を抜いてるんじゃなくて、アニメーターがやらないといけない仕事なんだよ。監督もそうだけど、アニメーターは勉強しながら仕事するものだから。「設定ないから、描けませーん」みたいな態度を取る人が多いんだよね。特に、若い人。それは、ちょっと問題になってるな。実際の場所がモデルになるって言うと、写真からレイアウトを起こすやり方が多くなってるんだよね。写真をトレースして、アニメーターの仕事をやったと思ってもらっちゃ困るんだよね……それなら写真をコピーしてレイアウトにして、その上にキャラ乗せれば良いだけだから。何を省略して、何を足すか、そういうことまで考えてくれないと困る訳ですよ。


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高橋 お2人の最近の作品『バースデー・ワンダーランド』で、アカネとチィが行く世界は海外の実際の場所を意識されたと聞いたことがあるんですが?


原監督 でも、現実の場所をそのまま使ったってことは無いよ。異世界に関しては、ロシア人のイリヤ・クブシノブが、僕と相談しながら全部描いてくれて。「こんな風景のイメージで」って言って、建物とか作ってもらったりして。それを中村さんがクリンナップして、色を考えて作っていった。


中村 イリヤさんが作ってくれた設定を、空気感であったり、よりリアリティのある世界に作り上げていったんです。『河童のクゥ』だと、夏が始まらないとどうにもならない。最初の梅雨の時季とか、夏の東京のもわっと暑い感じを、空の色だったり、照り返しだったり、色々な要素あるんですけど、それを決めるまでが結構何テイクもあって。


原監督 最近のアニメーションの作り方は、最初に美術ありきなんです。『河童のクゥ』みたいなハイコントラストだと、キャラクターに影が付かないとおかしくなる。地面にちゃんと同じ方向に影を付けるのは、通常のアニメーションだと手間が増えるから中途半端なコントラストになるんだけど、僕は真夏の昼間にアスファルトが照り返しで光って影が物凄く濃く落ちてるのが良いと思って。中村さんは多分「ここまでやっちゃって良いんですか?」って思ってたと思うんだけど、「良いんです。キャラクターにちゃんと影を付けますから」と。


中村 光の強さだけだとコントラストを付ければ光がバッと当たった感じになるんですけど、「そうじゃなくて、暑くして」って(場内笑)。まずコントラストを付けてから、そこまで持ってくのが結構大変でした。本当に、ちょっとした色だったり、色んな要素で。


原監督 意外と、ディティールの問題じゃないと思うんですよね。思い切った陰と陽を1つの画面に表現するのが、僕の欲しかった部分で。


中村 パイロットの時はまだそこをちゃんと詰めてなくて、今観ると本編と比べて甘い感じがしますね。


原監督 アニメーションの映画を観て、夏の暑さを感じる作品がなかったんですよ。それをやってやろうと思って。美術に於ける色彩設計の大胆さというのも必要だと思ったんです。明るい部分は上げて、影の部分は落とす。ただ、そこに凝り始めると切りがない。昔はキャラクターの色なんて絵具が高々170色しか無い中で全部決めてたのが、今は色数も無限になって。僕がアニメ業界に入った頃なんて、夜のシーンだってキャラクターは明るかったしね。デジタルになってアニメーションの表現力は進んだと思うんだけど、「テレビだったら暗すぎて見えないんだけど、映画だったらここまで行けるだろう」みたいな判断を迫られるような場面は多くなりました。


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この後、映画祭では恒例の大抽選会が行われた。

合計18点ものプレゼント総数、内容の豪華さに加え、中村美術監督が番号を引き原監督が読み上げるという「共同作業」で、ファンには本当に堪らないイベントであった。


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柴田 最後に、お2人の近況をお願いします。


中村 今『空の青さを知る人よ』(監督:長井龍雪)という10月11日公開の作品が……あと10日ほどで完成する予定なんですが、まだ全然終わってなくて(笑)。頑張りますので、是非よろしかったら(場内拍手)。


原監督 僕は次の作品を準備中というか、もうタイトルも決まってるんですけど、また中村さんがやってくれるということで(場内拍手)。僕が怠けていて、まだ何も進んでいないんですが(笑)。


高橋 公開時期は?


原監督 一応、再来年という感じかなあ……分かんないな、でも(笑)。


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柴田 あと、『バースデー・ワンダーランド』のDVDが11月に出るんですよね?


原監督 ああ、そうなんだ(場内笑)。


中村 こないだパッケージの中身を描いたのですが、盤のところが面白い仕掛けになっていますので。……「仕掛け」って言うほどじゃないかな(笑)。でも、描き下ろしで。


原監督 一応、ブックレットの取材を受けました。特典として、付きます。ちなみに、歌を歌ってくれたmiletさんは、子供の頃に本当に『河童のクゥ』が大好きで、『河童のクゥ』に随分助けられたという話を(『バースデー・ワンダーランド』公開)初日に聞かせてもらって。「そういう影響力のある作品を自分は作れたんだ」という喜びはあるよね、そんな子がシャンと立派なアーティストになったんだと思って。miletさんは『クゥ』を観て一人で遠野に行ったって言ってたんで、それは嬉しいなと思ってね。ちょっとだけ誰かに一歩を歩み出させるような作品になれたというのは、僕の凄い自慢だし。この前フランスに行ったら、未だに『河童のクゥ』は上映されてて、それを観て遠野に来るフランス人も結構いるらしくて。作ってる時は、全然そんなとこまで考えてなかったですけどね。作ってる当時は意外と分かんないものだけど、映画にはそういう人を動かす力があるんだ、と。公開してから12年だけど、子供の頃に観た子たちが大人になって、今もまだ何かで迷った時にちょっとだけでも力になる作品になれたということは、僕も凄く嬉しいです。親から子へ、子から孫へ、じゃないけど、これからもそんな作品であってくれたらと思ってますよ。


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映画祭終了後に開かれた打ち上げの席で、中村氏もこう言った。


「『河童のクゥ』は、これ以上の作品を死ぬまでにやれるかどうかなっていう作品で、関われたのは本当に嬉しく思ってます。これをやれたおかげで未だに原監督とお付き合いできてるという本当に大きな作品で、皆も長年愛してくださって。もっとどんどん下の世代にも観てほしいなと思います」


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どんなに年月を経ようとも、必ず夏はやって来る。

『河童のクゥ』の、夏が——。


シネマスコーレ公式サイト

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html


ロジウラのマタハリ春光乍洩 公式サイト

https://www.cafematahari.com


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