わずか281句の自由律俳句を遺し、夭逝した俳人・住宅顕信(すみたくけんしん)の短い人生に肉薄した映画『すぶぬれて犬ころ』が、いよいよ名古屋でも公開される。
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自由律俳人・住宅顕信が、よみがえる!本田孝義監督『ずぶぬれて犬ころ』レビュー
7月27日(土)名古屋シネマテーク(名古屋市千種区今池)での初日に先駆け、本田孝義監督にインタビュー取材することが出来た。
句が刺さったんです
Q. 住宅顕信との出会いを教えていただけますか?
本田孝義監督 2002年に精神科医の香山リカさんが書いた住宅顕信についての本を読んで、顕信さんの句集読んだのがそもそもの出会いです。それまでは知る人ぞ知る存在だった住宅顕信さんが、全国的にちょっとしたブームになったんです。顕信さんは岡山の人だったので、岡山でも大きな盛り上がりがあったんですが、2002年に岡山でドキュメンタリー映画を撮っていた僕の中では、その時は読んだだけで終わっていたんです。それが、仕事のことなどで躓いて精神的に落ち込んでいた2014年頃、何故か「ずぶぬれて犬ころ」という句が自分の中に蘇ってきたんです。多分、顕信さんはどこかで雨に濡れた犬を見かけて、その姿に白血病の自分を重ねた句じゃないかと思うんですけど、改めて顕信さんのことが気になり始めたのが、今回の映画を作る一番の出発点です。本を書かれた香山さんは精神科医をやられてて日常的に人の悩みを聞かれてる方ですけど、病状によっては「頑張れ」は禁句だったりするじゃないですか。顕信さんは病のことを詠んでる句が多いんですけど「頑張れ」とは決して言ってなくて、特に躓いてる若い人が読むと、そんな句が凄く刺さるみたいで……僕は、若くないですけど(笑)、45歳の中年にも顕信さんの句が刺さったんですね。
劇映画って、面白い
Q. 今回はプロデューサーもやってらっしゃって、映画化へのご苦労も色々あったのではないですか?
本田監督 僕はこれまでドキュメンタリー映画を作ってきたので、最初この映画もドキュメンタリーとして企画を考えてたんです。でも、30年以上前に亡くなってる方のドキュメンタリーを作る方法としては、ご家族や生前の顕信さんを知ってる方のお話を聞いて、色んな方の証言を集めることしか基本的に出来ない……映画として面白くなる気がしなかったんですよ。映画としては、顕信さんのことをそのまま劇映画にした方が面白いと思ったんです。僕は学生時代しか劇映画をやっていなったんですけど、踏ん切れた理由としては、2013年に渋谷の商業施設「ヒカリエ」の開館一周年記念映画『ヒカリエイガ』のプロデューサーをやった経験があったからです。『ヒカリエイガ』は8編のオムニバス映画で、1フロア1監督という作り方だったんですが、企画自体僕が言いだしっぺだったんで逃げられなくなったんです(笑)。営業中は撮影できないし、予算も限られていたんですが、澤田サンダー監督や、加藤綾佳監督、井口奈己監督などが集まってくれました。僕はプロデューサーとして纏め役みたいなことをやっていて、各監督が企画を立ち上げるところから、仕上げるところまで、1晩で撮影する現場にも立ち合いました。8人の監督は全員劇映画を撮られたんですけど、僕は久しぶりに8本の現場に立ち会って、劇映画も面白いと思ったんです。無謀なことに「僕も出来るんじゃないか?」と勝手に勘違いしたんですね(笑)。『ずぶぬれて犬ころ』でも、主演の木口健太さん、鈴木昭彦(撮影)さん、山口文子(脚本)さんなど、『ヒカリエイガ』に関わってた方が色々と関わってくれています。僕は劇映画が初めてで人脈もないので、一度仕事をした人の力を借りたんです。ドキュメンタリーは撮って、編集して……1人でも頑張れば何とかなる世界だったんですけど、劇映画は人数も多くなるので制作費も掛かります。予算規模の参考になるので企画書より脚本が良いと言われ、先に脚本だけ作って、東京や岡山の映画関係の人にお話をしてたんですけど、最初2年くらいはお金が全然集まらなくて。そうなると自主映画の場合はポシャることも多いんですが、協力してくださる人も出てきて少しは見通しも立ったので、クラウドファンディングにも踏み切れたんです。最終的に、もう一つ制作費として、岡山で空き家になっていた自分の実家を売りました(笑)。
人によって読むリズムが違う
Q. 住宅顕信の映画は史上初だと思いますが、色々調べると自由律の俳人を主役にした劇映画は今までないようです。公開後、反響も大きかったのでは?
本田監督 たくさんの俳句をやってる方が観に来てくれています。劇場で直接感想を聞く中で、俳句は知っていても自由律俳句を知らないと言う方が結構いらっしゃいました。今回の映画には顕信さんの句が33句出てくるんですが、小堀明彦(演:森安奏太)が台詞として言ってるシーンと、文字として出てくる句があります。文字の方は、無理矢理読まそうとしたくなかったので、ナレーションも入れませんでした。俳句をやる人が「俳句は文字として読んだ時、人によって読むリズムが違う」と話してましたので、音声が付いていない、観る人が自分のリズムで読むというのは結果的に良かったと思います。俳句関係の映画で、僕は『ほかいびと 伊那の井月』(2012年)が好きです。田中泯さんが放浪の俳人・井上井月(いのうえせいげつ)を演じていて、ドラマの部分と、素の田中泯さんが井月の所縁の地を訪ねるというドキュメンタリーが合体してるメタな映画なんです。
ずっと森安奏太くんを観ていた
Q. ストーリーとして、いじめられる少年を取り入れたのは、どんな意図があったんですか?
本田監督 それは、脚本家の山口文子さんのアイデアなんです。山口さんは短歌を詠む歌人でもあるんですけど、映画に出てくる顕信さんの33句は全部、281句の中から山口さんが選んでます。脚本を書く前のプロットで、山口さんから「何故、住宅顕信のことを映画にしたいんですか?」と聞かれて、僕の気持ちを伝えると、現代のいじめられてる少年が顕信さんに出会うという粗筋を出してきたんです。顕信さんの生涯を描こうと思っていて、現代パートは考えてなかったので、僕は二日くらい悩んだんですけど、顕信さんの句が今どんな風に受け止められるかを映画にするのも面白いか、と。撮影してる時はどういう風に受け止められるか分からなかったですけど、公開して賛否両論あるんですが、僕が思っていたよりは前向きに受け入れられてる感じがします。森安(奏太)くんは撮影当時は本当に岡山の中学生で、こんな大きな役をやったのは初めてだと思います。彼は5年くらい前に出来たテアトルアカデミー岡山校の所属です。住宅恵子役の原田夏帆さんも同校の所属で、顕信さんのお母さん役の八木景子さんはテアトルアカデミーの先生です(笑)。森安くんは去年4月の高校進学を機に、本格的に俳優の勉強をするために東京で活動してます。この映画の企画をしている時に、たまたまテアトルアカデミー岡山校の第1回の舞台発表会があったんです。もう脚本は出来てた時期だったので、「少年(明彦)は誰が良いだろう」と考えていた時で。その舞台で森安くんは脇役で、遠目で観た時は女の子に見えたんですけど、声が低くて……凄く気になって、脇役なのにずっと森安くんを観てたんですよ。後から原田夏帆さんに「私、主役だったんですよ!」って言われたんですけど(笑)。ちなみに、演出をしてたのは八木景子さんです。舞台が終わった後にロビーでお客さんを迎えている素の森安くんを観察して、彼なら凄く重要な少年の役を出来るかもしれないと思ったんです。ただ、それで決まった訳ではありません。今回のキャスティングだと、仁科貴さんと田中美里さん以外は全員オーディションでした。