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芸術作品に触れる時、しばしば私たちは、作品よりも作者が気になってしまう。


作家は、有名なのか。

評価は、如何なのか。


作品を観る眼も、感じ取る魂も持ち合わせない私たちは、値踏みをしてしまうのだ。


だが、そんな下賤な行為を、超然と笑い飛ばす作品に出会うことがある。


「咳をしても一人」

と、尾崎放哉は詠んだ。


「まつすぐな道でさみしい」

と、種田山頭火は詠んだ。


共に、自由律俳句の巨人である。


そんな五・七・五の字数にとらわれない自由な俳句を愛し、夭逝した俳人、住宅顕信(すみたくけんしん)が脚光を浴びている。

その25年という短い人生に肉薄し、時代を越えて在り続けんとする気概に溢れた映画が完成した。


タイトルを、『すぶぬれて犬ころ』という。

監督は、『船、山にのぼる』(2007年)、『モバイルハウスのつくりかた』(2011年)、『山陽西小学校ロック教室』(2013年)など優れたドキュメンタリー映画を世に送り続ける、本田孝義監督。

『すぶぬれて犬ころ』は、本田監督にとって初の劇映画となる。


『ずぶぬれて犬ころ』ストーリー

中学の教頭を務める諸岡(脇田敏博)は、放課後の誰もいないはずの教室で物音に気付く。調べてみると、掃除用具入れのロッカーに小堀明彦(森安奏太)が閉じ込められていた。いじめを直感した諸岡の問い掛けに、明彦は固く心を鎖す。

乱雑に放り出された明彦の荷物を拾い上げる諸岡は、教室の床に落ちている貼り紙に気付く。「予定は決定ではなく未定である」それは、かつての教え子、住宅春美(すみたくはるみ)が書いたものであった。諸岡は、40年前のことを明彦に語り始める。


住宅(木口健太)は漫画家を目指していたが、中学卒業後はレストランで働きながら調理師学校に通い始める。その後、仕事を変わった挙句に、浄土真宗の僧侶となり法名「顕信」を名乗り始めた頃、彼はまだ22歳であった。結婚、懐妊の報告を受けた諸岡は、生き急ぐような顕信に驚きを隠せない。


諸岡から住宅顕信の句集「未完成」を借りた小堀は、彼が今も俳句を詠んでいるのか尋ねる。諸岡は「生きていれば、続けていただろう」と言う。住宅顕信は1987年、急性骨髄性白血病により25歳の若さで亡くなっていたのだ――。


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作品の良さを理解できず「値踏み」をしてしまう私たちでも、衝撃を受けざるを得ない……そんな作品も、世の中には数多く存在する。

「衝撃作」に出会った私たちは、どうするか……作者のことを知ってみたくなるのだ。

そう、作品を値踏みする行為と同じである……皮肉なことだ。


自由律俳句の世界に触れると、住宅顕信の作品を読むと、『ずぶぬれて犬ころ』を観ると、そんな不可思議な心の動きを体験できる。

自身の全てを掛けて作品を研ぎ澄ませていくのが、芸術家という生き方なのだ。


劇中にも登場する句誌「層雲」の礎を築いた荻原井泉水は、

 

「句材は一草一木の真実を観取すべし

 句体は一作一律の自在を志向すべし

 句会は一期一会の随縁を享受すべし

 句境は一生一路の信念を護持すべし」


と、言った。


芸術作品とは、作家の生き様を投影し、時代を越えて遺るものなのだ。


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主演で、住宅春美、顕信を演じるのは、『おんなのこきらい』(監督:加藤綾佳)『傀儡』(監督:松本千晶)の木口健太。

迫真の演技で「人間・住宅春美」を表現し、今までにない新境地を見せる。

顕信は、劇中で10年ほどしか齢を経ていないのであるが、観客にはその数倍の加齢を感じるような錯覚に捉われる。

それはまさに生き急いだかのような夭逝の俳人の生き様が投影されており、木口の圧巻の演技が見事に結実している。


顕信の壮絶な人生を支えたのは、仁科貴(『劔岳 点の記』監督:木村大作、『アウトレイジ 最終章』監督:北野武)、八木景子(『ういらぶ。』監督:佐藤祐市、『BD~明智探偵事務所』監督:名倉良祐)、原田夏帆(『菊とギロチン』監督:瀬々敬久監督)が好演する家族たちだ。

仁科貴の父・川谷拓三が主演を務めたTVドラマ『3年B組 貫八先生』では、住宅顕信と同じ自由律俳句の巨匠である種田山頭火が紹介されていたことも、何か因縁めいたものを感じる。


そして、現代を生きる中学生、小堀明彦を熱演した森安奏太に是非とも注目してほしい。

「現代パート」では、脇田敏博や田中美里(特別出演)と共に、この生きづらい世の中を表現する。

その中でも、森安の登場シーンは特段に重苦しく、時には目を背けたくなるような凄惨な場面も多い。

そんな難役を果たした2002年生まれのフレッシャー・森安奏太がいたからこそ、タイトルコールの激情を生んだのだ。


ずぶぬれて犬ころ

住宅顕信が遺した9音節の短律句が、30年の時を越え、生き惑う魂に火柱を放つ。


顕信の句が放つ衝撃に打たれたのは、本田孝義監督ご自身だったのであろう。

そして、映画を観る私たちも、また打たれるのだ……霹靂火の如き衝撃に――。


映画『ずぶぬれて犬ころ』

全国順次公開中


7/27(土)〜

名古屋シネマテーク(名古屋市千種区今池)

※7/28(日) 舞台挨拶(登壇予定:本田孝義監督、脇田敏博)※


出演:

木口健太

森安奏太、仁科貴、八木景子、原田夏帆


脇田敏博、坂城君、柳田幸則 、渡辺厚人、金本保孝 、大岩主弥、宇田由美子

村上遥、寺角恵美 、俣野信和、三村晃庸

藤田京子、中嶋裕、網永成利、高橋和美 、田中芙実枝

講﨑香月、笹倉史子、木村隆信、井川翔太、鈴木颯、古山琥晶


田中 美里(特別出演)


監督:本田孝義

原作:横田賢一「生きいそぎの俳人 住宅顕信―25歳の終止符」(七つ森書館刊)

脚本:山口文子

撮影:鈴木昭彦

録音・整音:高島知哉

美術:小林大記 田渕英明

編集:松尾太加志

音楽:池永正二

テーマ曲:「blast」あらかじめ決められた恋人たちへ Music by 池永正二

キャスティング:東敬一

衣装:井上瑞穂

ヘアメイク:難波由華 眞鍋佳代子 金谷留美 多田朱里 笠石はなえ

読経指導:本田勇慈

アクション指導:大岩主弥

撮影助手:国枝淳志 深谷祐次

録音助手:伊豆田廉明

助監督:岸本景子 岡村祭冬 


『ずぶぬれて犬ころ』公式サイト

https://zubuinu.com/


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