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映画館のシートに身を沈める時、極上の幸せを味わう。

そんな映画ファンは多いだろう。


客電が暗くなり特報映像が流れると、必要に応じて目を閉じる。

作品によっては、情報を極力入れたくない映画もあるのだ。


暗くなっていた照明が消え、予告編が始まる。

これから始まる素晴らしい(で、あろう)映画本編のために、目と耳を慣らしておく。


オープニングクレジットも、見逃さない。

作品によっては、演出の一部かもしれないのだから。


そして、いよいよ待ちに待った、映画の本編が始まる。


“This Story is Mostly True.”

「この物語のほとんどは、実話である」


……何かを思い出したりはしないだろうか?

そうだ、『明日に向って撃て!』(1969年)の冒頭と同じ字幕ではないか!


映画界のレジェンド、ロバート・レッドフォードが俳優引退作として、自らプロデューサーも手掛けたエンターテイメントが、いよいよ日本でも公開される。


その名も、『さらば愛しきアウトロー』(原題:The Old Man & the Gun)。

レッドフォードが最後に演じるのは、生涯誰も傷つけなかった脱獄と銀行強盗の常習犯、実在したアウトローだ。


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『さらば愛しきアウトロー』ストーリー

1980年代初頭、アメリカ。銀行から微笑みを浮かべ、悠々と白いセダンに乗り込む一人の老紳士がいた。彼の名は、フォレスト・タッカー(ロバート・レッドフォード)。職業(?)は、銀行強盗だ。車を乗り換えても振り切れない州警察とハイウェイでカーチェイスを繰り広げ、車の故障で立ち往生していたジュエル(シシー・スペイセク)に手を貸すことで、まんまと追跡を躱す。

微笑みながら内ポケットに忍ばせた拳銃を見せるだけで現金を強奪する彼の手管は鮮やかで、偶然居合わせた刑事ジョン・ハント(ケイシー・アフレック)も気付かなかったほどだ。それどころか、彼と対峙した窓口係や支店長は、フォレストの紳士的な振る舞いを称賛するほどであった。ハント刑事が捜査を進めると、同様の手口による未解決強盗事件が多数あることに気付く。

フォレストは、単独犯とは限らない。テディ(ダニー・グローヴァー)、ウォラー(トム・ウェイツ)という、信頼のおける仲間もいる。三人は、かつて経験したことのない「大仕事」を計画し、見事に成功させる。しかし、ハントらの捜査により余罪が次々と明らかになったフォレスト達は「黄昏ギャング」として時の人となっており、それまでになかった苦境に立たされることになる――。


実在のフォレスト・タッカーは、1920年アメリカ、フロリダ州生まれ。

18回もの脱獄を成し遂げ、華麗な手口で銀行を襲っていた異色の「ギャングスター」である。

1979年サン・クエンティソ刑務所からカヤックを自作して脱獄したで名を馳せ、初老のメンバーで構成された「黄昏ギャング」と共に、1980年代初頭に数々の銀行強盗をはたらいた。

2004年、獄中で没。83歳であった。


ロバート・レッドフォードは、歳を経てなお、健在である。

今もなお、伝説の俳優である。

言わずもがな、『さらば愛しきアウトロー』でも文句なしの名演を見せる。

だからこそ、今の今まで「足を洗う」ことが出来ずにいたのだろう。


この生き様は、取りも直さず劇中のフォレストあるに、否、実在したアウトロー、フォレスト・タッカーと符合する。

レッドフォードが役者人生の最後に選んだ役は、自らの現身(うつしみ)だったのだ。


そして、誰も傷つけなかったというフォレスト・タッカーの逸話は、ロバート・レッドフォードの出世作『明日に向って撃て!』を思い起こさせる。

もっともそれは、レッドフォードが生涯大切にしている役名「サンダンス・キッド」より、ポール・ニューマンが演じた「ブッチ・キャシディ」を想起させるエピソードではあるが。


そんなスペシャルな1本を、映画人たちが大切に思わない訳がない。

脚本・監督を担当したのは、『セインツ-約束の果て-』(2013年)のデヴィッド・ロウリー監督。

ロウリー監督は、『ピートと秘密の友だち』(2016年)でレッドフォードとタッグを組んでおり、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017年)はレッドフォードが主催する【サンダンス映画祭】で観客賞にノミネートされるなど、ロバート・レッドフォードと縁が深い。


1980年生まれの俊英であるデヴィッド・ロウリー監督であるが、『逃亡地帯』(1969年)、『出逢い』(1979年)といった、往年のレッドフォード作品へのオマージュを、そこかしこに散りばめている。

そして、拘りの極めつけに、本作をスーパー16(16mmフィルム)で撮っているのである。


フィルムで撮られた作品は、そのデジタルでは表現できない色調で、今なお映画ファンを魅了し続けている。

だが、フィルムが人々に愛される理由は、色だけが原因ではない。

フィルムにあってデジタルにないもの、それは「揺らぎ」である。


カメラは如何に改良を加えたとしても、中で送られるフィルムの原理的な振動を防ぐことが出来ない。

そんな微妙な震えは、現代の技術でデジタル編集を施したとしても、完全に消すことは出来ない。

これは、眼球という器官で認識した視覚情報を処理する脳髄の働きに近いものがあろう。

私たちが備えている「カメラ」は、基本的にハンディ(固定されていない)なのだから。


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また、豪華な共演陣に注目してほしい。

俳優ロバート・レッドフォードの「最後の花道」に集結したのは、綺羅星の如き名優たちだ。


タッカーの「最後の恋人」ジュエルには、『歌え!ロレッタ愛のために』(1980年)でアカデミー賞®を受賞したシシー・スペイセク。

『キャリー』(1976年)や『歌え!ロレッタ愛のために』での衝撃を未だ忘れえぬ映画ファンは、『イン・ザ・ベッドルーム』(2001年)でのシシーの美しさに再び衝撃を受けたが、今作で三たび衝撃を受けることとなる。


また、「黄昏ギャング」のメンバーが、また揮っている。

テディには、『カラーパープル』(1985年)、『リーサル・ウェポン』シリーズ(1987年・1989年・1992年・1998年)のダニー・グローヴァー。

ウォラーは、2度のグラミー賞に輝くシンガーソングライターで、『ダウン・バイ・ロー』(1986年)、『セブン・サイコパス』(2012年)など演技でも定評があるトム・ウェイツ。


そして、黄昏ギャング団の「好敵手」ジョン・ハント刑事には、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016年)でアカデミー賞®を受賞したケイシー・アフレック。

『オーシャンズ』シリーズ(2001年・2004年・2007年)でもアフレックに夢中になった映画ファンも多いだろう。

デヴィッド・ロウリー監督作品は、『セインツ-約束の果て-』(2013年)、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017年)に出演している。


今作『さらば愛しきアウトロー』は、遊び心が溢れたエンターテイメントに仕上がっている。

ラストシーンのみならず、観る者の心を掴んで放さない「粋な演出」がそこかしこに散りばめられている。

思いもよらない展開が二度、三度と用意されているので、ワクワクしながら作品世界に浸かると良い。


……何かを思い出したりはしないだろうか?

そうだ、『スティング』(1973年)のようではないか!


「ほとんどは、実話」である、『さらば愛しきアウトロー』。

フォレスト・タッカーの物語には、ロバート・レッドフォードの役者人生には、どのような結末が用意されているのか――。


映画『さらば愛しきアウトロー』

2019年07月12日(金)

TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、伏見ミリオン座ほか全国順次ロードショー


『さらば愛しきアウトロー』公式サイト

https://longride.jp/saraba/


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