そろそろ暦は、6月、水無月。
今年は何でもかんでも定型句が付きまとうけれど、敢えて乗っかってしまおう……令和最初の梅雨がやってくる。
梅雨前線に負けない、人生の荒波だって屈しない、ハラハラ、一時ドキドキ、のちハッピーな旅が、今始まる。
誰にだって、一世一代の特別な旅立ちがあるものだ。
『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』ストーリー
インド・ムンバイの貧困地区、3人の子供たちが留置所に拘留されている。犯した罪により4年間の服役を余儀なくされた彼らに、面会に訪れた男は奇想天外な物語を聞かせはじめる。
貧しいながらも働き者の母ひとりの手で育てられたアジャは、母の願いに反して従兄弟たちと盗みやスリを生業として、ムンバイの貧民街を生き抜く。ある日、海外のインテリアショップのカタログを見たアジャは、いつの日かパリに行くことを心に誓う。パリは、会ったことのない父の生まれ故郷だ。
青年になってもアジャ(ダヌーシュ)は、子どもの頃に始めた詐欺まがいの大道芸を続けていた。だが、母の死を切っ掛けに一念発起、単身パリに渡ることを決める。とはいえ、裏稼業の顔役から「拝借」した金は奪い返され、アジャの手元にはパスポートと100ユーロの偽札が1枚あるだけであった。
フランスに着いたアジャは、気の好い白タクの運転手・ギュスターヴ(ジェラール・ジュニョ)の案内でパリの中心部へと向かう。観光客料金、所謂ぼったくりの金額だと分かってはいたものの、アジャは気前良く100ユーロ(偽札)を支払う。スリ返して自分の手に戻すことは、数々の手品を操るアジャにとって造作もないことだ。
憧れだったパリの家具店に足を踏み入れたアジャは、アメリカ人のマリー(エリン・モリアーティ)と出会い、恋に落ちる。デートの約束を取り付けて人生の絶頂のアジャ。だが、金欠ゆえに、こっそり売場に並ぶクローゼットを一夜の宿に選んだことで、彼の奇想天外な旅は長く長く続くことになるのだった——。
原作は、フランスの小説『IKEAのタンスに閉じこめられたサドゥーの奇想天外な旅』(小学館文庫)。
国境警備隊に勤務していたロマン・プエルトラスが、通勤中にスマホで執筆したという物語は、30か国以上の出版社に翻訳権が販売された人気小説となった。
メガホンを取るのは、『人生、ブラボー!』(2012年)のケン・スコット監督(フランス)。
世界各国で行なわれた撮影には国際色豊かなキャストが集い、スコット監督は情感豊かなハートウォーミング劇を小気味よい快作に仕上げた。
主人公・アジャを演じたのは、インド人俳優ダヌーシュ。
コミカルなシーンから、シリアスな場面、はたまた抜群のキレを見せるダンスも披露する難役中の難役だが、ダヌーシュはアジャの人物像同様に事もなく演じ切ってみせた。
さすがは、インドのスーパースター・ラジニカーントの娘婿だ。
そんなダヌーシュの圧巻の演技を、世界各国の俳優陣が真っ向から受け止める。
アジャと騙し合い(?)を見せるギュスターヴに、『幸せはシャンソニア劇場から』(2009年)のジェラール・ジュニョ(フランス)。
アジャの運命の女性・マリーには、『キングス・オブ・サマー』(2017年)のエリン・モリアーティ(アメリカ)。
アジャの旅の相棒・ウィラージに、『ブレードランナー 2049』(2017年)のバーカッド・アブディ(ソマリア)。
アジャと意気投合する女優・ネリーには、『アーティスト』(2012年)のベレニス・ベジョ(アルゼンチン)。
『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』は、フランス、アメリカ、ベルギー、シンガポール、インドの合作映画である。
96分というコンパクトな尺だが、随所に印象的なシーンが散りばめられ、まるで各国の映画作品を観ながら世界旅行をしている気分になる。
突如として始まる群舞シーンは、まるでインドのボリウッド映画だ。
スピーディな会話はトリアー作品?洒落の利いた掛け合いはゴダール?フランス映画も味わえる。
ノンセンスなミュージカルは、モンティ・パイソン風味。
追いつ追われつのローマでは、イタリア映画につきもののニーノ・ロータっぽい(?)BGMが流れる。
そして特筆すべきは、伏線回収が実に小気味良い、鮮やかなシナリオである。
脚本は、ロマン・プエルトラス、リュック・ボッシ、ケン・スコット監督による共同執筆で、原作者と監督が名を連ねているところに注目したい。
テンポの良い展開と、鮮やかな伏線回収。
これは、近年のボリウッド映画のヒット作に見られる特徴でもある。
『きっと、うまくいく』(2009年)『PK』(2014年)のラージクマール・ヒラーニ監督作品や、S.S.ラージャマウリ監督の『バーフバリ』二部作(『伝説誕生』2017年『王の凱旋』2017年)が記憶に新しい。
『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』は、スラップスティックなドタバタ劇に見せかけつつ、一本筋の通った骨太なストーリーラインが観客の心を掴んで離さない。
そして終盤、畳み掛けるように(半ば忘れ掛けていた……否、忘れていた)伏線が、パタパタと音を立てるように回収されていく。
これはもう、快感以外の何ものでもない!
あきらめないで、立て。
立ち止まらず、動け。
勇気を持って、走れ。
ご覧なさい。旅は、人生は、美しい。
感じなさい。夢は、映画は、面白い――。
映画『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』
2019年6月7日(金)〜 新宿ピカデリー、ミッドランドスクエアシネマほか全国公開
原題:The Extraordinary Journey of the Fakir
製作年:2018年
製作国:フランス・アメリカ・ベルギー・シンガポール・インド合作
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
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