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京都造形芸術大学映画学科の劇場公開映画制作プロジェクト「北白川派」から、また傑作が生まれた。
監督、脚本家、俳優などマルチな顔を持つ映画人、鈴木卓爾監督の『嵐電』だ。
2016年から京都造形芸術大学の准教授に就任した鈴木監督は、実際に京都で暮らし、『嵐電』のシナリオを書いたという。

「嵐電」とは、京都市の西を走る「京福電気鉄道嵐山線」の通称。
四条大宮、嵐山、北野白梅町を結んでいて、地元民や観光客の足として親しまれている。
沿線には東映京都撮影所、松竹撮影所があり、かつては大映、東宝、日活などの撮影所も集中していたことから、新旧の映画人(カツドウヤ)達の移動を支えている。
ちなみに、嵐電は「らんでん」と読む。人物によって様々なイントネーションで発音されるので、こんなところにもご傾聴を。

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『嵐電』ストーリー

ノンフィクション作家の平岡衛星(井浦新)は、鎌倉から冬の京都へやって来た。「嵐電」について不思議な話を取材するため、沿線に部屋を借りる。それは、妻・斗麻子(安部聡子)との思い出を辿る旅でもあった。
「嵐電」に乗る小倉嘉子(大西礼芳)は、慣れない京都弁で独り言を呟く若い男を見掛ける。勤務しているカフェの業務で太秦撮影所に弁当を届けると、電車で会った男は売れない俳優・吉田譜雨(金井浩人)であった。
青森から京都に修学旅行で来た女子学生・北門南天(窪瀬環)は、「嵐電」の駅で8mmカメラで電車を撮る有村子午線(石田健太)に出会う。南天は団体行動を振り切り子午線に恋を告げるが、「俺は電車だけやねん」と返されてしまった。 
恋愛の袋小路に迷い込んだ者たちの前で、妖怪電車が扉を開く。狐と狸は、こう告げる。「この電車に乗れば、どこまでだって行けますよ」——。

『嵐電』河原シーン

鈴木卓爾監督の映画には、いつも「非日常」が潜んでいる。
『ポッポー町の人々』(2012年)の、町のルール。『楽隊のうさぎ』(2013年)の、うさぎ。『ジョギング渡り鳥』(2016年)の、宇宙人。『ゾンからのメッセージ』の、ゾン。
そして、今作『嵐電』では、妖怪電車である。
単行(1両編成)の小さな電車は、さながら生きているようで、昼間でも辻々から妖かしがひょいと顔を出しそうな京都の街も、何やら有機体めいた空気をその身に纏う。
否、むしろ京都は大きな生命体で、線路は血管、私たち人間は街に寄生する微生物で、路面電車という白血球に便乗しているだけなのかもしれない。
だからこそ、街から出ることが難しいのだ。人はそれを、「柵(しがらみ)」と呼ぶ。

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もう一つ、鈴木卓爾監督の映画は、特徴のある音楽が物語を彩る。
『ポッポー町の人々』や『楽隊のうさぎ』のブラスバンド。出演者に主題歌を作らせた、『ジョギング渡り鳥』。
そして、今作『嵐電』では、監督と同じように俳優としても活躍する、シンガーソングライター・あがた森魚が音楽を担当する。
前述したように、まるで生き物であるかの如き京の町には、あがたの「旧くて新しい」サウンドがよく似合う。
不意に鳴る劇伴は、あたかも電車の鼓動のようでもあり、街の息吹きのようでもあり、観る者の感情は否応なく揺さぶられる。
主題歌として新たに書き下ろされたエンディング曲『島がある星がある』、そして挿入歌の『カタビラ辻に異星人を待つ』(「ヴァージンVS」名義)も、実に印象的だ。

そんな、どこかファンタジックで、どこかノスタルジックで、それでいて濃厚なラブストーリーを、キャスト陣は快演、怪演を通り越した「魁演」で表現してみせる。

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井浦新(『11・25自決の日三島由紀夫と若者たち』監督:若松孝二/2012年、『止められるか、俺たちを』監督:白石和彌監督/2018年)と安部聡子(『仰げば尊し』監督:市川準/2005年、『マンガ肉と僕』監督:杉野希妃/2014年)の共演シーンはどれも名場面だが、特に衛星が斗麻子を助け起こす場面をお観逃しなく。
語り部かつ狂言回しといった役どころの井浦演じる衛星は、主要キャラを代表するストレンジャーだ。
そんな部外者を素っ気なくも温かく迎える、京都という街が持つ「体温」は、まさに映画『嵐電』の生命線である。

『嵐電』サブ3

大西礼芳(『彌勒 MIROKU』監督:林海象/2013年、『菊とギロチン』監督:瀬々敬久/2018年)と金井浩人(『この空の花 長岡花火物語』監督:大林宣彦/2012年、『きらきら眼鏡』監督:犬童一利/2018年)は、今後は『嵐電』が代表作と言われることになるであろう。
大西演じる嘉子と、金井演じる譜雨の恋は、物語の主軸だ。
二人のラブストーリーには、俳優業、表現者の生き様、生態が刻み込まれているようで、鈴木監督の役者観が垣間見られるようでもある。

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窪瀬環(『ミは未来のミ』監督:磯部鉄平/2018年)と、石田健太(『オーファンズ・ブルース』監督:工藤梨穂/2018年)にとって、今作『嵐電』は名刺代わりの作品として記憶されるであろう。
一風変わって見える南天(窪瀬)と子午線(石田)の恋は、裏を返せば等身大の青春そのものだ。
恋に突っ走る者と、興味の対象以外に目も呉れぬ者……ひょっとすれば、鈴木卓爾監督が教鞭を執る京都造形芸術大学においての日常なのかもしれない。

映画『嵐電』封切りは、5月24日(金)に迫った。
名古屋では、5月25日(土)より名演小劇場(名古屋市東区東桜)で公開となる。

『嵐電』鈴木卓爾監督(2)

名演小劇場では、5月26日(日)12:20回の上映後に舞台挨拶が開催される。
鈴木卓爾監督のほか、有村子午線役の石田健太、川口明輝尾役の福本純里、菊乃真紗代役の藤井愛稀という、京都造形芸術大学出身の若手俳優たちが登壇予定だ。

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鈴木卓爾監督は、嵐電のことを「嵐(あらし)と、電(いなづま)という文字を持った電車」と表現した。
俳優たちが、嵐電が、そして京の町そのものが明滅をおりなす「生きた記録」を、是非とも劇場で――。

映画『嵐電』

5月24日(金)より
テアトル新宿、京都シネマ
5月25日(土)より
名演小劇場
ほか全国順次ロードショー

【配給】ミグラントバーズ、マジックアワー

©Migrant Birds/Omuro/Kyoto Univercity of Art and Design

映画『嵐電』公式サイト


名演小劇場 公式サイト